東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2006/10/24

植物の鉄欠乏耐性に関わるデオキシムギネ酸合成酵素遺伝子の発見

発表者:西澤 直子 (農学国際専攻 教授)

発表雑誌

 The Journal of Biological Chemistry, Vol. 281, Issue 43, 32395-32402,
October 27, 2006
Khurram Bashir et al; Cloning and Characterization of Deoxymugineic Acid Synthase Genes from Graminaceous Plants.

概要

イネ科植物は必須元素である鉄を「鉄・ムギネ酸類」錯体の形で土壌から取り込む。ムギネ酸類生合成経路において、唯一解明されていなかったデオキシムギネ酸合成酵素遺伝子を単離した。鉄欠乏耐性の高い植物の作出が可能となる。

発表内容・その他

地球上のほぼすべての生物は、生命活動に必須な金属元素として鉄を必要としています。人間が食物から摂取する鉄は、動物性食品にせよ、植物性食品にせよ、海産物を除けば究極的には植物が土壌から取り込んだ鉄に由来しています。鉄は、土壌中には大量に存在します。しかし、酸素のあるところでは鉄は水に溶け難い三価の鉄となっているために、植物は利用することができません。特に土壌がアルカリ性である場合は、土壌溶液中に鉄はほとんど溶けていないので、植物は鉄欠乏になります。鉄が不足するとクロロフィル(葉緑素)の生合成が阻害されるために、葉が黄白化する「鉄欠乏クロロシス」という症状を示します。光合成能力は低下し、作物の場合には生産性が著しく減少します。土壌からの鉄の吸収と移行は、農業生産を支える植物の生育にとって必須であるばかりでなく、これを食糧とする人間の健康にとっても食品としての栄養価を左右する重要な事項です。
土壌中の難溶性の鉄を吸収して利用するために、植物は大きく分けて2つの鉄獲得機構を進化的に発達させてきました。イネ、ムギ、トウモロコシなど主要な穀物が属するイネ科の植物は、キレート物質であるムギネ酸類を根から分泌して、土壌中の三価鉄を水に溶けやすいキレート化合物にして「三価鉄・ムギネ酸類」の形で吸収します。
私達はこれまでにムギネ酸類の最初の前駆体がメチオニンであることを明らかにし、オオムギにおけるムギネ酸類の全生合成経路を解明しました(図1)。さらに、それぞれのステップを触媒する酵素の遺伝子を単離しました。しかし、唯一、デオキシムギネ酸を生成する酵素遺伝子のみが未解明のまま残され、ムギネ酸類合成経路上のミッシングリングとなっていました。本研究の成功により、イネ、オオムギ、コムギ、トウモロコシからデオキシムギネ酸合成酵素遺伝子が初めて単離され、ムギネ酸類合成経路上のすべての酵素の遺伝子が明らかになったことになります。私達は、既にオオムギのムギネ酸類生合成経路上の酵素である、ニコチアナミンアミノ基転移酵素や、ムギネ酸合成酵素の遺伝子をイネに導入して、石灰質アルカリ土壌における鉄欠乏に耐性のイネを作出しています。新たにデオキシムギネ酸合成酵素遺伝子が単離されたことにより、ムギネ酸類合成経路上のすべての酵素遺伝子を導入して、さらにムギネ酸類合成能力の高いオオムギ並みのアルカリ土壌耐性のイネやムギ、トウモロコシの作出が可能となります。また、ムギネ酸類は土壌からの鉄吸収だけではなく、植物体内での鉄の移行や種子への集積にも関わっていますので、鉄分が豊富な高い栄養価の食品を作ることにも大きく貢献できると考えています。
なお、本研究は科学技術振興事業団の戦略的創造研究推進事業(CREST)「植物の鉄栄養制御」の支援により行われたものです。

 


 

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