東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2008/7/4

出芽酵母ゴルジ体インヘリタンスにおいて機能するレセプター分子の同定

発表者: 野田陽一(応用生命工学専攻分子生命工学研究室・助教)
依田幸司(応用生命工学専攻分子生命工学研究室・教授)
荒井斉祐(福島県立医科大学細胞科学研究部門・特任助教)
和田郁夫(福島県立医科大学細胞科学研究部門・教授)

発表概要

出芽酵母においてゴルジ体の娘細胞へのインヘリタンス(注)はアクチンケーブルと V 型ミオシンである Myo2 に依存している.その過程においてゴルジ体のレセプターとして機能する分子として Ret2 を同定した.

発表内容

出芽酵母においてオルガネラの娘細胞への運搬,インヘリタンスは主にアクチンケーブルとその上を走る V 型ミオシンである Myo2 モーターにより仲介される.ミトコンドリア,ペルオキシソーム,液胞に関してはそれぞれのオルガネラ膜に存在する「 Myo2 レセプター分子」が同定されていたが,それらのオルガネラと同じくアクチン -Myo2 に依存して娘細胞へのインヘリタンスが起きることの知られていたゴルジ体の Myo2 レセプターは見いだされていなかった. 我々 は本研究において,ゴルジ体膜に存在する Ret2 蛋白質が,低分子量 GTP 結合蛋白質である Rab ファミリーに属する Ypt11 を介して Myo2 と結合することにより, late Golgi を娘細胞に運搬するためのレセプターとして機能していることを明らかにした(図).その経緯,意義を以下に簡単に説明する.
 
  当初 我々 は,出芽酵母の ER- ゴルジ体間の小胞輸送過程に必須の Rab ファミリーに属する Ypt1 の機能に関連する蛋白質の探索を行っていたが,その過程において, Ret2 蛋白質を機能関連蛋白質の候補として同定した. Ret2 蛋白質はゴルジ体槽間,あるいは early Golgi 体から ER への逆行小胞輸送を担う COPI 小胞を形成するコート蛋白質複合体のサブユニットの一つであり,細胞内でゴルジ体膜に多く存在する. Ret2 と出芽酵母の他の Rab ファミリー蛋白質との結合も調べたところ,興味深いことに Ypt11 と特に高い親和性で結合することを見いだした. Ypt11 が V 型ミオシンである Myo2 蛋白質に結合すること,またその結合を介してミトコンドリアの娘細胞へのインヘリタンスに関与することが 理学部松井泰助手 らの研究より明らかとなっていたことから, Ypt11 が Ret2 と Myo2 の結合を仲介することにより,ゴルジ体のインヘリタンスにおいても機能するのではないかと予想し解析を行った. YPT11 の過剰発現やその遺伝子欠損が蛍光融合蛋白質でラベルしたゴルジ体の分布に及ぼす影響や, Sec7-GFP でラベルした late Golgi 体のダイナミクスの STICS (spatio-temporal image correlation spectroscopy) や FLIP (fluorescence loss in photobleaching) による解析の結果より, Ret2 と Ypt11 はお互いに結合することにより, late Golgi の母細胞から娘細胞への移行の段階で働いていることを示した.
  YPT11 を過剰発現すると酵母の増殖が強く抑制されることが 理学部松井泰助手 らにより報告されていた. 我々 が本研究の過程で取得した ret2-u1 株の生産する変異 Ret2 蛋白質は Ypt11 との結合能が非常に低下している変異蛋白である.興味深いことに ret2-u 1 変異株では, YPT11 の高発現によるゴルジ体の娘細胞への集積が起こらなくなっていたのと同時に, YPT11 の高発現による細胞の生育抑制も起こらなくなっていた.このことは, YPT11 の高発現が細胞の増殖を抑えるのはゴルジ体の分配の異常に起因すること,言い換えるならば,適切なゴルジ体の分配が細胞の正常な増殖に重要であることをあらためて示した,といえる.また, Ret2 を構成成分とする COPI コート複合体が,逆行輸送小胞を形成するコート蛋白質としての機能以外の細胞機能を有するということも本研究により明らかとなった重要な知見である.出芽酵母を用いて得られたこれらの知見は,多細胞生物の発生過程等で見られる非対称な細胞分裂や,神経細胞などの非対称な細胞形態の形成などにおいても機能する重要な現象である,物質やオルガネラの極性を持った輸送のメカニズムの理解に貢献するものであると期待される.
 

添付資料

図の説明
ゴルジ体膜に結合するcoatomer(Ret2)がYpt11を介してMyo2と結合することにより,娘細胞の存在するアクチンケーブルのプラス端(barbed end)方向へ輸送される.

発表雑誌

Current Biology, July 8, 2008, vol. 18
  Seisuke Arai, Yoichi Noda, Satoko Kainuma, Ikuo Wada, Koji Yoda
  Ypt11 functions in bud-directed transport of the Golgi by linking Myo2 to the coatomer subunit Ret2

注意事項

報道の解禁は特に無し

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用語解説

(注)インヘリタンス
分裂や出芽のような細胞増殖の際に,娘細胞に細胞内のオルガネラ等が分配されること.出芽という非対称な増殖形式をとる出芽酵母では主にアクチンケーブルという細胞骨格の構造体を利用してオルガネラを娘細胞(芽)に運搬する.

 

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