東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2008/6/3

ストレプトマイシン生産菌の全ゲノム配列を決定、公開。
網羅的な遺伝子発現制御研究が可能に。

発表者: 大西 康夫(応用生命工学専攻醗酵学研究室)
堀之内 末治(応用生命工学専攻醗酵学研究室)

発表概要

結核の特効薬として世界中で多くの人命を救ってきた抗生物質ストレプトマイシン。その発見から60年余、生産菌の全ゲノム配列がついに決定されました。生産菌ストレプトミセス・グリセウスの網羅的遺伝子発現解析や新規生合成遺伝子群の解析など、今後の研究の加速が期待されます。

発表内容

研究の背景
 1944 年、米国のワックスマン博士は結核の特効薬であるストレプトマイシンを発見しました( 1952 年、ノーベル賞受賞)。世界中の多くの人々の命を救ったこの抗生物質は、放線菌と呼ばれる土壌細菌が生産します。放線菌は多種多様な「薬」を作る産業微生物ですが、細胞分化のモデル微生物として基礎的にも重要な研究対象です。東京大学醗酵学研究室では、四半世紀以上前から放線菌の分子遺伝学的研究を開始し、 ストレプトマイシン生産菌ストレプトミセス・グリセウスでは“微生物ホルモン”と呼ばれる低分子化合物によって抗生物質生産や胞子形成が誘導されることを分子レベルで明らかにしてきました。そして、約 5 年前から、東京大学、北里大学、国立感染症研究所からなる研究チームを結成し、ストレプトミセス・グリセウスの全ゲノム配列の決定に取り組んできました。

研究の成果
 8,545,929 塩基対からなるストレプトミセス・グリセウス線状染色体の全塩基配列を明らかにしました。この染色体上には 7,138 個のタンパク質をコードする遺伝子が見出されました。
  本菌はストレプトマイシン以外にも黄色色素グリキサゾンやカロチノイドなどを生産することがわかっていましたが、染色体上には、これらの化合物の生合成遺伝子以外に、およそ 30 個の生合成遺伝子群が存在しており、ストレプトミセス・グリセウスが、これまで知られていなかった化合物を生産できる能力をもっていることが明らかになりました。これらの生合成遺伝子群の解析により、有用物質生産に応用可能な新規酵素の取得が期待できます。
 一方、ストレプトミセス属放線菌では、今回のストレプトミセス・グリセウスの全塩基配列決定が 3 番目の報告となります。すでに全塩基配列が決定されている 2 種のストレプトミセス属放線菌ゲノムとの比較により、ストレプトミセス属のみに共通して存在する遺伝子や種特異的な遺伝子の同定など、放線菌の進化を考えるうえで興味深い結果が得られました。
  さらに、この塩基配列情報をもとに、 7,138 個のタンパク質をコードする遺伝子の発現を網羅的に調べることができる『 DNA チップ』を作製し、“微生物ホルモン”によって引き起こされる遺伝子発現について調べました。その結果、 600 個を超える遺伝子が“微生物ホルモン”によって活性化されることが明らかになりました。これらの遺伝子の多くは、抗生物質生産や胞子形成に関与していると考えられますが、今後の解析により、放線菌の抗生物質生産や胞子形成における新たな遺伝子発現制御機構が解明できると思われます。このような成果は、産業微生物としての放線菌の分子育種に応用できるものと期待されます。

添付資料

放線菌ストレプトミセス・グリセウスの胞子鎖の走査型電子顕微鏡写真
  (カラー画像処理)

発表雑誌

Journal of Bacteriology, Vol. 190, No. 11, p. 4050-4060.
  2008年6月
  (本号の表紙に、ストレプトミセス・グリセウスの電子顕微鏡写真が選ばれました。)

Genome sequence of the streptomycin-producing microorganism Streptomyces griseus IFO 13350
  (ストレプトマイシン生産菌ストレプトミセス・グリセウスIFO13350株のゲノム配列)

大西 康夫 1 、石川 淳 2 、原 啓文 1 、鈴木 宏和 1 、池谷 美和 1 、池田 治生3 、山下 敦士 3 、服部 正平 4 、堀之内 末治 1

1 東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命工学専攻、2 国立感染症研究所・生物活性物質部、 3 北里大学・北里生命科学研究所、 4 東京大学大学院新領域創成科学研究科・情報生命科学専攻)

注意事項

ストレプトミセス・グリセウスの全塩基配列決定に関しては、2007年3月末の日本農芸化学会大会での学会発表の際、学会を通じてプレスリリースされ、一部の報道機関によって、すでに一般に報道されています。今回の論文は、網羅的遺伝子発現解析の結果を加えて、全塩基配列決定の仕事をまとめたものです。本論文の掲載にあたり、それまで未公開であった全塩基配列を公開いたしました。なお、本論文は電子版として2008年3月28日付けでオンライン公開されています。

問い合わせ先

醗酵学研究室( http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/
  堀之内末治、大西康夫

用語解説

ゲノム:生物がもつすべての遺伝情報のことを指す。ウイルスなどの特殊な例を除いて、遺伝情報はDNA(デオキシリボ核酸)の塩基配列として保存されている。このため、一般にゲノム解読とは、その生物がもつDNAの全塩基配列決定のことをいう 。

ストレプトマイシン: 結核の治療に用いられた最初の抗生物質。一説では、 ストレプトマイシンのおかげで 当時の 人類の平均寿命が約 10 年伸びたと言われている。 アミノグリコシド類として初めて発見された抗生物質でもある。 タンパク質合成を阻害することによりバクテリアの成長を阻害する 。

ストレプトミセス・グリセウスStreptomyces griseus ): ストレプトマイシン生産放線菌。モデル放線菌である ストレプトミセス・セリカラーに次いで、世界中で多くの研究者が研究対象としてきた。今回のゲノム配列決定を、世界中のストレプトミセス・グリセウス研究者は待望してきた 。

 

東京大学大学院農学生命科学研究科
〒113−8657 東京都文京区弥生1−1−1 www-admin@www.a.u-tokyo.ac.jp
Copyright © 1996- Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo