東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2007/4/25

「メタボリックシンドロームに関与する2種類の因子の相互作用による新たな代謝調節機構を発見」

発表者:佐藤 隆一郎 (大学院農学生命科学研究科・応用生命化学専攻 教授)

発表概要

多くの生活習慣病は脂質代謝の破綻に起因します。脂質代謝を総括的に制御する転写因子SREBPと機能解析が十分に進んでいない核内受容体LRH-1がタンパク質-タンパク質結合を介してお互いの活性を負に制御する機構を初めて明らかにしました。LRH-1は胆汁酸合成(コレステロール異化)の律速酵素CYP7A1、脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンの遺伝子発現を調節します。この調節にSREBPが深く関与する新たな機構が提示されました。

発表内容

 体内における脂質ならびにエネルギー代謝調節の全容は、ここ10数年間の研究により分子レベルで解明が進みつつありますが、実際には不明な点が多く残っています。大きなブレークスルーは1994年のSREBP(Sterol Regulatory Element-binding Protein)の発見です。発表者は留学先のテキサス大学で、1985年ノーベル医学生理学賞受賞者のGoldstein博士、Brown博士とともに、この転写因子の発見、機能解析の研究に従事しました。その後の研究から、SREBPはコレステロール代謝、脂肪酸代謝を制御する多くの遺伝子発現を総括的に調節する因子であることが明らかにされています。特徴的な点は、コレステロールが過剰な時には、SREBPは活性化されず、核内で応答遺伝子の発現を促進しない調節機構です。この機構が整然と機能している状態は、生活習慣病と無縁とも言えます。
  ヒトは48種類の核内受容体を持つことが知られています。核内受容体は性ホルモン、あるいはビタミンDの様な脂溶性の活性物質を結合して活性化し、核内で応答遺伝子発現をスイッチオンする因子です。48種類のファミリーは共通の構造を有していますが、多くは生理的リガンド(性ホルモンの様な)が不明でオーファン(孤児)受容体と呼ばれています。ここ数年の研究からそれらの一部が脂質代謝産物、中間体を結合して脂質代謝を調節することが明らかにされています。LRH-1(Liver Receptor Homolog-1)もその一つで、2005年にリン脂質を結合して活性化されることが示されました。リン脂質はどの細胞にも普遍的に存在していることから、LRH-1活性はリガンドの増減で調節されていないことが予想されます。LRH-1の応答遺伝子は、胆汁酸合成の律速酵素CYP7A1、HDLの構成因子であるApo A-I、脂肪細胞から分泌され抗メタボリックシンドローム活性を持つアディポネクチンなどがあります。体内でコレステロールは唯一肝臓でのみ胆汁酸へ異化され、この経路で体外へ排出されます。従って、どの応答遺伝子も抗メタボリックシンドローム/抗生活習慣病活性を持つと言えます。
  今回、我々はヒト培養肝細胞にSREBP、LRH-1をそれぞれ個別に過剰発現させると、互いの転写活性を負に制御することを明らかにしました。実際、これら2種類のタンパク質は細胞内で発現させた際にも、リコンビナントタンパク質を用いたin vitro解析においても、互いに結合して複合体を形成しました。さらに、培養肝細胞内で内因性SREBPを不活性化させると内因性LRH-1活性が促進され、その応答遺伝子発現が上昇することが示されました。このことは、コレステロール過剰状況でSREBPが不活性化されると、コレステロール、脂肪酸合成が低下するとともに、LRH-1活性は上昇し、コレステロール異化、HDL産生、アディポネクチン合成が促進され、脂質代謝の恒常性を維持する新たな機構の存在を示唆しています(添付資料図参照)。生体内において、高脂血症、糖尿病状況下でSREBPの不活性化は十分に作動してないことが示されています。実際、肥満糖尿病マウスでは、SREBPが異状に活性化されており、コレステロールが胆汁酸へ異化されクリアランスされることが抑制され、HDL産生も低減し、アディポネクチン分泌も低下することが予想されます。高脂血症状況下でも、SREBPの不活性化が十分に行われないと、LRH-1活性抑制は持続され、抗メタボリックシンドローム活性を持つ種々のLRH-1応答遺伝子発現が低下し、シンドローム発症へと傾くことが考えられます。生体内でのSREBP不活性化機構が鋭敏に作動することが、代謝恒常性維持にとって重要なことが示されました(添付資料図参照)。この知見は、メタボリックシンドローム予防、治療を目指した機能性食品創製、創薬の標的として、SREBPの重要性を示唆するものと言えます。

添付資料:
 http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/food-biochem/


発表雑誌

 Interaction between Sterol Regulatory Element-binding Proteins and Liver Receptor Homolog-1 Reciprocally Suppresses Their Transcriptional Activities
The Journal of Biological Chemistry, Vol. 282, Issue 14, 10290-10298, April 6, 2007
金山知彦;有戸光美;宗加奈子;八村敏志;井上順;佐藤隆一郎

用語解説

SREBP :LDL受容体遺伝子発現を促進する転写因子として発見された。転写因子としては非常にまれな例であるが、膜貫通領域を持つ膜タンパク質として合成される。小胞体膜上に局在し、細胞内のコレステロールが減少したことを感知すると、N末端側の活性領域が切断され、この活性型が核へ移行し、核内でLDL受容体等のコレステロール代謝関連遺伝子の発現をスイッチオンする。コレステロールが十分量ある時には活性型は切断されず、応答遺伝子の発現は低下する。このシステムにより細胞内のコレステロール量は精密に調節されている。
LRH-1 :肝臓、小腸、膵臓、脂肪組織で発現する核内受容体の1種。胆汁酸合成、HDL産生、アディポネクチン発現などを調節している。
CYP7A :コレステロールから胆汁酸を合成する経路の律速酵素。肝臓でコレステロールが増加するとCYP7A1発現が上昇し、胆汁酸合成が亢進し、一方胆汁酸が十分になるとCYP7A1発現を低下させるフィードバック機構が存在する。CYP7A1の上昇はコレステロールの体外排出増加を意味する。
Apo A-I :アポリポプロテインA-I。肝臓で主に合成、分泌され、肝外組織の細胞表面でABCA1トランスポーターに結合し、細胞内からコレステロール排出を促進し、HDLを産生する働きがある。組織から余剰のコレステロールをクリアランスする働きがある。
アディポネクチン :脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカインの1種で抗メタボリックシンドローム活性を持つ。肥満した肥大化脂肪細胞からの分泌は低下し、このことがメタボリックシンドローム、糖尿病等の発症の引き金となる

 

東京大学大学院農学生命科学研究科
〒113−8657 東京都文京区弥生1−1−1 www-admin@www.a.u-tokyo.ac.jp
Copyright © 1996- Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo