東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2008/6/4

メタボリックシンドロームに関与する転写因子SREBPの新規タンパク質SUMO化修飾による活性調節分子機構を解明

発表者:有戸光美(大学院生)
堀場太郎(大学院生)
八村敏志(准教授)
井上順(助教)
佐藤隆一郎(応用生命化学専攻・教授)

発表概要

メタボリックシンドロームなどの生活習慣病の多くは、エネルギー代謝・脂質代謝の破綻により発症します。その調節機構の中心において、転写因子SREBP(sterol regulatory element-binding protein)は種々の代謝関連遺伝子の発現を制御しています。SREBPは新規タンパク質修飾であるSUMO(small ubiquitin-like modifier)化修飾を受け、恒常的に活性が抑制されています。しかし、インスリンをはじめとする種々の成長因子の刺激により、SREBPはリン酸化され、結果的にSUMO化が抑制され、SREBP活性が促進される新たなメカニズムを見出しました。細胞の成長にコレステロールをはじめとする膜脂質の合成は不可欠であり、このような要求に合わせてSREBP活性を最大にギアチェンジする機構を生体は持ち合わせています。生活習慣病・メタボリックシンドロームの引き金の一部として、SREBPの過剰活性化が挙げられており、SUMO化修飾を介した恒常的な活性抑制を維持することは、SREBP機能の暴走を抑止し、抗メタボリックシンドロームへと導くことが期待されます。

発表内容

転写因子 SREBP はコレステロール合成経路、脂肪酸合成経路の諸酵素、あるいは LDL 取り込みを担う LDL 受容体の遺伝子発現を調節し、脂質、エネルギー代謝を包括的に制御します。遺伝的に肥満を呈するマウスでは、肝臓において SREBP が過剰に発現して、インスリン受容体の下流の因子の働きを抑え、インスリン抵抗性を惹起することが知られています。従って、種々の生活習慣病予防を考えたとき、 SREBP 活性を適度に抑制することが望まれます。
 発表者らは、 SREBP が新規タンパク質修飾である SUMO 化修飾を受け、活性が負に制御されることを報告しています (J. Biol. Chem. 2003) 。 SUMO タンパク質はおよそ 100 アミノ酸からなるポリペプチド鎖で、ユビキチンと酷似した立体構造を取ります。ユビキチン同様、基質タンパク質の Lys 残基にイソペプチド結合します。その生理機能は多岐に渡り、数多くの SUMO 化基質タンパク質が報告されています。
 SREBP は種々の成長因子刺激によりリン酸化修飾を受け、活性が亢進することが報告されてきました。今回発表者らは、リン酸化部位と SUMO 化部位が近接することから、両者に密接な相関があることを想定し、いくつかの実験を行ないました。その結果、成長因子刺激によるリン酸化は、近接した Lys 残基への SUMO 化修飾を阻害すること、その結果として SREBP 活性が上昇することを明らかにしました。 SREBP が SUMO 化修飾されると活性が低下するメカニズムは、この部位を認識して転写を抑制する因子 HDAC3 がリクルートされることに依存します。 HDAC3 発現を siRNA を用いて減少させると、 SREBP 活性は上昇し、 SREBP 応答遺伝子の発現が亢進しました。
 SREBP は核において、その一部が常に SUMO 化修飾を受けて、活性が適度に抑制されています。成長因子刺激のような急激な膜合成の要請に合わせて、 SREBP はリン酸化され、 SUMO 化修飾が解除され、活性上昇し、脂質合成を増大させます。つまり、適度なブレーキ役が SUMO 分子であり、緊急時にはブレーキを解除し、フルアクセルで速度を上げる機構が本研究で明らかにされました。メタボリックシンドローム状況下では、特に肝臓において SREBP 活性が増大しており、この活性を抑制することが求められています。メタボリックシンドロームの一因とも見なされている酸化ストレス負荷でも、 SUMO 化修飾は低下することが明らかにされており、このことは SREBP の活性化を導きます。従って、適度にブレーキを踏む SUMO 化を介した SREBP 活性抑制機構は、抗メタボリックシンドローム予防の新たな標的の一つとして考えることができます。本研究結果はそのような試みに対して有効な情報を提供するものと期待されます。

添付資料

発表雑誌

The Journal of Biological Chemistry (米国生化学会誌) , Vol. 283, Issue 22, 15224-15231, May 30, 2008
Growth factor-induced phosphorylation of SREBPs inhibits sumoylation, thereby stimulating the expression of their target genes, LDL uptake and lipid synthesis

注意事項

特に無し。

問い合わせ先

佐藤隆一郎 東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命化学専攻・食品生化学分野・教授 
  Tel 03-5841-5136/Fax 03-5841-8029   aroysato@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

転写因子:核の中において遺伝子発現を調節する機能を持つタンパク質。この作用により、エネルギー・脂質代謝関連酵素等の発現が増減して、代謝調節が執り行われる。

SUMO :ユビキチンと同様、タンパク質 Lys 残基に結合し、種々の基質タンパク質の機能を変動させる修飾タンパク質。新規修飾タンパク質のため、その機能に不明な点が多く残っている。

HDAC :ヒストン脱アセチル化酵素。脱アセチル化することにより、クロマチン構造が収縮され、結果的に周辺の遺伝子の発現が抑制される。

 

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