東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2007/1/11

「乾燥にも高温にも強い環境ストレス耐性植物の開発に成功」

発表者:篠崎 和子 (応用生命化学専攻 教授)

発表概要

東京大学農学生命科学研究科では国際農林水産業研究センター、理化学研究所と共同で、植物において乾燥と高温の両方のストレス耐性の獲得に働く転写因子(DREB2A)の活性化に成功しました。これまでに、環境ストレス耐性を向上する数種の転写因子が報告されていましたが、乾燥と高温の両方のストレスに対する耐性を向上する転写因子は世界で初めてです。この活性化した転写因子をつくる遺伝子をシロイヌナズナに導入すると、乾燥と高温ストレス時に機能する複数の耐性遺伝子が強く働くようになり、乾燥ストレスにも高温ストレスにも高いレベルの耐性を示すようになりました。これにより、乾燥にも高温にも強い環境ストレス耐性植物の開発に成功しました。この成果によって、地球温暖化等の環境劣化に対応した作物の分子育種への応用が期待されます。

発表内容

地球温暖化等により世界的規模の環境劣化が問題になっています。また、世界の各地で異常気象が報告され、農業に多大な被害を及ぼしています。このため、環境劣化や異常気象に耐える植物の開発は農業問題からも環境問題からも重要な課題となっています。東京大学農学生命科学研究科植物分子生理学研究室では独立行政法人国際農林水産業研究センター、理化学研究所と共同して、乾燥や塩害や急激な温度変化といった環境ストレスに対して耐性な植物の分子育種に関する研究を実施しているところです。このほど、乾燥と高温ストレスの両方の耐性を獲得するために働く遺伝子群の働きを調節している転写因子を同定し、その活性化に成功しました。この活性化した転写因子の遺伝子を植物中に導入すると、乾燥と高温ストレスに対する耐性を獲得するために働く複数の遺伝子が一度に強く働き、植物は乾燥と高温の両方のストレスに対して高いレベルの耐性を示しました。この遺伝子は地球温暖化などの環境劣化に対応したストレス耐性作物開発のための強力な有用遺伝子として用いることができると期待されます。
 当研究グループではこれまでに、乾燥、塩害、温度変化等の環境ストレスに対して植物が耐性を獲得する機構を分子レベルで解析してきました。その過程で、乾燥ストレスを受けた植物が耐性に関与する遺伝子の発現を制御するキーとなる転写因子遺伝子の存在をモデル植物のシロイヌナズナを用いて明らかにしてDREB2Aと名付けました。しかし、このDREB2Aがコードしているタンパク質は、植物の中で合成されてもそのままでは機能を示さないことが分かっていました。
 このほど、DREB2Aタンパク質の中央部にこのタンパク質の働きを負の方向に制御する領域があり、この領域の作用によりDREB2Aタンパク質がすみやかに分解されてしまうためにこのタンパク質が機能しないことを突き止めました。そこで、この領域を削り取って活性型に改変したDREB2Aを植物中で働かせると、植物は乾燥にも高温にも高いレベルの耐性を示しました(図1、図2)。マイクロアレイ解析法でゲノム全体の遺伝子の働きを調べると、DREB2Aを活性型にした植物中では多数の乾燥ストレス耐性に関係する遺伝子のほか、ヒートショックタンパク質等の高温ストレス耐性に関係する遺伝子も強い働きを示すよう変化しており、これらの遺伝子の働きで乾燥と高温の両方の耐性が向上したと考えられました。
 これまでに、環境ストレスに対する耐性を向上させる数種の転写因子遺伝子が報告されていますが、乾燥と高温の両方のストレスに対する耐性を向上する転写因子は見いだされていませんでした。地球温暖化による環境劣化では、特に乾燥と高温ストレスの増大が問題になりますが、活性型DREB2A 遺伝子は地球温暖化に対応した作物の開発のための有力な遺伝子として利用できると期待されます。
 なお、本研究によって得られた活性型DREB2A遺伝子は特許出願中です。

発表雑誌

 本研究は、米国アカデミー紀要(PNAS)2006年12月号に掲載された。
(Sakuma, Y., Maruyama, K., Qin, F., Osakabe, Y., Shinozaki, K. and Yamaguchi-Shinozaki, K. (2006) Dual function of an Arabidopsis transcription factor DREB2A in water-stress- and heat-stress-responsive gene expression. Proc. Natl. Acad, Sci. USA. 103, 18822-18827.)

用語解説

転写因子:転写とは、遺伝子の発現の第一段階で,遺伝子DNAの塩基配列を相補的RNAとして写しとる反応。相補的RNAを用いて、タンパク質合成が行われる。転写因子は、転写反応を制御するタンパク質のこと。

添付資料

東京大学大学院農学生命科学研究科 植物分子生理学研究室HP内
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/index.htmlをご参照ください。


図1 活性型DREB2Aを導入したシロイヌナズナの乾燥ストレス耐性。2週間の灌水停止で野生型植物は全て枯れてしまう。この様な過酷な乾燥条件でも、活性型DREB2Aを導入した植物の多くが生き残った。


図2 活性型DREB2Aを導入したシロイヌナズナの高温ストレス耐性。発芽後1週間目の幼植物を45℃で処理すると生存率はわずか13%であったが、活性型DREB2Aを導入した植物では生存率が80%以上に向上した。

植物分子生理学研究室のホームページへ

 

東京大学大学院農学生命科学研究科
〒113−8657 東京都文京区弥生1−1−1 www-admin@www.a.u-tokyo.ac.jp
Copyright © 1996- Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo