東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2007/12/14

「植物の乾燥や塩害等による浸透圧ストレスを受容するセンサー遺伝子の発見」

発表者:篠崎 和子 (応用生命化学専攻 教授)

発表概要

 東京大学大学院農学生命科学研究科では、独立行政法人国際農林水産業研究センター、理化学研究所と共同して、植物の乾燥や塩害等による浸透圧ストレスを受容して、耐性の獲得に働く遺伝子群を制御するセンサー遺伝子を発見した。環境劣化に対応した干ばつや塩害に強い作物の作出への応用が期待される。

発表内容

 地球温暖化等により世界的規模の環境劣化が問題になっている。また、世界の各地で異常気象が報告され、農業に多大な被害を及ぼしている。このため、環境劣化や異常気象に耐える植物の開発は農業問題からも環境問題からも重要な課題となっている。東京大学大学院農学生命科学研究科では、独立行政法人国際農林水産業研究センター、理化学研究所と共同して、乾燥や塩害などの環境ストレスに対して耐性を示す植物の分子育種に関する研究を実施している。このほど、植物の乾燥や塩害等による浸透圧ストレスを受容して、耐性の獲得に働く遺伝子群を制御するセンサー遺伝子の同定に成功した。このセンサー遺伝子を強く働くように改変した植物では、乾燥ストレスに対して高いレベルの耐性を示した。この遺伝子は環境劣化に対応したストレス耐性作物開発のための有用遺伝子として利用できると期待される。
  当研究グループでは、これまでに乾燥や塩害等の浸透圧ストレスの受容機構に関して分子レベルの解析を行っており、シロイヌナズナのAHK1と名付けた膜貫通型のヒスチジンキナーゼが酵母中で浸透圧の変化を感じ取るオスモセンサーとして働く事を明らかにしてきた。しかし、AHK1の植物中での機能は明らかにされていなかった。
  本研究では,シロイヌナズナのゲノム中に存在する11個のAHK1と相同性を持つ遺伝子に関して,酵母中でオスモセンサーとして働くかを調べた。すると、6種の遺伝子がオスモセンサーとして働くことが示された。次に、乾燥ストレスを与えた植物で働いている遺伝子を調べると4つにしぼられた。さらに、これらの遺伝子が破壊された植物体に関して、乾燥や高い塩濃度に対する耐性を調べると、AHK1が壊れた植物はストレスに対して弱くなっていることが示され、AHK1はストレスを感じ取り、耐性の獲得にポジティブに働くと考えられた。一方、AHK2またはAHK3が破壊された植物では反対にストレスに対して強くなっており、AHK2とAHK3の両方が壊れた二重変異体ではさらに耐性が強いことが明らかになった(図1)。AHK2とAHK3は、ストレスを感じ取り、耐性の獲得にネガティブに働くと考えられた。
  マイクロアレイ解析法でゲノム全体の遺伝子の働きを調べると、AHK1遺伝子が破壊された植物体では、ストレス耐性の獲得に働く多数の遺伝子の働きが抑えられていた。これらの遺伝子の働きが抑えられたことで、乾燥ストレスに対する耐性が低下したと考えられた。一方、AHK2とAHK3が破壊された植物体では、多くのストレス耐性遺伝子の働きが強くなっていた。このため、AHK2とAHK3の両方が破壊された植物では乾燥や塩ストレスに対して強くなったと考えられた。
  そこで、耐性獲得にポジティブに働くと考えられるAHK1遺伝子を植物中で強く働くように改変すると、ストレスが無い状態では改変していない対照(野生株)の植物と同様に生育した。さらに、乾燥時には高いレベルの耐性を示した(図2)。
  本研究では、AHK1遺伝子が、植物の乾燥や塩害等による浸透圧ストレスを受容して、耐性の獲得に働く遺伝子群を制御するセンサー遺伝子であることを明らかにした。また、AHK1遺伝子を有用遺伝子として用いることで、干ばつや塩害に強い作物が開発できると期待された。

発表雑誌

 本研究は、米国アカデミー紀要(PNAS)2007年12月18日号に掲載される。
(Tran, L.-S. P., Urao, T., Qin, F., Maruyama, K., Kakimoto, T., Shinozaki, K. and Yamaguchi-Shinozaki, K. (2007) Functional analysis of AHK1/ATHK1 and cytokinin receptor histidine kinases in response to abscisic acid, drought and salt stresses in Arabidopsis. Proc. Natl. Acad, Sci. USA. 104, 20623-20628.)

注意事項

オンライン掲載は12月12日。

問い合わせ先

問い合わせ先:
篠崎和子
  教授
  東京大学大学院農学生命科学研究科
  応用生命化学専攻 植物分子生理学研究室
  〒113-8657東京都文京区弥生1?1?1
   E-mail: akys@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
   Tel: 03-5841-8137, Fax: 03-5841-8009
   URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/index.html

用語解説

・ 膜貫通型ヒスチジンキナーゼ:細胞膜に存在し、細胞外で受容した情報を、ヒスチジン特異的キナーゼの働きにより細胞質内に存在する応答因子に伝達するタンパク質。原核生物のほか、菌類、植物に見られる。

添付資料

東京大学大学院農学生命科学研究科 植物分子生理学研究室HP内
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/index.htmlをご参照ください。



図1 ahk2 ahk3二重変異株の乾燥ストレス耐性(左)と塩ストレス耐性(右)
AHK2とAHK3はストレス耐性に対してネガティブ(負の方向)に働くことから,遺伝子が破壊された植物は乾燥や塩に対して耐性を示した。しかし、AHK2とAHK3は成長に対してはポジティブ(正の方向)に働くことから,生長に遅れが見られた。




図2 AHK1を過剰発現させたシロイヌナズナの乾燥ストレス耐性
AHK1遺伝子が強く働く植物では、ストレスが無い状態では野生株(対照)と同様に生育した。乾燥ストレスに対しては高い耐性を示した。

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