東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/3/6

脂肪細胞において、成長ホルモン(GH)は、インスリン依存的に起こる糖輸送担体(GLUT)4の細胞膜移行に影響しないにもかかわらず、糖取り込みを抑制する

発表者: 高橋 伸一郎 (応用動物科学専攻・准教授)
伯野 史彦 (応用動物科学専攻・助教)
千田 和広 (応用動物科学専攻・教授)

発表概要

脂肪細胞を成長ホルモン( GH )で長時間処理すると、インスリンの細胞内情報伝達に重要なインスリン受容体基質のひとつ IRS-2 と相互作用するホスファチジルイノシトール3?キナーゼ( PI 3-kinase )のインスリン依存性活性化の抑制が起こる。これにより、インスリン刺激に応答した糖輸送体( GLUT ) 4 の細胞膜移行は正常に起こるのにもかかわらず、糖取り込みが抑制されることを発見した。

発表内容

血中に高濃度の成長ホルモン( GH )が存在すると、インスリンが血中に存在するにもかかわらず、標的細胞でインスリンの生理活性が発現しない、いわゆる「インスリン抵抗性」を発生、これが長期間続くと II 型糖尿病が発症することが知られており、臨床上大きな問題になっています。しかし、これがどのような分子機構によって起こるのかついては、明らかになっていません。
 インスリンは脂肪組織や筋肉などに作用すると、細胞膜に存在する受容体に内蔵されるチロシンキナーゼという酵素を活性化し、これが基質と呼ばれる細胞内タンパク質、例えばインスリン受容体基質( IRS )をチロシンリン酸化、続いてチロシンリン酸化された IRS を認識してホスファチジルイノシトール 3- キナーゼ( PI 3-kinase )などのシグナル分子が相互作用し、これらが IRS 近傍で活性を発現することにより、情報伝達系下流にシグナルが伝わります。その中のひとつのシグナル伝達系は、糖輸送体( GLUT ) 4 の細胞膜移行を誘導し、血中の糖を細胞内に取り込むと考えられてきました。
 私たちは、脂肪細胞のモデルである 3T3-L1 脂肪細胞を GH で長時間処理した後にインスリンで処理すると、インスリン依存的な GLUT4 の細胞膜移行は正常に起こるのにもかかわらず、糖取り込みが阻害され、この条件下で GH による「インスリン抵抗性」が誘導されることを見出しました。この際のインスリンシグナルの解析結果を併せ、 GH の長時間前処理は、インスリン刺激に応答して起こる IRS-2 に相互作用する PI 3-kinase の活性化を抑制することにより、細胞膜上に移行している GLUT4 の糖輸送活性の阻害を引き起こすというインスリン抵抗性発生の新しい機構の存在を明らかにしました。
 糖尿病の治療薬は、これまでインスリン感受性を上昇させる薬剤、脂肪細胞への分化を誘導する薬剤、あるいは小腸での糖吸収を抑える薬剤などが注目されてきましたが、新たに細胞膜上に移行した GLUT4 の糖輸送活性の増強を標的とした薬剤の開発が可能になると期待しています。

発表雑誌

The Journal of Biological Chemistry
Vol.284(10): 6061-6070 (2009)
Growth Hormone inhibition of glucose uptake in adipocytes occurs without affecting GLUT4 translocation through an insulin receptor substrate-2-phsphatidylinositol 3-kinase-dependent pathway.

問い合わせ先

http://endo.ar.a.u-tokyo.ac.jp/lab/shingroup/index.html

用語解説

上記ホームページを参照

添付資料

説明 脂肪細胞のインスリン依存性糖取り込み促進の新しい作業仮説
 インスリン受容体基質(IRS)には4種類の分子種が存在するが、そのうちIRS-1とIRS-2はインスリン依存性の糖取り込みの促進に何らかの役割を果たしていることは、これまで多くの報告がある。今回の研究成果から、3T3-L1脂肪細胞においてIRS-1のインスリン依存性チロシンリン酸化とこれに続く結合性PI 3-kinaseの活性は、GLUT4の細胞膜への移行に、IRS-2のインスリン依存性チロシンリン酸化および相互作用するPI 3-kinaseの活性は、細胞膜へ移行したGLUT4の糖輸送活性を誘導するのに、それぞれ異なる重要な役割を果たしていると、私たちは考えている。この二つの経路が正常に稼働して、はじめてインスリン依存性糖の取り込みが起こる。GHは、IRS-2に相互作用しているPI 3-kinaseの活性化を抑制するため、GLUT4の糖輸送活性が抑制され、糖取り込みが阻害されることになる。

     

 

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