東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2009/9/25

 イネのジテルペン型ファイトアレキシン生産に関わる遺伝子発現を制御するマスター転写因子OsTGAP1の発見

発表者:岡田 敦(東京大学生物生産工学研究センター 特任助教;現日本農薬株式会社)
岡田憲典(東京大学生物生産工学研究センター 助教)
宮本皓司(東京大学生物生産工学研究センター/大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程)
古賀仁一郎(明治製菓株式会社)
渋谷直人(明治大学農学部 教授)
野尻秀昭(東京大学生物生産工学研究センター 准教授)
山根久和(東京大学生物生産工学研究センター 教授)

発表概要

イネの抗菌性物質であるジテルペン型ファイトアレキシンの生産制御の鍵となる転写因子OsTGAP1を発見しました。この転写因子は、イネ4番染色体上のモミラクトン生合成酵素遺伝子クラスターの発現制御を行うだけでなく、生合成上流のメチルエリスリトールリン酸経路の制御にも関与することから、ジテルペン型ファイトアレキシン生産のマスター制御因子であると考えられます。

発表内容

植物は病原菌の攻撃から身を守るために様々な防御応答を示すことが知られています。ファイトアレキシン[注1]と総称される抗菌性二次代謝産物の生産は、活性酸素や抗菌性タンパク質の生成とともに、代表的防御反応の一つと考えられています。イネにおけるファイトアレキシンとしては、フラボノイドであるサクラネチンに加え、現在までに14種類のジテルペン型ファイトアレキシンが単離されています。興味深いことに、代表的なイネのジテルペン型ファイトアレキシンの一つであるモミラクトンの生合成遺伝子群は、イネ4番染色体上でクラスターを形成しており、また、それら遺伝子の発現がキチンエリシター[注2]により同調的に誘導されることをこれまでの研究で明らかにしておりました。今回我々は、このモミラクトン生合成遺伝子クラスターの同調的な発現制御を担うマスター制御因子の同定に成功しました。

ファイトアレキシンの誘導的な生産に関わる制御因子を同定するため、まず初めにクラスター内の生合成遺伝子の一つであるピマラジエン合成酵素遺伝子(OsKSL4)のエリシター応答性シスエレメントを同定し、この遺伝子の発現にbZIP型転写因子に属するTGAファクターが関与する可能性を見出しました。さらに、マイクロアレイ解析により選抜されたキチンエリシター誘導性の遺伝子群の中から、TGAファクター遺伝子を絞り込み、実際にOsKSL4遺伝子のプロモーター内シスエレメント(TGACG-モチーフ)に結合するTGAファクター遺伝子OsTGAP1を同定しました。OsTGAP1遺伝子の変異体の解析から、この転写因子がOsKSL4だけでなく、クラスター内のモミラクトン生合成に関与する5種全ての生合成遺伝子の発現制御に必要であることを明らかにしました。さらに、ジテルペン型ファイトアレキシン生合成経路の上流に位置するメチルエリスリトールリン酸経路の遺伝子OsDXS3や、モミラクトン以外のジテルペン型ファイトアレキシンであるファイトカサンの生合成遺伝子OsKSL7の発現にもOsTGAP1が関与することを見出しました。また、OsTGAP1を過剰に発現させたイネ形質転換体を作製したところ、そのままではほとんどファイトアレキシン生産に変化はみられないのに対し、キチンエリシター処理を行なうことで、ファイトアレキシンの蓄積とそれに先立っておこる生合成遺伝子の発現が、劇的に増強されることが明らかとなりました。これらのことから、イネの防御応答の一つであるジテルペン型ファイトアレキシンの生産誘導が、OsTGAP1というマスター転写因子により制御されており、病原菌感染時に抗菌性物質が効率的に多量に生産されるメカニズムが機能していることが明らかになりました。本研究で得られた知見は、イネにおける合理的な防御応答機構の一端を明らかにしただけでなく、植物による有用二次代謝産物の効率的な生産技術開発にも応用されることが期待されます。なお、本研究の一部は独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター基礎研究推進事業によりサポートされています。

添付資料

http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biotec-res-ctr/kampo/research_plant.html#2

以下の図は、上記URL(図1-6)からダウンロードできます。


図

図の説明:OsTGAP1は4番染色体でモミラクトン生合成遺伝子クラスターを構成する遺伝子の1つOsKSL4のプロモーター領域に結合し、OsKSL4と共に他の4つの生合成遺伝子すべての発現をキチンエリシター依存的に誘導する。さらにOsTGAP1は主要ジテルペン型ファイトアレキシンの一種であるファイトカサン生合成遺伝子のOsKSL7やジテルペン型ファイトアレキシン生産につながる上流経路のメチルエリスリトールリン酸経路で初発段階を担うOsDXS3遺伝子の発現誘導にも関わる。イネの病原菌感染時にはOsTGAP1が中心となり、ファイトアレキシン生産に必要な生合成経路を上流から活性化することで、抗菌性化合物のファイトアレキシンを一過的かつ十分量生産することを可能にしているものと考えられる。

発表雑誌

The Journal of Biological Chemistry, Vol. 284, Issue 39, 26510-26518, September 25, 2009
OsTGAP1, a bZIP transcription factor, coordinately regulates the inductive production of diterpenoid phytoalexins in rice.
Okada A, Okada K, Miyamoto K, Koga J, Shibuya N, Nojiri H, Yamane H.

注意事項

解禁なし

問い合わせ先

東京大学生物生産工学研究センター 環境保全工学部門
 助教 岡田憲典
 Tel/FAX: 03-5841-3070
 E-mail: ukokada@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
 生物生産工学研究センター 環境保全工学部門ウェブサイト:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biotec-res-ctr/kampo/index.html

用語解説

【注1】 ファイトアレキシン:健全な植物には存在せず、病原菌の感染やUV照射、重金属ストレスなどにより誘導的に生産される抗菌性二次代謝産物の総称。イネにはフラボノイドタイプのサクラネチンと、4種の環状ジテルペンタイプ、モミラクトン類・ファイトカサン類・オリザレキシン類・オリザレキシンSの存在が知られている。

【注2】 キチンエリシター:いもち病菌をはじめとするカビの細胞表層由来のキチンオリゴ糖で、植物が病原菌の感染を認識する際の分子パターンの一つ。植物の抵抗性反応を誘導する物質として、イネの培養細胞を用いた実験系でも利用され、特に8量体のキチンオリゴ糖が高い誘導活性を持つ。

 

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