放射能の農畜水産物等への影響
についての研究報告会

-東日本大震災に関する救援・復興に係る農学生命科学研究科の取組み-

2011年11月19日(土)13:00~17:00

Q&A

いただいた質問から、現時点で返答できるものについて各先生より回答いたします。
Q: インディカ種は日本での生育に合っている?
A: インディカ品種はジャポニカ品種に比べて低温に弱い傾向があるため、関東以北でも栽培できるインディカ品種は限られます。(根本)
Q: コムギの葉から穂に放射性セシウムが移行するメカニズムは?
A: 葉に強く吸着した放射性セシウムが水と触れた時に極微量溶解し、葉面より吸収されると想定されます。その後は、篩管を通って穂へ到達すると思われますが、現段階では証明されておらず、今後の研究で明らかにすべき点であると思います。(田野井)
Q: 海産物のストロンチウム90汚染の状況は?
A: ストロンチウム90の測定は煩雑なので、現在、放射性セシウムの測定が中心となっていますが、微量のストロンチウム90による汚染が考えられます。水産庁から、福島沖で採取したマダラからわずかながら放射性ストロンチウムが検出されたことが報告されています。(潮・渡部)
Q: 魚介類の「水さらし工程」で発生する処理水はどうなるのか
A: 現在、用いている汚染魚は基準値以下の放射性物質しか含んでおらず、処理量も少なく、さらに3倍量の低塩濃度食塩水で洗浄していることから、処理水をそのまま排水しても法律的には問題ありませんが、高濃度に汚染されている魚体を大量に処理する場合には、処理水から放射性物質を除去する処理が必要になると思われます。(潮・渡部)
Q: 汚染作物も長期保存により半減期などで減少するのか
A: ヨウ素131は半減期8日なので、たとえば牛乳が汚染された場合には加工して保存食にすることが対処方法として挙げられます。一方、セシウム137やセシウム134は半減期が長いので、現実的ではないと思います。(田野井)
Q: 二本松の水田の土質は?
A: 砂質土で、私たちの分析では粘土分(粒径が2μm以下の土粒子)が約5%です。一方、有機物含有量が5%で粘土との比で割合が多く、粘土と結合していない形態の有機物が多いと考えられます。(塩沢)
Q: 「粘土を播いて放射性セシウムを吸着させてから粘土ごと取り除く」ということはできるか?
A: 耕地の土壌には放射性セシウムを吸着さるのに十分な粘土分が含まれており、粘土を播く必要はありません。(塩沢)
Q: 講演する方によって放射性物質が「循環する」「しない」と分かれていたが実際は?
A: 研究者によって見解が違うことがあるのは自然なことです。まだ観測が限られており、観測事実と研究者間の議論によって真実を探求するのが研究のプロセスです。

放射性セシウムは土壌に強く固定されるため、降雨が土壌に浸透する山や農地から流出する放射性セシウムの量はフォールアウト量のうちのわずかの割合と考えられます。高濃度汚染山間地域から流出する河川水の可溶性の放射性セシウム濃度が1Bq/kg程度であるという観測結果は、山からの流出する放射性セシウムの年間の流出量が山に存在する量の1/1000程度に過ぎないことを示しています。流量の多いときには土壌浸食による懸濁態での流出はありますが、セシウムが存在する表面のリター(落ち葉の朽ちたもの)や土壌だけが流されるような侵食が山で広く起こるとは考えられません。今、山の木肌や落ち葉層にトラップされている放射性セシウムは今後、次第に土壌に移行して強く固定され、今後は流出が減ることはあっても増えることはありません。今後、チェルノブイリで生じたような、山の中での根の吸収によるリタ-層と植物間の森林内部の循環は生じると予測されますが、チェルノブイリより気温が高く(有機物分解が速い)降雨量がはるかに多い(土壌への浸透量が多い)福島県では、リタ-層の有機物から土壌への放射性セシウムの移行がより速く進むと思います。今、下水汚泥に含まれる放射性セシウムが問題となっています。下水や河川経由で流出している放射性セシウムの多くは、アスファルト道路、建物の屋根、コンクリートなど、降雨が土壌に浸透しない市街地に降った放射性セシウムが下水経由で流出しているのであって、森や農地など土壌で覆われた土地からのセシウム流出は少ないと思います。(塩沢)

たしかに、山林から農地へ流入する放射性セシウムの量は、山林あるいは農地における放射性セシウムの現存量に比べると極く僅かであろうと考えられます。しかし、稲への移行という点では、水に溶けて農地に流入した放射性セシウムは低濃度であっても効率よく植物体に吸収されている可能性があります。この問題については、次回の報告会で取り上げたいと考えています。(根本)

Q: フォールアウト時は均一に落ちたと思うが、なぜ土壌の汚染が均一でないのか
A: 放射性セシウムの単位面積当たりのフォールアウト量(Bq/m2)の分布は、フォールアウトをもたらした降雨の量で決まると考えられ、数kmのスケールでは不均一ですが(文部科学省が上空から測定した分布を公表しています)、100m程度のスケール内では十分に均一と思います。しかし、農地では、耕起されなければ表層の3-4cmに90%程度が留まっているものの、耕起されれば耕起深(15cm程度)の作土に混合されます。土中に混合されると、土壌が放射線(γ線)を減衰させるので、地上で測定される空間線量率は低くなります。(塩沢)
Q: 放射性セシウムを固定する粘土鉱物の全国的分布は?また固定のメカニズムは?
A: 放射性セシウムの固定には2つのメカニズムが考えられます。まず、放射性セシウムは水溶性で陽イオンとなるため、負電荷をもつ土粒子(とくに比表面積が大きい粘土粒子)や有機物の表面に電気力で引き付けられます。これはカルシウムイオンやナトリウムイオンやアンモニアイオンなどの他の陽イオンと同様の一般的な固定で、他の陽イオンと交換されます。もう一つは、特定の粘土鉱物(2:1型珪酸塩)の結晶構造の表面に分子間力によって強く固定されます。ここに固定された放射性セシウムは他の陽イオンと交換されることはほとんどなく、根から吸収されることもほとんどんないと考えられます。

とくに水田土壌には様々の種類の粘土鉱物が含まれており、放射性セシウムを固定するには十分な粘土鉱物があると考えられます。福島県でのフォールアウトの放射性セシウムの量は、天然に存在している安定な(放射性でない)セシウム(およそ数mg/kg)の1/1000000程度に過ぎず、普通の農地や森林の土壌は放射性セシウムを強く固定するのに十分な量の粘土鉱物を含んでいます。土壌中の放射性セシウム移動の現場調査で明らかになったのは、この強い固定が時間を要するプロセスだということで、この時間は土壌の特性と条件(粘土鉱物の量と種類および有機物量)によって異なるであろうということです。(塩沢)

Q: バイオレメディエーションはできる?
A: 土壌の放射性物質について、ヒマワリやナタネなど植物を利用したファイトレメディエーションは大変困難であると言わざるを得ません。また、微生物が吸収・蓄積しても土壌から取り除く策はありません。水系ならばバイオレメディエーションエーションの可能性があると思いますが、吸着材など資材以上の効果を期待するのは大変難しいと思われます。(田野井)
Q: 土に吸着された放射性セシウムが外環境に影響されて分解されることはないのか?
A: 環境中の放射性セシウムの原子核崩壊を人工的に操作することはほとんど不可能です。放射線による核反応で別の核種にすることはできますが、その確率は大変小さく、また共存する安定同位体を「放射化」してしまう確率も高くなります。(田野井)
Q: ウグイスなどよりスズメやカラスなど個体数の多い鳥で調査はしないのか
A: ウグイスは、春からなわばりを構えて、同じ個体が同じ場所に定住しているので有利です。各なわばり雄個体の最近の履歴を、録音によって連続モニタリングできますし、スズメやカラスにくらべて効率よく捕獲できます。ウグイスには、比較対照できる研究実績もあります。同様の理由で、他の方がツバメの調査も開始するようです。ただし、ウグイスからわかったことをもとにして、将来、スズメやカラスについても情報を集める可能性はあります。(石田)
Q: 各調査研究の途中経過はどこかに発表されているか?
A: アイソトープ協会の学術誌であるRADIOISOTOPESに速報として以下の論文が掲載されております。(中西)
RADIOISOTOPES, Vol.60 No.8 (2011)掲載
【速報】
◆福島県の水田および畑作土壌からの137Cs、134Csならびに131Iの溶出実験
  野川憲夫、橋本 健、田野井慶太朗、中西友子、二瓶直登、小野勇治
◆福島県における降下した放射性物質のコムギ組織別イメージングとセシウム134およびセシウム137の定量
  田野井慶太朗、橋本 健、桜井健太、二瓶直登、小野勇治、中西友子
◆福島県の水田土壌における放射性セシウムの深度別濃度と移流速度
  塩沢 昌、田野井慶太朗、根本圭介、吉田修一郎、西田和弘、橋本 健、桜井健太、中西友子、二瓶直登、小野勇治
◆福島第一原子力発電所事故による低濃度放射性降下物に起因した土壌および野菜の放射性核種濃度の測定-東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構における事例-
  大下誠一、川越義則、安永円理子、高田大輔、中西友子、田野井慶太朗、牧野義雄、佐々木治人
◆福島第一原子力発電所事故後の茨城県産牧草を給与した牛の乳における放射性核種濃度
  橋本 健、田野井慶太朗、桜井健太、飯本武志、野川憲夫、桧垣正吾、小坂尚樹、高橋友継、榎本百合子、小野山一郎、李 俊佑、眞鍋 昇、中西友子
Q: 定期的な報告会の予定はありますか
A: 研究の進捗状況に合わせて、開催していく予定です。次回は2月18日(土)に開催予定です。(長澤研究科長)
http://www.a.u-tokyo.ac.jp/rpjt/event/20120218.html
Q: 東大農学部のホームページに紹介されている動画を見ることができない
A: Windowsパソコンでは、ほぼ再生できるようですが、Macでは見ることができないようです。Macの方やWinodwsパソコンでも再生できない方は、VLC player (http://www.videolan.org/)を使用することでほぼ再生できます。尚、スマートフォン(iOSやAndroid)には対応しておりません。今後の課題とさせていただければと思います。(田野井)

回答教員一覧
長澤 寛道 大学院農学生命科学研究科長
中西 友子 附属放射性同位元素施設・教授
根本 圭介 生産・環境生物学専攻・教授
塩沢 昌 生物・環境工学専攻・教授
石田 健 フィールド支援担当・准教授
渡部終五 水圏生物科学専攻・教授
潮 秀樹 水圏生物科学専攻・准教授
田野井 慶太朗 生物生産工学研究センター・助教

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