発表者
高橋 史憲(理化学研究所 環境資源科学研究センター  機能開発研究グループ 研究員)
鈴木 健裕(理化学研究所 環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニット 専任技師)
刑部 祐里子(徳島大学 生物資源産業学部 准教授)
別役 重之(筑波大学大学院 生命環境科学研究科 准教授/研究当時:東京大学大学院理学系研究科 さきがけ研究員)
近藤 侑貴(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 助教)
堂前 直(理化学研究所 環境資源科学研究センター 生命分子解析ユニット ユニットリーダー)
福田 裕穂(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
篠崎 和子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
篠崎 一雄(理化学研究所 環境資源科学研究センター  機能開発研究グループ グループディレクター)

発表概要

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター機能開発研究グループの高橋史憲研究員、篠崎一雄グループディレクター、東京大学大学院農学生命科学研究科の篠崎和子教授らの共同研究グループは、神経を持たない植物が、その体内で作り出した移動性の「CLE25ペプチド(注1)」を使って、根と葉で情報をやりとりし、乾燥ストレス耐性を高めていることを発見しました。
  植物は乾燥に耐えるために、植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)(注2)を葉で合成します。ABAは葉の気孔(注3)を閉鎖させ、植物体内から水分が失われるのを防ぎます。また、ABAは乾燥ストレスへの防御に必要な遺伝子群の発現制御にも関わり、植物の乾燥ストレス応答にとって重要なホルモンとして知られています。しかし、植物が土壌水分の減少による乾燥ストレスを根で感じたときに、どのような仕組みで、葉でのABA合成を促すのかについては長い間不明でした。
  今回、共同研究グループは、植物に乾燥ストレスがかかったときに、根の細胞から道管(注4)に放出されるCLE25ペプチドを発見しました。さらに、このペプチドが、道管を通って根から葉に移動し、ペプチドを受容する受容体(注5)に結合することを明らかにしました。また、ペプチド-受容体結合によって発せられたシグナルが、葉の維管束(注4)細胞内に伝わり、ABAの合成を開始させる合図となることを解明しました。
本成果は、乾燥をはじめとする環境ストレスに強い作物の作出や、植物の生育環境への植物ペプチドの応用といった技術開発につながると期待できます。
  本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(4月4日付け:日本時間4月5日)に掲載されます。 
  本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業新学術領域(研究領域提案型)「水分ストレスを根から地上部へ伝えるペプチドによる長距離シグナル伝達機構の解明」、若手B「浸透圧ストレス感知を制御する分子メカニズムの解析」、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(シーズ創出ステージ)「植物の水利用効率に関わるストレス感知機構解明と分子育種への応用」の支援を受けて実施されました。

発表内容

図1 CLE25ペプチドをシロイヌナズナの根から吸収させた実験(拡大画像↗)

図2 CLE25ペプチド欠損変異体における乾燥ストレス応答実験 (拡大画像↗)

図3 離れた組織間での情報伝達を担うCLE25ペプチド-BAM受容体(拡大画像↗)

【背景】
  世界人口の増加と経済成長により、2050年には現在の1.6倍以上の食糧増産が必要になると予測されており、農作物の安定的かつ持続的な生産向上が急務です。特に、干ばつは農作物の生長や収穫量に大きく影響を及ぼすため、植物が持つ乾燥ストレス応答のメカニズムを理解し、その技術を応用して、不良環境下でも高い生産性を示す作物の開発が求められています。
  植物の乾燥ストレス応答における重要な因子として、植物ホルモンの一つであるアブシジン酸(ABA)が広く知られています。ABAは乾燥ストレスを感じた植物の葉で合成され、葉の気孔閉鎖を促し、植物体内から水分が失われるのを防ぎます。また、ABAは乾燥ストレス耐性に関わる遺伝子群の発現制御も担っています。
  しかし、植物が土壌水分の減少による乾燥ストレスを根で感受した後、葉でのABA合成が促されるまでのメカニズムについては、ほとんど解明されていませんでした。

※ How to feed the world in 2050. FAO (2009)

【研究手法と成果】
  共同研究グループはまず、モデル植物のシロイヌナズナ(注6)由来のT87培養細胞(注7)を用いて、乾燥ストレスを模倣する浸透圧ストレス処理をした後に、培養液に放出されるペプチドを、高分解能質量分析計(注8)を用いて探索しました。その結果、シロイヌナズナの内因性ペプチド群の一つであるCLEペプチドファミリーに属する、「CLE25ペプチド」を同定することに成功しました。
  人工的に合成したCLE25ペプチドを根から吸収させると、葉に移動し、ABAの合成において主要な役割を果たす酵素NCED3遺伝子の発現が著しく上昇しました。それに伴い、ABAが葉で蓄積し、気孔の閉鎖を引き起こすことを明らかにしました(図1)。
  次に、ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9法[9]を用いて、CLE25ペプチドの発現を失わせた欠損変異体(cle25変異体)を作製し、乾燥ストレスに対する応答を調べました。その結果、cle25変異体では乾燥ストレス条件でNCED3遺伝子の発現が上がらず、ABAが蓄積しないため、乾燥ストレスに弱くなることを明らかにしました(図2)。
  さらに、葉でCLE25ペプチドを受容する二つの受容体BAM1とBAM3を同定しました。BAM1と BAM3受容体は、乾燥ストレスに伴って根から放出され葉に移動したCLE25ペプチドを受容し、その情報を葉の維管束細胞内に伝える機能を持ちます。これが、葉でのABA合成を開始させる引き金となることを明らかにしました(図3)。
  これらの研究結果は、神経を持たない植物が、移動性のペプチドを用いることで、根と葉という離れた組織間で情報のやりとりを行い、乾燥ストレスに応答していることを証明するものです。
【今後の期待】

共同研究チームは今回、移動性のペプチドが、離れた組織をつなぐ情報の要として機能し、乾燥ストレス耐性を高めていることを示しました。特に、CLE25ペプチドは乾燥ストレス依存的に細胞外に放出されることから、CLE25-BAM受容体は、外部の環境ストレスを統合的に感知する機構の一部であると考えられ、植物が持つ乾燥ストレス応答を理解する上で、重要なメカニズムであることを示しています。
   今後、ペプチドによる乾燥ストレス応答の分子機構をさらに詳しく解明し、得られた知見を応用することで、乾燥をはじめとする環境ストレスに強い作物の作出や、植物の生育環境への植物ペプチドの応用といった技術開発につながると期待できます。

発表雑誌

雑誌名
Nature
論文タイトル
:A small peptide modulates stomatal control via abscisic acid in long distance signalling
著者
:Fuminori Takahashi, Takehiro Suzuki, Yuriko Osakabe, Shigeyuki Betsuyaku, Yuki Kondo, Naoshi Dohmae, Hiroo Fukuda, Kazuko Yamaguchi-Shinozaki, Kazuo Shinozaki
DOI番号
:doi:10.1038/s41586-018-0009-2
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41586-018-0009-2

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物分子生理学研究室
教授 篠崎 和子(しのざき かずこ)
Tel:03-5841-8137
Fax:03-5841-8009
E-mail:akys<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/

用語解説

注1 CLE25ペプチド
ペプチドとは、植物体内で、数百アミノ酸からなる大きなタンパク質の一部が切り出されて数十アミノ酸程度の大きさになり、その後、水酸化などの修飾を受けたもの。ホルモンのような生理活性を持つ。本研究で発見したCLE25ペプチドは、12アミノ酸からなる植物ペプチドで、シロイヌナズナ中に存在するCLEペプチドファミリーの一つである。
注2 アブシジン酸(ABA)
植物ホルモンの一つ。植物中にある色素体の脂質膜が基質となり合成される。休眠や成長抑制、老化、器官の脱離など、さまざまな生理作用への関与が報告されている。また、乾燥などの環境ストレスに伴い、爆発的に合成されて植物体内に蓄積することから、ストレスホルモンとも呼ばれる。ABAはabscisic acidの略。
注3 気孔
高等植物の葉の表皮にあり、孔辺細胞と呼ばれる細胞が二つ唇型に向かい合って「孔」を形成している。環境条件によって開口部の大きさが調節され、光合成や呼吸、蒸散といった生理応答の際に、水や酸素、二酸化炭素が大気環境と植物体内を行き来するための通り道として機能する。
注4 道管、維管束
道管は、被子植物の木部組織内にあり、主に根から吸い取った水分や養分を、地上部へ送るための管。維管束は、木部組織や道管を含む内部組織の一つである。
注5 受容体
細胞の表層膜にあり、各受容体特異的に結合するリガンドと呼ばれるペプチドや化合物などと結合することで、何らかの刺激を受け取ることができる。その後、その刺激を情報として細胞内に伝えることで、細胞外の情報を細胞内に伝える役割を担う。
注6 シロイヌナズナ
アブラナ科の一年草として知られる。2000年に全ゲノムが解読され、モデル植物として幅広く植物研究の材料として使われている。
注7 T87培養細胞
シロイヌナズナの細胞をもとに分離され、生体外である液体培養液中で自律的に増殖する植物培養細胞。
注8 高分解能質量分析計
生物試料内に含まれる微量なペプチドやタンパク質を検出するための装置。
注9 CRISPR/Cas9法
ゲノム編集技術の一つ。高効率で標的遺伝子を改変させることができるため、現在、主流となっている方法である。