東京大学農学生命科学研究科プレスリリース

2006/3/7

病原菌が媒介昆虫を識別するしくみを解明

─ マラリアなどヒト・動植物病原菌の媒介メカニズム解明にヒント ─

発表者:難波 成任(生産・環境生物学専攻 教授)
図:ファイトプラズマは昆虫アクチン繊維上に局在する
図:ファイトプラズマは昆虫アクチン繊維上に局在する
昆虫の腸管。アクチン繊維を赤く染め、ファイトプラズマ膜タンパク質を抗体で緑色に染めた。
右は2枚を合成した写真。ファイトプラズマはアクチン繊維上に局在している。
図:本論文が掲載された米国科学アカデミー紀要11号の表紙
図:本論文が掲載された米国科学アカデミー紀要11号の表紙
ファイトプラズマに感染したアジサイの写真。正常な花(右)に対して、発病した花(左)では、葉化症状が起こっている。

ポイント

昆虫媒介性の植物病原菌「ファイトプラズマ」は、その細胞表面の膜タンパク質と昆虫の細胞骨格タンパク質との結合の可否により媒介性が決定づけられることを明らかにした。今回の成果は、マラリアなど特定の昆虫により媒介される多くの病原菌の媒介特異性のしくみ解明に貢献するものと期待される。

概要

昆虫媒介性の病原菌は、昆虫の移動に伴い急速かつ広範囲に拡がり、ヒトや動植物に重要な病気を引き起こす。しかし、それら病原菌の多くは特定の昆虫により媒介される。ヒトの恐ろしい病気であるマラリアは最もよく研究されており、哺乳動物への感染に関するタンパク質は見つかっているが、特定の昆虫により媒介されるメカニズムについてはまだ不明な点が多い。媒介昆虫の特異性を決定するメカニズムが解明されれば、病原菌の拡散を防ぐ薬剤を開発することも期待される。植物病原性細菌「ファイトプラズマ」 は、※1究極の『怠け者』細菌とされ、セミの仲間の昆虫「ヨコバイ」により植物から植物へと媒介されるが、近縁のファイトプラズマでもそれぞれ異なる特定の「ヨコバイ」により媒介される。病原菌の媒介昆虫の特異性を決定するメカニズムを明らかにすることは、病気の急速な拡散を抑える技術を確立するうえで重要である。

我々は、解読した「ファイトプラズマ」の全ゲノムデータから、「ファイトプラズマ」の細胞表面の主要膜タンパク質Ampに着目した。このタンパク質はこれまで知られているいかなる生物のタンパク質とも似ていない。昆虫に感染した「ファイトプラズマ」を蛍光抗体ラベルし、共焦点レーザー顕微鏡により観察したところ、「ファイトプラズマ」が媒介される昆虫の場合にのみ腸管周囲の平滑筋細胞の※2骨格タンパク質に結合していることを明らかにした。また、試験管内の結合実験により、「ファイトプラズマ」のAmpは媒介昆虫の細胞骨格タンパク質(※3アクチン、※4ミオシン)とのみ結合した。昆虫による病原菌の媒介能がその表面タンパク質と昆虫の細胞骨格タンパク質との結合の可否により決まることが明らかになった。ヒトの恐ろしい病気であるマラリアなど、多くの昆虫媒介性病原菌は特定の昆虫により媒介されるが、そのメカニズムには不明な点が多いが、同様なメカニズムによる可能性があり、その解明は病気の急速な拡散を抑える技術を確立するうえで重要であり、今回の成果は重要なヒントとなることが期待される。【解説】

本研究成果は、米国アカデミー紀要に掲載されるに先立ち、オンライン版(3月6日の週)に掲載予定です。なお、本研究は日本学術振興会の科学研究費補助金「基盤S」の補助のもとに行ったものです。

S. Suzuki et al. "Interaction between the membrane protein of a pathogen and insect microfilament complex determines insect vector specificity," Proceedings of the National Academy of Sciences, 103, 11, pp.4252-4257.

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用語解説


※1 究極の『怠け者』細菌
 「ファイトプラズマ」は当研究室のグループにより全ゲノム解読に世界で初めて成功した。これまで、マイコプラズマは「生物として成り立つための最少遺伝子セット」のモデルとされていたが、「ファイトプラズマ」は動植物細胞に寄生する生物にもかかわらず、更に重要な代謝系遺伝子を欠き、生物にこれまで必須と考えられていた遺伝子群も一部欠いていた。この発見がもととなり、「ファイトプラズマ」は、昆虫によって媒介される退行的進化を遂げた「究極の『怠け者』細菌」と表現された(ネイチャージェネティクス,2004) 。

※2 骨格タンパク質
 生物の個体・臓器・組織・細胞・細胞器官などの構造を支持しているタンパク質の総称。特に、真核生物の細胞質内にある3種類のタンパク質繊維、すなわちマイクロフィラメント、中間径フィラメント、および微小管よりなる三次元構造を細胞骨格といい、これらを構成するタンパク質を細胞骨格タンパク質という。最も細い繊維であるマイクロフィラメントはアクチンを主成分とするが、ミオシンなど種々のタンパク質が結合して、その重合度、フィラメントの集合状態や他の構造体との結合を調節している。

※3 アクチン
 二重らせん状の多量体を形成してマイクロフィラメントを形成する球形のタンパク質。マイクロフィラメントは細胞の機械的な運動において重要な役割をしているとともに、細胞間結合、細胞質流動、細胞分裂での収縮などにも関与する。また、筋細胞においては、アクチンはミオシンと反応して、ATP存在下で滑りによる収縮を起こし、筋収縮へ重要な役割を持つ。

※4 ミオシン
 筋肉に必ず含まれる「モータータンパク質」の一種で、ATPの化学エネルギーを利用してアクチン繊維の運動をひきおこすタンパク質。重鎖 (Heavy chain) と軽鎖 (Light chain) からなる複合体。筋繊維に多量に存在し筋肉の収縮等に関与するほか、様々なタイプのミオシンがあり、細胞の移動や細胞分裂にも関わっている 。
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