研究科長室から
農学はどんな学問分野なの?
東京大学農学部は、150年前に、農学校の前身となる農事修学場として設置され、イギリスの農学教育をモデルに、農学・獣医学・農藝化学でスタートさせました。それ以降、林学、水産、土木といった自然科学の研究を取り込み、さらに食糧生産・消費システムをめぐる人文社会科学の研究を融合させて、私たちの生命、生活、そして社会を支える総合学問へと発展させてきました。近年は、国際、生態、健康、情報といった基軸をいち早く取り込み、人類社会が直面する地球規模の課題に取り組む学問分野として拡充展開しました。この農学の新潮流に追従呼応するかのように、SDGs、One Health、Nature positive、Well-being、DX/GXなどの社会課題が提案され、日本では150年前に生まれて一次産業を支える役割を担ってきた農学が、現在、その単なる延長ではない重要なミッションを課せられています。
農学研究の特徴は?
農学部の研究対象生物は、植物だけでなく、動物、昆虫、魚、そして微生物やウイルスなど、目に見えない小生物から大動物まで様々で、私たちは自然に生かされているという視点で研究をしています。つまり、農学が特に重要視している側面は、これら生きものと人間との関係です。そして、生命×環境、基礎×応用、生物×化学×物理×数理、分子×個体×社会、のような様々な組み合わせで、近年の最先端情報科学を取り入れた基礎研究を進めています。さらに、その知見を利用するという応用につなげ、社会実装までいくという、基礎から応用、そして社会貢献までのダイナミックな研究をしているのが農学部の特徴になります。
東大農学部の土地柄は?
東大本郷キャンパスは加賀藩前田家の屋敷の跡地で、当時のものとして赤門が残っているのは皆さんご存知のことと思います。農学部はというと、言問通りにかかる通称「ドーバー海峡」と呼ばれる橋を渡った弥生キャンパスにありますが、実は、前田家ではなく水戸藩でした。橋を渡ってくると左手に、朱舜水という人の碑があります。朱舜水は、水戸藩お抱えの蘭学者でしたが、西洋の文化をいち早く導入しました。その結果、水戸光圀公はいつも新しいものを食べることができたのです。例えば、日本で初めてラーメンを食べたのは光圀と言われています。ちょっとこじつけですが、農学部の土地は、「食」研究をする下地があり、新しい視点をいち早く入れて発想の転換をはかることができる文化があったのだと思います。
どんな人材を輩出しているの?
農学部は、演習林など全国各地の附属施設を生かして、豊富な実験やフィールド活動を通して、座学を超えた学びの場を展開しています。その結果、現場で課題解決のためのデザインができる、地球的な視野と高い倫理観、粘り強い実践力を備えた学生が育成されています。卒業生は、食品・飲料などの製造業から、エネルギー関係、医療・福祉、情報・通信、広告、コンサル、公務員、そして学術・研究・教育に至るまで、様々なところで活躍しています。また、国際協力の課題を現場で見つける実習や、学生の国際経験を手厚くサポートするプログラムなどを通したグローバル教育の結果、卒業生の多くが国際舞台で活躍しています。
これからどの学問を学ぼうかと考えている学生の諸君へ
農学は、「生物のしくみを知る」「自然界のモノの性質を知る」「環境・生態系を知る」「ヒトと自然の関係を知る」ことを目的とする学問です。これらの研究で得られた知見を応用して、人間社会に活用することによって、私たちの心と生活が豊かになります。食料を作り、それを食べて、安心な生活をおくり、ひととの適切なコミュニケーションをとって幸せに生きる、こんな当たり前の何げない生活に、農学は大きな貢献をしているのです。農学部に進学して、食、環境、資源、生命、健康といったキーワードを基軸に、人類のWell-being(幸福)を追求しつつ、かけがえのない地球の自然と人間との共生を実現するために一緒に歩んでみませんか。
これからどの分野に投資をしてみようかと考えている社会の皆さんへ
私たち農学の研究者たちは、地球上の全ての生命体の健康を目指すOne health、自然生態系の回復を目指すNature positive、脱炭酸・循環経済といった方向性に貢献しようとしています。これからは、地球上の全ての生き物と共生して、地球を壊さず自然資本主義を考えていく上で、必ずしも数値などで明確に目に見えない社会貢献的研究が価値ある学問になりつつあります。星の王子様の言葉を借りると「心でしかよく見えないんだよ。大切なものは目には見えないんだ」。そんな、人間らしい「あたたかい」学問・研究分野である農学をサポートして一緒に協創してみませんか。
大学院農学生命科学研究科長・農学部長
東原 和成(とうはら かずしげ)