東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部

植物のつくる有用物質を科学する：適応代謝産物の機能解明と社会実装に向けて

植物は多くの機能未知の二次代謝産物を生産しています。このような化合物のことを Specialized metabolites (適応代謝産物)と呼んでいますが、その中には、植物に競争力を与えるものや、ヒトの生活 にとって役に立つ物質が数多く含まれています。私達は有用な機能を保持することが知られるテルペノ イドやフラボノイドといった植物の適応代謝産物に着目し、その生合成経路と制御機構の解明を通じて、環境低負荷型の次世代農業など、社会に役立つ技術展開に向けた基礎と応用研究を進めています。

植物の病害抵抗性発現機構の理解と応用

学生の皆さんには、植物が病原菌や昆虫などの外的ストレスに対してどのように抵抗性を発現するのか、その分子機構を学んでもらいます。特に、主要穀物であるイネをモデル植物として取り上げ、病害虫に対する防御応答の一連の流れを理解することを目的とします。イネでは、病原菌の感染時にエリシター（病原菌由来の分子）が細胞膜上の受容体に認識されることで、感染の兆候が感知されます。さらに、昆虫の食害時には傷害ストレスに加えて、昆虫の唾液中の成分がエリシターとして作用し、植物の防御応答を誘導します。これらの初期応答を起点として、ジャスモン酸などの二次シグナルや、それに応答する転写因子を介したシグナル伝達が進行し、抗菌性タンパク質やファイトアレキシン（抗菌性二次代謝産物）などの多様な防御物質が生産されるプロセスを研究します。これらを通じて、学生は植物免疫の分子メカニズムを深く理解し、持続可能な農業や作物育種への応用を見据えた視点を養うことができます。

モミラクトンを活用した根圏バイオーム制御による持続可能な脱炭素農業技術の開発

本研究では、イネのもみ殻に豊富に含まれる未利用バイオマス由来の天然ジテルペン「モミラクトン」に着目し、その生物活性を活用した新たな根圏バイオーム制御技術の開発を目指しています。モミラクトンは、抗菌性、アレロパシー、昆虫・線虫などへの影響といった多様な生物活性を有し、環境保全型農業に資する有望な天然資材です。本プロジェクトでは、以下の2つの重点フェーズを展開します。

1.モミラクトンの大量迅速生産技術の確立と実用化推進
他大学・企業との連携のもと、モミラクトンの製造プロセスを確立し、土壌改良資材としての社会実装を見据えた共同研究を推進します。
2.フィールド試験による効果検証と栽培プロトコルの構築
モミラクトンの農業害虫（例：オロバンキ、ストライガ、線虫類）に対する抑制効果を国内外の模擬・実環境で検証するとともに、モミラクトン濃度と根圏バイオーム構造の関係性を解析し、最適な土壌環境設計に資するプロトコルの開発を進めます。

本研究を通じて、モミラクトンの機能解明と農業資材としての応用可能性を広く実証し、根圏における有用微生物の育成と病害性生物の制御を両立する、持続可能かつ制御可能な次世代農業モデルの確立を目指します。カーボンニュートラル社会への貢献を視野に入れ、産業界との連携を積極的に推進したいと考えています。 目標の達成に向けて、共同研究・協業など、研究に参画して頂ける仲間を歓迎します。