プロフィール

一般の方へ向けた研究紹介

生体物質の「合成」と「分解」の協奏による植物の環境適応

生物は外界から栄養素を取り込み、それらを糧として自身のからだを作る一方で、からだの構成成分は常に分解され、自然界へと環流していきます。生物は合成と分解のバランスを巧みに制御して動的に平衡状態を維持していますが、その根幹を担う分子機構は未解明な点が多く存在します。作物のバイオマスの増加は農業生産の向上に直結するため、植物体内の合成・分解プロセスとその制御機構を分子レベルで理解し、平衡状態のコントロールへと応用することで、効率的な農業が可能となるでしょう。私は、オートファジー(自食作用)という細胞内の自己成分分解機構に着目し、植物が様々な環境条件に適応するために、どのように自身を分解しているのか明らかにしてきました。特に、獲得可能な栄養素のバランスが崩れる栄養ストレス条件下で、適切な平衡状態を保つと同時に更なる成長を目指すためには、分解と合成を精密に協調制御する必要があります。今後は、植物が栄養ステータスをどのように感知し、栄養素の吸収・輸送および代謝を調整しているのかを明らかにして、これらの仕組みと分解機構との関係を統合的に理解することを目指します。

教育内容

研究経験を通じて得られる現代社会を強かに生き抜くためのスキル

研究では、アイデアを発想し仮説を立て、それを実証するために実験を行います。しかし、多くの実験は目論見通りにいかないため、なぜ問題が発生したのかを丁寧に分析して対応策を検討し、挑戦を重ねることになります。このような試行錯誤を経て実験結果を得ますが、研究の完遂には、それらをまとめた成果物である論文を発表する必要があります。当然、この過程は限られた時間と予算の中で達成しなければなりません。この研究のプロセスを通じ体得できる能力として、まず、面白い発想するためのクリエイティブ能力が挙げられるでしょう。それを実行するためには、他人に自身の発想を効果的に伝える企画力や表現力が要求されます。さらに、実験を動かすフェーズにおいては、主体性や管理能力、ストレスマネジメント能力などが培われます。成果をまとめ上げる際には、論理的な英文を書く能力、プレゼンテーション能力、広報力などが鍛えられるでしょう。これらの能力を備えた人材は、研究機関で高度な専門知識を活かして学術の発展に貢献する研究者として活躍できることは勿論、自発的に情報を入手・分析し、信念に基づき行動することができる人物として、広く社会に必要とされるはずです。

共同研究や産学連携への展望

細胞内分解の担う多様な生理機能を明らかにし、未来の技術のタネを蒔く

近年、オートファジーが様々なヒト疾患の原因となっていることが明らかにされ、オートファジーをターゲットにした治療も試みられています。それと比較して、植物科学分野においては、そのような応用的な技術開発は遅れていると言えます。私はオートファジーが、植物の亜鉛欠乏症の抑制(doi: 10.1104/pp.19.01522)や、種子の保存期間の延長(doi: 10.1073/pnas.2321612121)に貢献していることを明らかにしてきました。これらの知見は、亜鉛欠乏土壌でも栽培可能な農作物や、種子を長期間保存する技術の開発に繋がると期待できます。さらに今後は、植物が栄養素のステータスを感知し、栄養の吸収・輸送を制御、代謝を調整する分子機構について明らかにし、細胞内分解との相互関係を統合的に理解することを目指します。本研究は、作物として存在する物質の量をコントロールすることによるバイオマスを増大技術の確立を可能にするかもしれません。企業や法人で活躍される皆様には、我々基礎研究者が生み出したタネ的な知見に注目して頂き、それを発芽させるためのアイデアや、大きく育てあげるための協力を賜れればと思います。

研究概要ポスター(PDF)

キーワード

キーワード1  :  植物、細胞、必須栄養素、環境応答、自食作用、転写因子
キーワード2  :  食糧問題、気候変動、自然破壊