発表者
五十嵐 麻希(学術振興会 特別研究員RPD/ 国立成育医療研究センター 分子内分泌研究部 共同研究員)
野川 駿(株式会社ジーンクエスト)
川舩 かおる(株式会社ジーンクエスト)
八谷 剛史(株式会社ジーンクエスト/株式会社ゲノムアナリティクスジャパン)
高橋 祥子(株式会社ジーンクエスト)
賈 慧娟(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授)
斉藤 憲司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員/株式会社ジーンクエスト)
加藤 久典(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任教授)

発表のポイント

  • 日本人を対象にしたゲノムワイド関連解析により、魚の摂取頻度に関与するゲノム領域を発見しました。
  • 食に関連する遺伝子座はほとんど解明されていません。本研究は、アジア人集団で初めて魚の摂取頻度に関連するゲノム領域を同定しました。
  • この成果は、個々の遺伝的体質に応じた食事アドバイスを行う「パーソナルゲノム栄養」の実現に繋がることが期待されます。

発表概要

 近年、日本人の魚離れが問題視されています。2017年に、魚の消費量に関与する一塩基多型(SNP)(注1)が欧米の研究により報告されましたが、日本人ではこのSNPを持つ人が極めて少ないため、魚の消費量に関与する別のSNPが存在する可能性がありました。 東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤久典特任教授らは、日本初の消費者向け大規模遺伝子解析会社である株式会社ジーンクエストとの共同研究にて、日本人約1万2千人の遺伝子情報を解析した結果、魚の摂取頻度にお酒の代謝に関わるSNPが関与していることを発見しました。さらに、この現象は男性で強く認められることが分かりました。 本研究から、お酒を飲まない男性は比較的魚を摂取しにくい傾向があることが分かりました。本研究成果は、個々の遺伝的体質に応じた食事アドバイスを行う「パーソナルゲノム栄養」の実現に繋がることが期待されます。

発表内容

 日本は世界でも有数の魚消費国です。その反面近年では、肉類の消費量が魚介類を上回り、食生活の欧米化が進んでいます。青魚のEPAやDHAは、生活習慣病予防や多動・双極性障害の症状改善が報告されていることから、個人に合わせて魚を積極的に摂取してもらうための取り組みが必要です。
 一方、ゲノムの中の一塩基多型(SNP)は、遺伝的な体質に影響することが知られていますが、近年の研究により食生活の個人差にもSNPが影響していることが判明しつつあり、最近では欧米の研究グループから魚の消費量に関わるSNPが報告されています。しかしSNPは地域による分布差が大きいため、国外の研究結果が必ずしも日本人に当てはまるとは限りません。欧米の先行研究で報告されたSNPを持つ人の割合は、日本人では極めて少ないため、日本人には他に魚の消費量に関与するSNPが存在する可能性があることが示唆されていました。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤久典特任教授らは、株式会社ジーンクエストとの共同研究にて、日本人約1万2千人のゲノム情報とWebアンケート情報を用いてゲノムワイド関連解析(GWAS)(注2)を行った結果、ヒト12番染色体上の12q24領域に存在するSNPsが魚の摂取頻度に関連していることを明らかにしました。12q24領域には代謝に関わる複数のSNPsが存在しますが、12q24領域と魚の摂取頻度の関連性を飲酒量・飲酒頻度で調整し再解析すると、効果が減弱化したことから、領域中のアルコールの代謝に関わるSNP「rs671」が魚の摂取頻度に影響することが推定されました。rs671は日本人を含む東アジア人に特有であり、またrs671の遺伝型はお酒への強さと関係することが知られています。解析の結果、お酒に弱い遺伝型を持つ人では、魚の摂取頻度が低下していることが分かりました。さらに、rs671と魚の摂取頻度との関連を、男性と女性、および年齢の高い群と低い群に分けてそれぞれ解析した結果、男性、および年齢の高い群でより強い関連が認められました。すなわち、遺伝的にお酒に弱いためお酒を飲まない高齢の男性は比較的魚を摂取しにくい傾向があることが分かりました。
 本研究成果を活用して、特に遺伝的にお酒に弱くお酒を飲む習慣がない高齢の男性に魚摂取を勧めるという、より効果的な健康増進アドバイスの実施が期待できます。本研究は、このように個々の遺伝的体質に応じた食事アドバイスを行う「パーソナルゲノム栄養」の実現に繋がると考えています。今回はWebアンケートで食物ごとの摂取頻度を調査した結果を用いましたが、今後は大規模な食事記録法による調査にて、このSNPが魚摂取量としてどれくらい効果があるかを調べたいと考えています。また、分子生物的な手法を用いたメカニズムの解明や、日本人の食に関連する様々な新規の遺伝子領域を明らかにすることが必要です。

発表雑誌

雑誌名
Genes and Nutrition
論文タイトル
Identification of the 12q24 locus associated with fish intake frequency by genome-wide meta-analysis in Japanese populations.
著者
Maki Igarashi, Shun Nogawa, Kaoru Kawafune, Tsuyoshi Hachiya, Shoko Takahashi, Huijuan Jia, Kenji Saito, Hisanori Kato* (* Corresponding authors)

問い合わせ先

応用生命化学専攻(健康栄養機能学社会連携講座)
特任教授 加藤 久典(かとう ひさのり)
e-mail:akatoq<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
Tel:03-5841-1607

用語解説

  • (注1) 一塩基多型(snp)
    集団の中で1%以上の頻度で特定の塩基配列が異なる場所のこと。
  • (注2) ゲノムワイド関連解析(gwas)
    ヒトゲノム全体のsnpsの遺伝子型を決定し、snpsの頻度と病気や量的形質との関連を統計的に調べる方法。