発表者
白石 太郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任研究員)
池内 秀雄(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 修士課程学生:当時)
西山 真(東京大学生物生産工学研究センター  教授)
葛山 智久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻  教授)

発表のポイント

  • 天然物では他に類を見ない2-アミノプリン構造を有する天然化合物アミプリマイシンとミハラマイシンの生合成に関与する遺伝子を同定しました。
  • 同定した生合成遺伝子の機能を解析することで、既知の生合成機構とは全く異なる、二次代謝に特異的な糖骨格の形成機構を提示することができました。
  • 本成果により、新たな2-アミノプリン含有天然化合物の探索が可能になる他、新たな抗イネいもち病菌剤になる候補化合物の発見にもつながります。

発表概要

 アミプリマイシンは放線菌が生産するヌクレオシド系化合物であり、2-アミノプリンという特異な核酸塩基と9炭素からなる枝分かれした糖構造を有します。同化合物はイネいもち病菌選択的な生育阻害活性を有することが知られています。その作用機序は明らかになっていないものの、既存の同阻害剤とは大きく異なる構造であることから、同化合物は新奇な抗イネいもち菌剤の候補化合物になりうるとして期待されています。
 東京大学大学院農学生命科学研究科と産業技術総合研究所、テキサス大学の共同研究グループは、アミプリマイシンおよびその類縁化合物であるミハラマイシンの生合成を担う遺伝子群を同定しました。さらに、それらの遺伝子配列をもとに、アミプリマイシンの生産能が約30倍上昇した株を育種することに成功しました。加えてこの高生産株を用いて13C安定同位体標識化合物を添加したトレーサー実験(注1)を行い詳細に解析することで、その特異な分枝糖構造は、六炭糖が直接代謝されるのではなく、ポリケチド合成酵素(注2)と非リボソームペプチド合成酵素(注3)によって生合成されることを明らかにしました。
 以上の結果から、既知の機構とは全く異なる、二次代謝に特異的な糖骨格の形成機構を提示することができました。これらの情報をもとに、ゲノムマイニング(注4)による新たな2-アミノプリン含有天然化合物の探索が可能になる他、組換え酵素の改変などによる抗菌剤の元になる新たな化合物の創製につながることが期待されます。

発表内容


図1 2-アミノプリン含有天然化合物の構造


図2 13C安定標識化合物添加実験から推測されたアミプリマイシンの骨格形成機構


図3 Amc18およびMhr20が触媒する反応と得られた新規化合物1および2の構造

 土壌細菌である放線菌は抗生物質や抗がん剤、免疫抑制剤などの薬の元となる化合物を生産する微生物として知られています。アミプリマイシンは、ニューギニア島土壌サンプルから単離された放線菌Streptomyces novogenniensisの培養液から単離されたヌクレオシド系抗生物質です。アミプリマイシンはイネいもち病の原因菌であるPyricularia oryzaeに対して特異的な阻害活性を示すことが報告されており、新奇な抗イネいもち病菌剤の候補化合物になりうるとして期待されています。その構造は、特徴的な核酸塩基である2-アミノプリン構造と、枝分かれした9炭素からなるアミノウロン酸骨格、そして特異なアミノ酸であるシスペンタシンからなっております(図1)。また同様に2-アミノプリン構造を有する天然化合物としてミハラマイシンAおよびBが放線菌Streptomyces miharaensisの培養液から単離された報告がありますが、2-アミノプリン骨格を有する天然化合物の報告例は他にはありません(図1)。
 このような魅力的な構造と生物活性を有しているにもかかわらず、微生物が2-アミノプリン含有天然化合物をどのようにして生産しているのかは全く明らかにされていませんでした。そこで我々の共同研究グループは、アミプリマイシンの効率的な生産系の確立や新規誘導体の創製を目指し、その生合成機構の解明に着手しました。
 まず、アミプリマイシンとミハラマイシンの生合成に関与する遺伝子群を明らかにするために、両化合物の生産菌のゲノムシーケンス解析を行いました。一般に、バクテリア由来の二次代謝産物の生合成に関与する遺伝子群はクラスター(生合成遺伝子クラスター)を形成しており、また類縁の化合物は相同な遺伝子群に由来する酵素によって生合成されます。このことから我々は、アミプリマイシンおよびミハラマイシンは相同な遺伝子クラスターにより生合成されると推測しました。そこで、得られた両菌株のゲノムシーケンスを比較することで生合成遺伝子クラスター候補領域の取得を試みました。ついで、このようにして見出された候補領域をAPM非生産放線菌であるStreptomyces albus導入するとAPMの生産が検出さらたことから、APMの生合成遺伝子クラスターの同定に成功しました。さらに、遺伝子クラスター中の転写制御因子を高発現させることでAPMの生産量が野生株の約30倍まで増加した株を育種することにも成功しました。
 次にAPMがどのようにして生合成されるのかを解明するため、13C安定同位体標識したグルコースのトレーサー実験を行いました。その結果、グルコースは9炭素からなるAPMの分枝糖構造には直接は取込まれないことが明らかになりました。取り込み実験の結果と生合成遺伝子クラスター中の各酵素遺伝子の配列解析の結果から、APMにおける分枝糖骨格の生合成は、一般的な糖代謝とは異なり、ポリケチド合成酵素PKSと非リボソームペプチド合成酵素NRPSによるものであることが強く示唆されました(図2)。
 また、遺伝子配列情報から、Amc18がアミプリマイシンに含まれる特殊アミノ酸シスペンタシンと分枝糖間のペプチド結合形成反応を触媒することが示唆されました。そこで、これを検証するためにアミプリマイシン高生産菌を宿主にamc18の破壊株を作製し、その培養抽出液を解析しました。その結果、この遺伝子破壊株ではアミプリマイシンの生産は検出されず、代わりにアミプリマイシンにシスペンタシンが結合していない化合物アミプリマイシニンを生産していることが明らかになりました。さらにアミプリマイシニンとシスペンタシンを基質にAmc18酵素による変換実験を行いました。その結果、酵素依存的なアミプリマイシンの形成が検出されました。加えてミハラマイシン生合成においては類似の酵素であるMhr20が同様に分枝糖ミハラマイシニンとアルギニン間でのペプチド結合形成反応を触媒することが同様の実験により明らかになりました。そこで次に、これらの酵素を入れ替えて反応を行ったところ、アミプリマイシンの糖骨格にアルギニンが付加した化合物(1)とミハラマイシンの糖骨格にシスペンタシンが付加した化合物(2)がそれぞれ得られました(図3)。これらの実験から、新奇な2-アミノプリン含有化合物の創出に成功したと言えます。さらに今後は、生合成酵素の機能改変やゲノムマイニングによる化合物探索を行っていくことで、新たな抗イネいもち病菌剤の創製が期待できます。
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業」と文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)「生合成リデザイン」の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「The Journal of American Chemical Society」
論文タイトル
The Amipurimycin and Miharamycin Biosynthetic Gene Clusters: Unraveling the Origins of 2-Aminopurinyl Peptidyl Nucleoside Antibiotics
著者
Anthony J. Romo,# Taro Shiraishi,# Hideo Ikeuchi, Geng-Min Lin, Yujie Geng, Yu-Hsuan Lee, Priscilla H. Liem, Tianlu Ma, Yasushi Ogasawara, Kazuo Shin-ya, Makoto Nishiyama, Tomohisa Kuzuyama,* and Hung-wen Liu*. #These authors contributed equally.
DOI番号
10.1021/jacs.9b03021
論文URL
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.9b03021

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 分子育種学研究室
教授 葛山 智久(くずやま ともひさ)
Tel: 03-5841-3080
E-mail: utkuz<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • (注1) 13C安定同位体標識化合物を添加したトレーサー実験
    天然にはほとんど存在しない13C安定同位体標識化合物を培地に加え、代謝産物を解析することでどのような前駆体から対象化合物が生合成されるのかを調べるのに適した実験手法。
  • (注2) ポリケチド合成酵素(PKS)
    主としてアセチルCoA等を出発物質とし、マロニルCoA等由来のC-2の酢酸単位が縮合して生合成される化合物の総称。ラパマイシンやロバスタチンなどの医薬品として重要な化合物を多数含む。
  • (注3)非リボソームペプチド合成酵素(NRPS)
    微生物が二次代謝産物を生合成する際に用いる酵素の一種であり、アミノ酸を構成要素としてリボソームに寄らずペプチドを合成する酵素の総称。タンパク質を構成しないアミノ酸なども構成要素とすることが可能である。
  • (注4) ゲノムマイニング
    遺伝子の情報を手掛かりに、生物のゲノム配列から特定の機能を持つ遺伝子(群)を探し出すこと。