発表者
杉山 龍介(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学専攻 博士後期課程:当時)
仲谷 崇宏(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学専攻 修士課程:当時)
西村 慎一(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 講師)
竹中 慧(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学専攻 博士後期課程)
尾崎 太郎(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 特任助教:当時)
浅水 俊平(東京大学大学院農学生命研究科応用生命工学専攻 特任講師)
尾仲 宏康(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 特任教授)
掛谷 秀昭(京都大学大学院薬学研究科医薬創成情報科学専攻 教授)

発表概要


 本研究で明らかになった5aTHQ類の相乗的活性発現の分子機構

 京都大学大学院薬学研究科 掛谷秀昭 教授、西村慎一 同助教(現:東京大学大学院農学生命科学研究科 講師)、杉山龍介 同博士課程学生(当時)、仲谷崇宏 同修士課程学生(当時)、東京大学大学院農学生命科学研究科 尾仲宏康 特任教授らの研究グループは、放線菌が産生する5aTHQと命名した天然物は類縁化合物が凝集することで、膜親和性や抗真菌活性の上昇を示すことを明らかにしました。 微生物や植物は天然物(天然有機化合物)と呼ばれる二次代謝物をつくります。これまでに数十万の天然物が見出されており、そこには合成化合物とは異なる化学構造の多様性がみられます。一部は医薬品や研究試薬として利用されていることから、有用な生物活性を示す天然物の探索やその化学合成、生合成に関する研究が盛んに進められています。一方で、天然物が有する本来の機能についてはほとんど解明されていません。
 本研究は、放線菌Streptomyces nigrescens HEK616がTsukamurella pulmonis TP-B0596との複合培養時に産生する5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines (5aTHQ類)と命名した抗真菌化合物群に注目して行われました。5aTHQ類は分子内の炭化水素鎖が少しずつ異なる混合物として産生されます。それらは炭化水素鎖の構造によって、程度の異なる抗真菌活性を示します。すなわち分裂酵母細胞の生育を低濃度で阻害する化合物、中程度の濃度で阻害する化合物、全く阻害しない化合物が存在します。研究グループはそれらを混合した時の生物活性に興味を持ち、いくつかの組み合わせで化合物を混合して試験したところ、強い活性化合物(5aTHQ-7n)に全く活性を示さない化合物(5aTHQ-10n)を混合すると生物活性が増強されることを見出しました。そこで、本現象を分子レベルで解析した結果、5aTHQは凝集体を形成して膜親和性を示すことを明らかにし、さらに2種の類縁化合物を混合することで膜親和性が増強されることを明らかにしました。また、蛍光類縁体を用いた細胞レベルでの解析から、2種の化合物の混合により単独では不活性な化合物が活性発現に寄与している可能性を見出しました。 二次代謝物である天然物は、生産者の生命の維持には必須ではありません。自然界で生物が生き抜くために生産してきたと考えられていますが、この仮説を支持する実験例は多くありません。よく似た類縁化合物が同時に産生されることで凝集体形成を通して機能を獲得する5aTHQ類は、高度に制御された生合成経路を要さず、生産者に進化的なアドバンテージを与えているのかもしれません。 本研究成果は、2019年8月7日に国際学術誌「Angew. Chem. Int. Ed.」のオンライン版に掲載されました。

発表内容


<参考図表> (A) 5aTHQ類の化学構造。炭化水素鎖の炭素数と末端構造によって化合物を命名。(B) 5aTHQの作用モデル。5aTHQは一定濃度異常では凝集体を形成する。抗真菌活性を示す5aTHQ-7nや5aTHQ-8n(青;左)、やや弱い活性を示す5aTHQ-9n(黄;左から2つ目)は凝集体を形成することで脂質膜に結合する。より疎水性の高い5aTHQ-10nや5aTHQ-11n(緑;右から2つ目)は水溶液中で安定な凝集体を形成するため、膜親和性や細胞増殖阻害を発揮できないが、疎水性の低い5aTHQ-7nと混合することで膜親和性の劇的な上昇と細胞増殖阻害活性の増強を示す(右)。

1.背景
 二次代謝物である天然物(天然有機化合物)は、一般に生命の維持には必須ではありませんが、生命(生物)が自然環境を生き抜くために機能していると考えられています。一次代謝物とは対照的に、二次代謝物の生合成経路は厳密性に乏しいことがしばしばあり、1つの生合成経路によって複数の類縁化合物が同時に産生されることがあります。この現象の意義についてはしばしば議論されていますが、機能的に意味があるのか、実験的に検証された例は限られています。一方で、複数の類縁化合物が共存することで機能が獲得されているならば、その原理を解明し利用することで創薬などへの応用展開が期待されます。

2.研究手法・成果
 放線菌Streptomyces nigrescens HEK616がTsukamurella pulmonis TP-B0596との複合培養時に産生する5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines (5aTHQs)には少なくとも9つの類縁化合物が存在し、分子内に存在する炭化水素鎖の構造によって酵母細胞に対する生育阻害活性が異なります(文献1、2;参考図表A)。類縁化合物を混合して酵母細胞に対する生育阻害活性を調べた結果、活性のある化合物(5aTHQ-7n)に不活性な化合物(5aTHQ-10n)を混合すると生物活性が増強されることを見出しました。この相乗効果のメカニズムを明らかにするために、5aTHQ類の作用機序解析を行いました。以前の研究からこれらの化合物の脂質膜への親和性が示唆されていたため、まず、表面プラズモン解析(SPR)を用いて5aTHQと脂質膜との親和性を解析しました。期待通り、細胞増殖活性を示す化合物は膜親和性を示し、この時、数十から数百ナノメートルの凝集体を作って作用することが明らかになりました。
 凝集体は複数の類縁化合物によっても形成可能なため、上述の混合物の活性増強は凝集体形成を介している可能性が考えられました。そこで活性のある化合物(5aTHQ-7n)と不活性な化合物(5aTHQ-10n)を混合してみると、予想通り凝集体を形成し、重要なことに非常に強力な膜親和性を示しました。
 次に細胞レベルでの5aTHQの挙動を観察するため、蛍光アナログ(蛍光類縁体)を設計・合成しました。活性型の蛍光アナログは酵母細胞の脂肪滴に局在し、細胞レベルでも膜親和性が高いことが示されました。この時、不活性型の蛍光アナログはわずかしか細胞内に入ることが出来ません。最後に、不活性な蛍光アナログ(5cTHQ-E10n)と活性のある5aTHQ-7nとを混合して観察すると、単独では膜親和性も細胞透過性も示さなかった5cTHQ-E10nが細胞内の脂肪滴に集積することが確認されました。これは、2種の化合物の混合によって増強された細胞増殖阻害活性は、単独では不活性な化合物への活性の付与によるものであることを示唆していました。以上、複数の類縁化合物が凝集体形成をすることで、単独では不活性な化合物も活性を獲得するという、相乗効果の新しいメカニズムが明らかになりました。

3.波及効果、今後の予定
 天然物の相乗効果は一般に、二つの化合物が同じ標的経路に異なる標的分子を有することによって獲得されます。本成果は天然物が凝集体を形成することで単独では不活性な化合物が機能を獲得して相乗効果を示すというメカニズムを明らかにしました。天然物の進化的な考察のための重要な知見となり、医薬品の製剤化へのヒントにもなることが期待されます。

文献1. Sugiyama, R. et al. Org. Lett. 2015, 17, 1918-1921
文献2. Ozaki, T. et al. Org. Biomol. Chem. 2019, 17, 2370-2378.

4.研究プロジェクトについて
 
本研究は、京都大学大学院薬学研究科と東京大学大学院農学生命科学研究科の共同研究であり、日本学術振興会(JSPS)、日本医療研究開発機構(AMED)の支援のもとに行なわれました。

発表雑誌

雑誌名
Angew. Chem. Int. Ed.
論文タイトル
Chemical interactions of cryptic actinomycete metabolite 5-alkyl-1,2,3,4-tetrahydroquinolines through aggregate formation
著者
Ryosuke Sugiyama, Takahiro Nakatani, Shinichi Nishimura, Kei Takenaka, Taro Ozaki, Shumpei Asamizu, Hiroyasu Onaka, Hideaki Kakeya
DOI番号
10.1002/anie.201905970
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.201905970

問い合わせ先

京都大学大学院薬学研究科 医薬創成情報科学専攻 システムケモセラピー(制御分子学)分野
教授 掛谷 秀昭(かけや ひであき)
TEL:075-753-4510(薬学研究科・総務掛)
E-mail: scseigyo-hisyo<アット>pharm.kyoto-u.ac.jp <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
講師 西村 慎一(にしむら しんいち)
Tel: 03-5841-5162
E-mail: anshin<アット>mail.ecc.u-tokyo-ac.jp <アット>を@に変えてください。