発表者
磯部 一夫(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
伊勢 裕太(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生、当時)
加藤 宏有(東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻 大学院生、当時)
小田 智基(東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻 助教)
Christian E. Vincenot(京都大学大学院情報学研究科 社会情報学専攻 助教)
木庭 啓介(京都大学生態学研究センター 教授)
舘野 隆之輔(京都大学フィールド科学教育研究センター 准教授)
妹尾 啓史(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
大手 信人(京都大学大学院情報学研究科 社会情報学専攻 教授)

発表のポイント

  • 多様な土壌微生物がもたらす機能は特定の土壌微生物がもたらす機能に比べて、土壌環境の変化に対してより安定的であることを示しました。
  • 土壌微生物の中で多様さの異なる微生物機能群の空間分布が土壌中の窒素の空間分布ならびに植物の成長にまで影響を及ぼすことを示しました。
  • これらの結果は、土壌に生息する微生物の多様さが環境変動下の物質循環や植物の成長に影響を及ぼすことを示しています。

発表概要

 バクテリアやアーキアといった微生物はわずか1グラムの土壌に数千種もいると推定されています。特に森林土壌では多様な微生物が生息しており、動植物遺体を分解し、植物への窒素(アンモニウムや硝酸イオン)供給の主な担い手となっています。しかし、それら土壌微生物の多様さ自体がもたらす生態系機能をフィールドで検証することは非常に困難です。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の磯部一夫助教と小田智基助教、京都大学大学院情報学研究科の大手信人教授らの研究グループは土壌微生物による植物が吸収・利用する窒素の生成の空間分布を検証し、多様な微生物機能群がもたらすアンモニア生成は特定の土壌微生物のみがもたらす硝酸生成に比べて、土壌環境の変化に対してより安定的であることを示しました。さらに両者の環境応答の差が、土壌中のアンモニウムや硝酸イオンの空間分布を規定することを通して、植物の成長にまで影響を及ぼすことを示しました。以上の結果は、土壌微生物の多様さが環境変動下の物質循環や植物の成長に影響を及ぼすことを示しています。

発表内容


図1 試験地の土壌に生息するバクテリアとアーキアからなる系統樹の中で、有機物からアンモニウムを生成するのに必要となる酵素(N-acetylglucosaminidase、arginase、urease)をコードする遺伝子を保有していると考えられる微生物(内側から2番目の青丸、3番目の緑丸、4番目の黒丸)とアンモニアを硝酸イオンに酸化する遺伝子を保有していると考えられる微生物(一番外側の赤丸)を示した。アンモニア生成を担う微生物が硝酸生成を担う微生物群に比べ、はるかに多様であることがわかる。


図2 試験地の森林斜面における窒素の生成を示した。斜面上部から下部にかけて、アンモニア生成を担う多様な微生物機能群は土壌環境条件の変化に合わせて組成を変えながらも一定量存在するため、一定量のアンモニウムが生成する。ただし、硝酸生成を担う特定の微生物機能群は斜面下部にのみ存在するため、下部においてのみアンモニウムは硝酸イオンに酸化される。斜面下部の樹木は水分とともに移動性の大きい硝酸イオンを豊富に吸収できるため、上層への成長が著しいと考えられる。

 土壌に生息する豊富で多様な微生物群集は動植物遺体の分解、物質循環の形成、植物への養分供給、炭素や窒素の貯蔵などの機能を担い、生態系を支えています。バクテリアやアーキアといった微生物はわずか1グラムの土壌に数千種もいると推定されるほど多様であり、その多様さ自体が様々な生態系機能を有していると考えられてきました。その1つが多様であればあるほどにそれら微生物が有する機能が環境の変化に対しても安定的に維持されるというものです。しかし、このこと自体ならびにこのことが生態系にもたらす意義についてフィールドにおいて検証することは非常に困難です。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の磯部一夫助教、小田智基助教らのグループは多様な土壌微生物がもたらす機能(有機物からのアンモニウム生成)と特定の土壌微生物のみがもたらす機能(アンモニウムからの硝酸イオン生成)(図1)に着目し、それらの環境変動に対する応答とそれが植物への窒素供給にもたらす影響について検証しました。
 東京大学千葉演習林にあるスギ人工林内の急斜面を試験地としました。ここでは土壌の環境条件(酸性度や土壌水分量)やスギの成長が上部から下部にかけてほぼ連続的に変化するという特徴があります。斜面から上部にかけて、単位時間あたりのアンモニウム生成量と硝酸生成量、アンモニウム生成と硝酸生成をそれぞれ担う微生物機能群の存在量と組成を測定しました。続いて、土壌環境条件、アンモニア生成と硝酸生成をそれぞれ担う微生物機能群、単位時間あたりのアンモニウム生成量と硝酸生成量、植物へのアンモニウムと硝酸イオンの潜在的供給量の関係性を検証しました。
 その結果、多様な土壌微生物がもたらすアンモニア生成は特定の土壌微生物のみがもたらす硝酸生成に比べて、土壌環境の変化に対してより安定的であることがわかりました。ただしアンモニウムを生成する多様な微生物群の組成は変化しており、このことからそれぞれの地点の環境条件に対応した種がそれぞれの地点において優占することで、アンモニア生成という機能が安定的になっていると考えられました。また、アンモニウムならびに硝酸イオンを生成する微生物機能群の空間分布によって、それぞれの地点において植物へと潜在的に供給されうるアンモニウムと硝酸イオンの量が決まることが示唆されました。それにより、斜面下部においてスギの上層へ向けての成長速度が大きいのは土壌からの水分の供給量とともに硝酸イオンの供給量が多いことが主な要因であると考えられました(図2)。以上の結果は、特定の窒素代謝機能を担う微生物群の多様さが、土壌中の窒素の空間分布ならびに植物の成長にまで影響を及ぼしうることを示しています。
 今後は、土壌に生息する微生物の多様さとそれら微生物の環境応答を含めて理解することで、環境変動下における物質循環の変化をより高い精度で予測することができるようになることが期待されます。
 本研究は科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
The ISME Journal
論文タイトル
Consequences of microbial diversity in forest nitrogen cycling: Diverse ammonifiers and specialized ammonia oxidizers
著者
Kazuo Isobe*, Yuta Ise, Hiroyu Kato, Tomoki Oda, Christian E. Vincenot, Keisuke Koba, Ryunosuke Tateno, Keishi Senoo, Nobuhito Ohte (corresponding authors*)
DOI番号
10.1038/s41396-019-0500-2
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41396-019-0500-2

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室
助教 磯部 一夫 (いそべ かずお)
Tel:03-5841-5140
E-mail:akisobe<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/