発表者
深野 祐也(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 助教)
郭   威(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
野下 浩司(九州大学大学院理学研究院 助教)
橋田 祥子(東京大学大学院農学生命科学研究科 研究支援員)
神川 翔貴(東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 技術職員)

発表のポイント

  • キクイモが、隣株が自株(クローン個体、同じ親芋由来の株)か他株(違う親芋由来の株)かを識別することができ、他株の場合には根を伸長させ競争的にふるまうことが解明されました。自株を空間的に集めて畑に植えることで、隣が他株の時と比べて株間の競争が抑えられ、イモの生産が増加することがわかりました。
  • 植物の自他識別能力をはじめて作物生産に応用し、その有効性を示しました。
  • 本研究成果は、農地面積を増やしたり肥料や追加で投入したりすることなく、苗の由来を考慮して植え付けするだけで収量を増加することが可能であることを示し、持続的な農業に貢献すると期待されます。

発表概要

 東京大学農学生命科学研究科附属生態調和農学機構の深野祐也助教らは、植物の自他識別能力(注1)を応用した苗の作付け方法を考案し、キクイモで検証したところ、収量が増加することを明らかにしました。近年、さまざまな植物で自他識別能力を持つことが実験室や温室での栽培実験で多数報告されています。しかし、この能力を農作物の栽培方法に応用した事例はありませんでした。そこで本研究グループは、キクイモを対象に、自他識別を応用した栽培方法の有効性を検証しました。キクイモは、親芋を分割することで複数の苗ができます。もしキクイモに自他識別能力があるとすると、同じ親芋由来の苗(自株)が隣り合うように配置することで、無駄な競争が抑えられ、結果として収穫量が増加することを想定しました。温室での栽培実験と圃場試験の結果、予測の通り、隣が自株の場合には隣が他株の時と比べて株間の競争が抑えられ、イモの生産が増加しました。この結果は、肥料や農地を増やすことなく、苗の由来を考慮して植え付けするだけで収量を増やすことが可能であることを示しており、農学的に重要な結果です。加えて、植物の自他識別が野外環境でも重要な役割を果たしていることを示した点で生態学的にも重要な結果とも言えます。

発表内容

図1 研究の背景の概要

図2 鉢での実験と圃場試験の概要

図3 自株・他株ペアでの塊茎(イモ)の収穫量の違い

図4 自他交互栽培と自株集約栽培での塊茎(イモ)の収穫量の違い

 農業において、作物個体間の競争を抑制することが、高い収量を達成するために重要です。これまで、不必要な個体間の競争を抑制するために、さまざまな育種が行われ、栽培方法が開発されてきました。しかしながら、植物が持っている自他識別能力に注目して、作物個体間の競争を緩和し収量を増加させようとする栽培法は考案されていませんでした。近年、さまざまな植物が自他識別能力を持っていることが実験室での栽培実験によって報告されています。本研究グループは、この反応に注目し、作物の苗の空間配置をうまくコントロールすることで個体間の競争が緩和できる可能性があると考え、キクイモを対象に実験を行いました(図1)。
 キクイモ(Helianthus tuberosus)は、北米原産のキク科ヒマワリ属の多年草です。草丈1.5〜3mと大きくなり、キクに似た黄色い花を9-10月につけ、10月末に地中に食用あるいは飼料用となる塊茎(注2)を作ります。キクイモは、親芋を分割することで複数の苗、すなわち遺伝的に同一な苗ができます。もしキクイモが自他識別能力を持っているならば、隣株が他株になるように苗を配置すると、キクイモ個体間の競争が無駄に増えてしまい収量が低下する可能性があります。逆に、隣株が自株(クローン個体)になるように配置すると、個体間の競争が抑制でき収量が増加する可能性があると想定し、2年間にわたる鉢での栽培実験と圃場試験によって検証しました(図2)。
 鉢でキクイモをペアで栽培した実験では、自株同士(同じ親芋由来の2株)で栽培したときに比べて、他株同士(異なる親芋由来の2株)のときに根の割合が増加し、塊茎の量が低下する傾向がみられました。この結果は、キクイモには自他識別能力があり、他株が隣株にいるときに根の割合が増加させ競争的になっていることを示しています。しかし、キクイモは草丈が2m近く生育するため、鉢の実験はキクイモを最後まで栽培し、イモの収穫量を比較するには小さすぎます。そこで、生態調和農学機構(旧東大農場)で、2つの圃場試験を行いました。
 1つめの圃場試験では、鉢の実験と同じように自株同士・他株同士のペアを作り、一年を通して栽培しその成長パターンや収穫量を比較しました。すると、鉢の実験と同じように、他株同士のほうが根の割合が増加し、塊茎の生産が低下することがわかりました。また、ペア間の競争の程度を評価したところ、他株同士のほうが競争の程度が強いこともわかりました。逆に言うと、他株同士に比べ、自株同士のペアでは根の増加が抑制され、競争が緩和された結果、塊茎の生産量が増加していました(図3)。2つめの圃場実験では、より実際の農業に近い状況を想定し、6株を並べて栽培しました。この6株は2つの親芋由来の苗から構成されているのですが、隣株が自株になるような配置(自株密集栽培、図4右)と隣株が他株になるような配置(自他交互栽培、図4左)の2種類の植え方を比較しました。その結果、自株を密集して移植したほうが、根の割合が低く、塊茎の収量は高くなる傾向が得られました(図4)。
これらの結果は、キクイモには自他識別能力があり、隣株の自他を考慮して植え付けすることで根の競争を抑制してイモの量を増加できることを示しています。自他識別という植物生態学で勃興しつつある基礎科学的な発見をいち早く農学に応用することで、新しい作付け方法を提案できました。この方法は、肥料や農地を増やすことなく、苗の由来を考慮して植え付けするだけで収量を増やすことが可能であることを示しており、農学的に重要な結果です。また同時に、これまで実験室レベルで多く研究されていた植物の自他識別が、野外環境でも重要な役割を果たしていることを示した点で、生態学的にも重要な結果です。今後は、この栽培方法の有効性やそのメカニズムを、他の栄養繁殖性作物(ショウガ属やネギ属、イモ類)で検証する必要があります。特に、品種内に高い遺伝的な多様性が維持されている作物種では自他識別が強く働くと考えられるため、この栽培法の有効性が期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Evolutionary Applications」
論文タイトル
Genotype-aggregated planting improves yield in Jerusalem artichoke (Helianthus tuberosus) due to self/non-self discrimination
著者
Yuya Fukano, Wei Guo, Koji Noshita, Shoko Hashida, Shotaka Kamikawa
DOI番号
10.1111/eva.12735
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/eva.12735

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構
助教 深野 祐也(ふかの ゆうや)
Tel.: 042-463-1715
E-mail: fukano<アット>isas.a.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 自他識別能力
    隣に生えている株が自株すなわちクローン個体か他株かを識別することができ、他株が隣に生育している場合に、根の量を増やしたり伸長方向を変化させたりして隣株に対して競争的にふるまう能力のこと。多数の植物で報告されているが、メカニズムはほとんどわかっていない。
  • 注2 塊茎
    肥大化して塊状になった茎のこと。キクイモの場合、イモとして収穫する。