発表者
櫻庭 康仁(東京大学生物生産工学研究センター 助教)
菅野 里美(東京大学生物生産工学研究センター 学振特別研究員 : 研究当時)
馬渕 敦士(九州大学理学研究院 学術研究員)
門田 慧奈(九州大学理学研究院 特任助教)
射場  厚(九州大学理学研究院 教授)
柳澤 修一(東京大学生物生産工学研究センター 教授)

発表のポイント

  • 光環境に適合して、成長に必須なリン栄養(リン酸イオン)の吸収が調節されていることを発見しました。
  • 葉に照射された光が、赤色光受容体フィトクロムB を介して複数のシグナル伝達経路を活性化させて、根でのリン栄養の吸収を促進する仕組みを明らかにしました。
  • 赤色光を強化した光の使用による農業生産の増大方法の開発やリン栄養の吸収能力が高い作物品種を作出する契機となることが期待されます。

発表概要

土壌中の無機栄養は作物の生産性を決定する重要な環境要因です。一方で、光も植物のさまざまな成長プロセスに影響を及ぼす重要な外部環境要因です。根で起こる無機栄養の吸収と、地上部の葉に照射される光の関係性についてはこれまで殆ど未解明でした。今回、東京大学生物生産工学研究センターの柳澤教授らは、葉に照射された赤色光がシグナルとなり、根でのリン栄養の吸収を促進することを発見しました。この現象では、赤色光受容体の1つであるフィトクロムB を介して複数のシグナル伝達経路が活性化されることによって、リン酸輸送体遺伝子の発現量が上昇することが重要であることも明らかにしました。本研究により、光に応答して無機栄養吸収を調節する分子メカニズムの一端が明らかになったことで、今後、赤色光の強化による農業生産の増大方法の開発や、リン栄養の吸収能力が高い作物品種を作出する契機となることが期待されます。

発表内容

図1 (a) 3つの野生系統(Col-0、Lm-2、CSHL-5)におけるリン栄養吸収のイメージ画像。 (b) Col-0野生型株とフィトクロムB 遺伝子破壊株(phyB-9phyB-10)のリン栄養吸収のイメージ画像。(a)と(b)では、地上部と地下部を含む芽生え(幼植物体)全体が示されており、リン栄養の吸収量に比例して白く見えている。(c) フィトクロムB(phyB)を介した赤色光シグナルによるリン栄養の吸収調節の分子機構のモデル図。維管束を通って地下部に達した光によって地下部のフィトクロムB が活性化して地下部でPIF転写抑制因子の発現抑制とHY5転写促進因子の蓄積の増大が起こることでシグナルが伝達される経路と、葉のフィトクロムBを介して地上部でHY5転写促進因子の蓄積量が増大し、その一部が地下部に移行してシグナル伝達が行われる経路の両方が関わっていると見られる。PO43-は土壌中のリン酸イオンを表す。 (拡大画像↗)

 土壌中の無機栄養は作物の生産性を決定する重要な環境要因です。特に、植物が多量に必要とする窒素栄養やリン栄養が不足した環境では植物の成長は著しく制限されるため、これら無機栄養の吸収・利用能力を向上させる技術が作物生産の向上のために重要です。一方、光も植物の成長を調節する極めて重要な環境要因の1つで、土壌中の無機栄養が豊富な環境でも光が不足すると、光合成が低下し植物の成長は著しく制限されます。光は地上部の葉が受容する一方で、無機栄養の吸収は根で行われており、これら独立した組織で起こる2つのプロセスの関係はこれまで殆ど明らかにされていませんでした。

 今回、東京大学生物生産工学研究センターの柳澤教授の研究グループは、植物の成長に必要な光成分のうち赤色光が、根からのリン栄養の吸収を促進させることを発見しました。モデル植物であるシロイヌナズナの野生系統は遺伝情報に多様性を持つことから、栄養吸収能力が異なることが期待されます。そこで、シロイヌナズナの野生系統(200系統)のリン栄養吸収のイメージング解析をリンの放射性同位体(注1)を用いて行い、2つの野生系統(Lm-2とCSHL-5)のリン栄養の吸収能力が顕著に低いことを見出しました(図1a)。これらの野生系統では赤色光を感知する光受容体(注2)であるフィトクロムBの活性が低下していること、また、標準的なリン栄養吸収能力を示した野生系統であるCol-0においてもフィトクロムB遺伝子を破壊するとリン栄養吸収能力が著しく低下することを見出して(図1b)、フィトクロムBを介してリン栄養の吸収が調節されていることを明らかにしました。さらに、芽生え全体、あるいは、芽生えの地上部あるいは地下部のみに赤色光を数時間照射してリン栄養の吸収能力の変化を調べ、葉に照射される光が根におけるリン栄養の吸収を促進することを明らかにしました。

 フィトクロムBは、赤色光シグナルの負の制御因子であるPIF転写因子(注3)と正の制御因子であるHY5転写因子の活性を制御して、赤色光に応答した遺伝子発現を調節しています。外界から植物体内へのリン栄養の取り込みではPHT1;1リン酸輸送体が主要な役割を担っていますが、PHT1;1遺伝子の発現量をPIF転写因子が低下させ、HY5転写因子は上昇させることも明らかにし、赤色光シグナルが根からのリン栄養の吸収を促進する仕組みを解明しました (図1c)。

 本研究の多くはモデル植物であるシロイヌナズナを用いて行われましたが、イネのフィトクロムB 遺伝子破壊株でもリン栄養の吸収能力が低下していることを確認しており、シロイヌナズナだけではなくイネや他の植物においても、フィトクロムBを介した遺伝子制御ネットワークがリン栄養の吸収促進に関わっていると考えられます。従いまして、本研究の成果は、赤色光を強化した光の使用による農業生産の増大方法の開発やリン栄養の吸収能力の高い作物品種の作出などの契機となることが期待されます。

 本研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」研究領域(田畑哲之研究総括)における研究課題「フィールド環境での栄養応答ネットワークによる生長制御モデルのプロトタイプ構築」(研究代表者:柳澤修一)の一環として行われました。

発表雑誌

雑誌名
: Nature Plants
論文タイトル
:A phytochrome B-mediated regulatory mechanism of phosphorus acquisition
著者
:Yasuhito Sakuraba, Satomi Kanno, Atsushi Mabuchi, Keina Monda, Koh Iba, & Shuichi Yanagisawa*(*責任著者)
DOI番号
:10.1038/s41477-018-0294-7
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41477-018-0294-7

問い合わせ先

東京大学生物生産工学研究センター
教授 柳澤 修一(やなぎさわ しゅういち)
Tel:03-5841-3066
E-mail:asyanagi<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 放射性同位体
原子核の中の陽子の数は同じであるが、中性子の数が異なるものを同位体と呼びます。同位体には、不安定で放射線を出して他の元素に変化する放射性同位体と、放射線を出さず安定して存在する安定同位体に分けられます。安定同位体と同じ化学的性質を有するが放射線を発するという特徴から、放射性同位体は物質の移動を追跡する実験(トレーサー実験)に使用されます。
注2 光受容体
生物が持つ受容体のうち、光を刺激として受容するタンパク質または有機分子を指します。植物では、赤色光や遠赤色光を受容するフィトクロムや、青色光を受容するクリプトクロムやフォトトロピンが光受容体タンパク質として知られています。
注3 転写因子
遺伝情報(DNA配列)を基に対応するRNAを合成することは転写と呼ばれ、転写が遺伝子の発現の最初のステップとなっています。転写量の調節は遺伝情報の発現制御の主要なステップであり、転写量の調節に直接、関わる因子は転写因子と呼ばれています。