発表者
田中 伸裕 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員(当時)
     現農研機構次世代作物開発研究センター 基盤研究領域 任期付研究員)
浦口 晋平 (北里大学 薬学部 講師)
梶川 昌孝 (京都大学大学院生命科学研究科 助教)
齋藤 彰宏 (東京農業大学 応用生物科学部 助教)
大森 良弘 (東京大学大学院農学生命科学研究科 アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニット 特任准教授)
藤原  徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • イネの新規変異体LC5では複数の金属濃度が低下しており、矮性、単稈の表現型を示しました。この生育不良の原因として、複数の金属輸送体の発現が減少していることを明らかにしました。
  • LC5の原因遺伝子であるOsTTAは核に局在し、シロイヌナズナなどの知見から複数の金属輸送体の転写を活性化する転写制御因子 (注1)であることが予想されました。
  • 複数の金属輸送体を正に制御する転写因子OsTTAの同定によって、イネへの金属欠乏耐性の付与や、Biofortification (生物学的な微量栄養素強化) (注2)への応用に繋がることが期待されます。

発表概要

 植物は成長に必須な栄養素を土壌から吸収し、生育を維持しています。必須栄養素として17種類の元素が知られており、その中で要求量は微量だが生育に必須な栄養素として、微量必須元素が8種類知られています (注3)。これらの必須元素には、それぞれ特異的なトランスポーターが報告されていますが、それらのトランスポーターの制御機構には不明な点が多く残されていました。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の田中 伸裕特任研究員、藤原 徹教授らは、微量必須元素の中で、マンガン (Mn)、亜鉛 (Zn)などの金属元素の濃度が著しく減少するイネの変異体LC5を単離し、その解析を行いました。その結果、LC5変異体の原因遺伝子であるOsTTAは、複数の金属トランスポーターの転写を正に制御する新規転写制御因子であることを明らかにしました。複数の金属トランスポーターを同時に制御する転写制御因子は今までに報告がなく、植物の金属吸収機構を理解する上で、非常に重要な知見です。加えて、イネへの金属欠乏耐性の付与や、Biofortificationへの応用に役立つ可能性が考えられます。

発表内容


図1 イネLC5変異体におけるRNA-seq解析。LC5変異体では複数の金属トランスポーターの転写量が減少していた。

図2 Mn添加によるイネLC5変異体の生育改善。通常のMn濃度(4.6μM)では全く分げつ出来ないが、水耕液中のMn濃度を3倍にすることで分げつも観察され、生育の回復が見られた。Bar=10cm

図3 OsTTA-GFP融合タンパク質の細胞内局在。核への局在が観察された。Bars=50μm

 生育に必須な金属元素を土壌から効率的に吸収することは、植物の生存に欠かせない戦略であり、その吸収には様々なトランスポーターが関わっていることが知られています。土壌中の金属栄養は作物の生産性を決定する環境要因の一つです。例えば世界の耕地の約3分の1を占める石灰質アルカリ土壌 (注4)では、鉄欠乏となっており、作物の生育が阻害されています。
 またイネは世界人口の30%以上を支える主要作物ですが、可食部に鉄、亜鉛などの含量が比較的少ないことから、世界では20億人が鉄不足に、10億人が亜鉛不足に苦しむなど、隠れた飢餓とも呼ばれる質的な栄養失調が問題視されています。イネの金属栄養の吸収メカニズムを理解することで、鉄欠乏による作物の生育阻害の改善や、質的な食料問題の解決が期待されます。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の藤原徹教授の研究グループは、野生型であるT65と比較して、植物体中の複数の金属栄養の濃度が減少するイネ変異体LC5を解析することで、新規転写制御因子OsTTAが、根において複数の金属トランスポーターの転写を促進し、イネの金属吸収を統合的に制御していることを発見しました (図1)。また、Mn, Zn, Feの添加実験から、LC5における生育不良は、これらの金属栄養の不足による複合的な影響であることが予想されました (図2)。
 新規転写制御因子OsTTAはPlant homeodomain (PHD)-fingerという遺伝子の活性化に関わるドメインを含みます。OsTTAと緑色蛍光タンパク質 (GFP)を融合させたタンパク質をタマネギの表皮細胞において一過的に発現させた結果、イネのOsTTAは核に局在していることを発見しました (図3)。以上の結果とモデル植物であるシロイヌナズナにおける知見から、OsTTAは根において複数の金属トランスポーターを制御し、植物の金属吸収を促進する転写制御因子であることが予想されました。
 新規転写制御因子であるOsTTAは、栽培環境の金属濃度によって転写が活性化されず、LC5変異体は顕著な生育不良を示したことから、OsTTAはイネにおいて恒常的に機能し、複数の金属吸収に必須であることを明らかにしました。
 これまでに、1種類の栄養素のトランスポーターを活性化させるだけでは、植物の生育を改善できない事例が数多く報告されています。本研究で発見したOsTTAは、複数の金属栄養素の吸収を一気に促進する機能を持つため、様々な金属栄養欠乏に適応したイネ品種の作出などへの応用が期待されます。

本研究は科学研究補助金 (基盤研究 (S)、特別研究員奨励費)、農林水産省「次世代ゲノム基盤プロジェクト」の研究費を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「The Plant Journal」
論文タイトル
A rice PHD-finger protein OsTITANIA, is a growth regulator that functions through elevating expression of transporter genes for multiple metals.
著者
Nobuhiro Tanaka, Shimpei Uraguchi, Masataka Kajikawa, Akihiro Saito, Yoshihiro Ohmori and Toru Fujiwara
DOI番号
10.1111/tpj.14085
論文URL
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/tpj.14085

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
教授 藤原 徹 (ふじわら とおる)
Tel:03-5841-5104
Fax:03-5841-8032
E-mail:atorufu<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 転写制御因子
    DNAを基にRNAを合成するステップが転写であり、転写量の調節に関わる因子を転写制御因子と呼びます。
  • 注2 Biofortification
    主に穀物において微量栄養素含量を増加させることです。
  • 注3 必須元素
    植物の生育には17種類の必須元素が知られており、そのうち要求量は多くないが生育には欠かせない微量必須元素として、B, Cl, Mn, Fe, Ni, Cu, Zn, Moの8種類が知られています。
  • 注4 石灰質アルカリ土壌
    世界の耕地の約3分の1を占める不良土壌であり、アルカリ条件下では鉄が不溶化するため鉄欠乏が生じます。