発表者
居原 秀(大阪府立大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)
垣花優希(大阪府立大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 大学院学生)
山陰 茜(大阪府立大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 大学院学生)
甲斐健次(大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 応用生命科学専攻 講師)
柴田貴広(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用生命科学専攻 准教授)
西田基宏(自然科学研究機構 生理学研究所 生体機能調節研究領域 教授)
山田健一(九州大学大学院薬学研究院 生命物理化学分野 教授)
内田浩二(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • イミダゾールジペプチド(imidazole-containing dipeptides;IDPs)の酸化生成物として2-オキソイミダゾールジペプチド(2-oxo-IDPs)を生体内から発見しました。
  • 生体内においてIDPsの酸化修飾体として初めて2-oxo-IDPsを発見し、それらの生体内レベルが酸化ストレスにより増加することを明らかにしました。さらに、2-oxo-IDPsが、グルタチオン、アスコルビン酸よりも強力な抗酸化活性を持つことを明らかにしました。
  • 2-oxo-IDPs高含有食品素材開発への足がかりになるものと期待されます。また、酸化ストレスに起因する疾患のメカニズム解明や予防・治療法開発が期待されます。

発表概要

 ビタミンCなど、生体内には様々な内因性抗酸化物質が存在します。カルノシンやアンセリンなどのIDPs(図1)もその候補物質ですが、抗酸化のメカニズムはこれまで不明でした。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の内田浩二教授らは、居原秀教授(大阪府立大学大学院理学系研究科)との共同研究により、液体クロマトグラフィー-マススペクトロメトリー (LC-ESI-MS/MS)を用いたIDPsの定量方法を確立し、マウスの臓器中の存在を解析しました。その結果、IDPsに由来する酸化生成物として、2-oxo-IDPs が脳や筋肉など様々な臓器中に存在することを世界で初めて明らかにしました。また、2-oxo-IDPs は酸化ストレスに依存して増加し、IDPsにはない強い抗酸化活性を持つことも明らかにしました。これらの結果から、2-oxo-IDPs高含有食品素材の開発のほか、酸化ストレスに起因する疾患のメカニズム解明や予防・治療法の開発が期待されます。

発表内容

図1 2-オキソイミダゾールジペプチドの生体内検出

図2 2-オキソイミダゾールジペプチドの生成機構

 多くの生物が生きていくのに必要不可欠な酸素は、生体内で一部が非常に反応性の高い活性酸素種へと変換されます。活性酸素種は、その高い反応性から核酸・アミノ酸・脂質といった様々な生体分子にダメージを与え、毒性を示します。このような活性酸素による毒性を酸化ストレスといいます。酸化ストレスは、がんや心疾患、アルツハイマー病を含む数多くの疾病に関与しているものと考えられています。
 生体内には酸化ストレスを抑制する抗酸化物質が多数存在していますが、その中の一つに近年注目を浴びているIDPsがあります。これまでに、IDPsの抗酸化作用に関する報告は多数ありますが、そのメカニズムの詳細については不明でした。
 今回、内田教授らは、IDPsの修飾体を解析することで抗酸化メカニズムを解明できるのではないかと考え、LC-ESI-MS/MSを用いたIDPs修飾体の網羅的な解析方法を確立しました。この方法でマウスの筋肉抽出液を解析したところ、分子量が 16 増加した物質が見つかり、この物質を詳しく解析した結果、酸素原子がイミダゾールの 2 位に付加した新規酸化ペプチドとして 2-oxo-IDPsを同定しました。2-oxo-IDPsの絶対定量法を確立し、様々なマウスの臓器について分析したところ、2-oxo-IDPsは、筋肉だけでなく、脳、心臓、肺、肝臓、腎臓などにも検出されました。リポ多糖を投与した酸化ストレスモデルマウスの脳を用いて分析したところ、2-oxo-IDPs が有意に増加していたことから、2-oxo-IDPsの産生は酸化ストレスに依存することが示唆されました。また、カルノシン合成酵素を過剰発現させた神経芽細胞腫を用いた実験では、IDPsの酸化ストレスに対する保護効果が見られ、さらに 2-oxo-IDPs の有意な増加も確認されました。こうした結果から、酸化ストレスに対するIDPsの抗酸化作用と 2-oxo-IDPs の生成が相関することが明らかになりました。驚くべきことに、2-oxo-IDPs はIDPsの35,000 倍の抗酸化性を示し、既知の抗酸化性物質であるグルタチオンやアスコルビン酸よりも高い活性を持つことが明らかとなりました。実際、IDPsまたは 2-oxo-IDPs を処理した細胞の酸化ストレスに対する保護効果を調べた結果、IDPsでは保護効果が見られない濃度において、2-oxo-IDPsでは有意な保護効果が見られました。これらの実験データから、IDPsの抗酸化活性がそれらの酸化修飾体である 2-oxo-IDPsに起因していることが示唆されました。こうした機能解析以外にも、2-oxo-IDPsの生成機構の詳細な解析を行い、IDPsヒスチジン残基の一電子引き抜きに伴うイミダゾールラジカルの生成、さらにそれに続く分子状酸素の付加による一酸素添加反応機構を確立しました(図2)。
 本研究の成果は、2-oxo-IDPs高含有食品素材の開発や、IDPsを利用した疾患予防・治療法の開発、さらには酸化ストレスに起因する疾患のメカニズム解明に貢献するものと考えられます。

この研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金 新学術領域研究「酸素生物学」、基盤研究(S)、基盤研究(A)、基盤研究(B)、AMED革新的先端研究開発支援事業 AMED-CRESTの支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「The Journal of Biological Chemistry」(掲載日:2019年1月25日)
論文タイトル
2-Oxo-histidine–containing dipeptides are functional oxidation products
著者
Hideshi Ihara, Yuki Kakihana, Akane Yamakage, Kenji Kai, Takahiro Shibata, Motohiro Nishida, Ken-ichi Yamda, and Koji Uchida
DOI番号
10.1074/jbc.RA118.006111
論文URL
http://www.jbc.org/content/294/4/1279.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食糧化学研究室
教授 内田 浩二(うちだ こうじ)
Tel:03-5841-5127
Fax:03-5841-8026
E-mail:a-uchida<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/foodchem/index.html

用語解説

  • 注1 イミダゾールジペプチド(imidazole-containing dipeptides;IDPs)
    アミノ酸の一つであるヒスチジンを含むジペプチドであり、カルノシン (β-アラニル-L-ヒスチジン)、アンセリン (β-アラニル-3-メチル-L-ヒスチジン)、ホモカルノシン (γ-アミノブチリル-L-ヒスチジン) などが知られている。IDPsは脳や筋肉に多く、抗酸化作用や抗疲労作用等の様々な効果が報告されており、サプリメントとして販売されている。