発表者
小林 知也(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 博士課程大学院生)
松郷 宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 博士課程大学院生)
丸山 隼輝(北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 博士研究員)
神木 春彦(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 博士課程大学院生)
髙田 礼人(北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 教授)
前田  健(山口大学 共同獣医学部 獣医微生物学 教授)
上間(竹中)亜希子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 特任助教)
遠矢 幸伸(日本大学 生物資源科学部 獣医微生物学 教授)
村上  晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 准教授)
堀本 泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医微生物学 教授)

発表のポイント

  • 日本の在来コウモリから新種のアデノウイルスを分離しました。
  • コウモリアデノウイルスは、様々な哺乳動物由来の培養細胞で増殖することを見つけました。
  • コウモリアデノウイルスは、複数の動物種由来の細胞表面分子(CXADR)を受容体(レセプター)として活用することにより、広い宿主域の培養細胞で増殖することがわかりました。

発表概要

 ヒトに重篤な健康被害を引き起こすウイルス、例えば致死的なSARSウイルス、狂犬病ウイルス、ニパウイルスやエボラウイルスなどの自然宿主はコウモリであると考えられています。したがって、コウモリが保有するウイルスの探索は公衆衛生学的に重要です。しかし、国内に生息するコウモリが保有するウイルスの調査はほとんど行われていません。今回、私たちは在来種であるモモジロコウモリおよびヒナコウモリの検体から2株のアデノウイルスの分離に成功しました。ゲノム・遺伝子解析の結果、このうち1株は既知のウイルスとは異なる新種のコウモリアデノウイルスであることがわかりました。さらに、これらのウイルスは複数の哺乳動物由来の培養細胞で増殖することがわかりました。この増殖メカニズムを明らかにするため、他のアデノウイルスの細胞レセプターとして報告のあるCXADRの関与を調べました。その結果、複数の動物種由来のCXADRがコウモリアデノウイルスの細胞レセプターとして機能することで、その細胞での増殖をサポートすることがわかりました。本成果は、コウモリアデノウイルスがヒトを含めた他の哺乳動物に感染する潜在性を示すものです。

発表内容


図1 アデノウイルスが分離されたコウモリと分離ウイルスの電子顕微鏡写真


図2 コウモリアデノウイルスの各種細胞への感染 (A) Mm32株およびVs9株を野生型MDCK細胞(WT)、CXADRノックアウトMDCK細胞(KO)、KO細胞にヒトCXADRを導入した細胞(hCXADR) 、コウモリCXADRを導入した細胞bCXADR) 、イヌCXADRを再導入した細胞(cCXADR) に感染させ、24時間後にウイルス感染細胞を蛍光染色した。KO細胞ではウイルス侵入が低下したが、各動物種のCXADRを(再)導入することでウイルスの侵入が回復した。(B)Vs9株を各細胞に接種した後の細胞へのウイルス吸着量をqPCRで定量した。各動物種のCXADRを(再)導入することでウイルスの吸着量が回復した。(C) Vs9株の各細胞における増殖曲線を作成した。各動物種のCXADRを(再)導入することでウイルスの増殖性が回復した。

 本研究は、東京大学、北海道大学、山口大学および日本大学との共同研究として実施されました。環境省および地方自治体の許可の下、NPO法人コウモリの保護を考える会の協力を得て、国内の野生コウモリ(健常個体)から糞便検体を採取しました。このうちモモジロコウモリおよびヒナコウモリ(図1)の検体をイヌ由来MDCK細胞へ接種、盲継代したところ、細胞変性効果が認められウイルスが分離されました。電子顕微鏡観察では両株ともアデノウイルスに類似した像が認められました(図1)。次世代シーケンサーでゲノムの全塩基配列を決定し、進化系統樹解析を行ったところ、モモジロコウモリから分離したMm32株は中国で分離報告のあるコウモリマストアデノウイルスAに近縁でしたが、ヒナコウモリから分離したVs9株は既知のウイルスとは異なるコウモリマストアデノウイルスであることが明らかになりました。また、コウモリ以外を宿主とするアデノウイルスの中では、両株ともにイヌアデノウイルスに最も近縁でしたが(相同性は約60 %)、中和交叉性は認められませんでした。また、コウモリアデノウイルス分離株の細胞指向性を、様々な動物種由来の培養細胞を用いて調べたところ、対照として用いたイヌアデノウイルスよりも広い宿主域の細胞で増殖することがわかりました。

 次に、コウモリアデノウイルスの広い細胞宿主域を規定する要因を探るため、いくつかのアデノウイルスの受容体として知られるCXADRの関与を調べました。まず、コウモリアデノウイルスの増殖性が高いイヌMDCK細胞で、CRISPR-Cas9システムによりCXADRノックアウト(CXADR-KO)細胞を作製し、ウイルスの増殖性の変化を定量qPCR法や蛍光抗体法などを用いて解析しました。 その結果、Mm32株とVs9株のCXADR-KO細胞への吸着量、侵入量および感染24時間後の増殖性は野生型細胞と比較して有意に低下することがわかりました。そこで次に、レンチウイルスベクターを用い、イヌ、ヒトおよびコウモリのCXADR遺伝子をCXADR-KO細胞に(再)導入し、ウイルスの増殖性の変化を調べました。その結果、イヌCXADR再導入細胞では、ウイルスの細胞への吸着量、侵入量および増殖性が野生型細胞と同等にまで回復しました(図2)。さらに、ヒトやコウモリのCXADR遺伝子をCXADR-KO細胞に導入した場合も同様の回復が認められました(図2)。これらの結果から、コウモリアデノウイルスの細胞レセプターはCXADRであること、またCXADRは動物種を超えて細胞レセプターとして機能することがわかりました。

 本研究により、日本の在来コウモリが、複数種のアデノウイルスを保有していることが初めて明らかになりました。今回採材したコウモリ検体からは、アデノウイルス以外にもコロナウイルス、へぺウイルス、レオウイルスなども検出・分離されており、わが国の在来コウモリが保有するウイルス叢の一端が明らかになりました。また、コウモリアデノウイルスは複数の動物種由来CXADRを細胞レセプターとして利用することで、広い細胞宿主域をもつことが示唆されました。この結果は、コウモリアデノウイルスがヒトを含めた他の哺乳動物に感染し、病気を引き起こす潜在性を示すものであり、公衆衛生学的見地からもコウモリが保有するウイルスのモニタリングが重要であると考えられます。

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金、東京大学農学創発基金、笹川科学研究費の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Scientific Reports」
論文タイトル
Characterization of a novel species of adenovirus from Japanese microbat and role of CXADR as its entry factor
著者
Tomoya Kobayashi, Hiromichi Matsugo, Junki Maruyama, Haruhiko Kamiki, Ayato Takada, Ken Maeda, Akiko Takenaka-Uema, Yukinobu Tohya, Shin Murakami, Taisuke Horimoto
DOI番号
10.1038/s41598-018-37224-z
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-018-37224-z

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel:03-5841-5396
Fax:03-5841-8184
E-mail:ahorimo<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 コウモリ
    哺乳綱翼手目に分類される哺乳類の総称で約1,300種類が知られる。哺乳類の中では唯一飛翔する。形態学・生態学的な違いからオオコウモリとココウモリに分かれ、一般的には前者が食果コウモリ、後者が食虫コウモリである。わが国に生息するコウモリは、沖縄や小笠原諸島などの2種のオオコウモリを除き、全てココウモリであり計35種により構成される。
  • 注2 アデノウイルス
    動物DNAウイルスのひとつでアデノウイルス科に属する。ヒトに感染すると風邪症候群、胃腸炎、咽頭結膜炎(プール熱)を起こす。イヌでは1型が犬伝染性肝炎、2型が犬伝染性喉頭気管炎(ケンネルコフ)、鶏では鶏封入体肝炎、産卵低下症候群を起こす。その他、ウシやブタの呼吸器症状、下痢、虚弱症候群などの原因となる。
  • 注3 CXADR
    コクサッキーウイルス・アデノウイルス受容体coxsackievirus and adenovirus receptorのこと。CARとも呼ばれる。1976年にコクサッキーウイルスB型とアデノウイルス2, 5型が結合する膜タンパク質として報告された。これらのウイルスはウイルス科が異なるにもかかわらず、CXADRという共通受容体を介して細胞に感染する。CXADR遺伝子は多様な生物種で保存され、哺乳動物間では90%以上の相同性が見られる。CXADRはウイルスのレセプター以外の生理機能(シグナル伝達系、器官形成、細胞増殖など)に重要な役割をもつ。