サツマイモに壊滅的被害を与える侵入植物病「基腐(もとぐされ)病」の 超高感度・簡易・迅速診断を技術開発
- 発表者
- 前島 健作(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
岡野 夕香里(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任研究員)
山次 康幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院®
特任准教授/同研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
難波 成任(東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院®
特任教授)
発表のポイント
- サツマイモ生産に壊滅的被害を与えている侵入植物病「基腐病」(注1)の遺伝子診断キットを世界で初めて開発しました。
- 本来数週間かかる基腐病の診断を30分に短縮する、画期的な診断技術です。
- 本診断技術により、健全苗確保や栽培時の診断が可能になり、本病の早期根絶が期待されます。
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院の難波成任特任教授らの研究チームは、九州・沖縄で数年来発生し焼酎生産等に重要なサツマイモ生産に大打撃を与えている侵入植物病「基腐病」の遺伝子診断技術の開発に世界で初めて成功しました。
基腐病は栽培時および収穫後貯蔵中のサツマイモを腐敗させ壊滅的な被害を与える植物病として世界各地で問題となっており、2018年11月に国内で初めて発生が報告されましたが、既に複数の県でサツマイモ生産に深刻な被害を引き起こしていることから対策が急がれています。しかし、診断方法が確立されておらず、迅速な防除が困難で、農業現場で利用可能な診断法の開発が求められていました。
そこで本研究では、簡易・迅速・超高感度な遺伝子増幅法であるLAMP法(注2)の原理を利用し、基腐病を約30分で診断できる方法を確立しキット化しました。これは基腐病に対する現在唯一の遺伝子診断技術です。
本診断技術により、農業現場における栽培期間中の発病圃場の特定や健全苗の確保など様々な対策が可能となり、基腐病の早期解決につながることが期待されます。
発表内容
図1 サツマイモ基腐病の症状と病原菌
上段:発生圃場における地上部の枯死症状
下段左:塊根基部(上部)の腐敗症状
下段中央:腐敗した塊根の縦断面
下段右:病原菌の菌叢(きんそう)(上)および胞子(下)
図2 サツマイモ基腐病の遺伝子診断
上段左:診断キットに含まれる試薬
上段右:魔法瓶中で保温するだけで遺伝子増幅反応が進行する
下段:キーホルダー型の安価なUVランプにより結果の判定が可能(左:健全、右:感染)
サツマイモは生産性の高い重要作物として日本各地で栽培され、食用だけでなくデンプンのほか、特に付加価値の高い焼酎の原料としても利用されています。九州・沖縄は国内生産量の5割超を占める主要産地ですが、2018年に沖縄県、鹿児島県、宮崎県の各地でこれまで国内未発生だった「基腐病」の発生が確認され、この病気により数年前からサツマイモ生産への甚大な被害が起きていたことが判明しました。基腐病は糸状菌の一種であるPlenodomus destruens(以下、基腐病菌)の感染により引き起こされる病害で、100年以上前から海外の生産地で問題になっており、近年では台湾、中国、韓国でも相次いで発生が報告されています。感染したサツマイモは、地中のイモが基部から腐敗するとともに、地上の茎も腐敗して、最終的に株全体が枯死する激しい症状を呈します。
現地では症状のまぎらわしい既知の植物病と混同しやすく、それぞれ対策が異なることから、基腐病の正確な診断が必要でした。しかし、現在のところ培地を用いた分離培養(注3)による手間と時間のかかる診断方法しかないため、簡便かつ迅速で信頼性の高い診断技術の開発が生産現場から求められていました。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院®の難波成任特任教授らの研究チームは、基腐病菌のゲノム情報をもとに同菌の遺伝子を特異的に標的としたLAMPプライマーを設計し、簡易な核酸抽出法と組み合わせることにより、特に高価な機器を必要とせず、基腐病菌を高感度で検出する方法の開発に成功しました。この診断技術を用いれば、DNA抽出から判定まで約30分で終わります。この世界初の基腐病の遺伝子診断技術は近日中に製品化され、この技術を使った診断受託サービスも行われる予定です。
この診断キットを用いれば、発生圃場の特定や健全苗の確保が容易となり、基腐病に対し的確な予防措置をとることができます。さらに、栽培期間中に発生した場合も早期診断による防除が可能になるため、被害を最小限に抑えることができます。
また、基腐病は世界的に発生しているにもかかわらず、これまで簡易・迅速な検出手法が確立されていなかったことから、海外においても本キットが役立つものと考えられます。
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 植物医科学寄付講座 東京大学植物病院®
特任教授 難波 成任(なんば しげとう)
Tel: 03-5841-5053
Fax: 03-5841-5054
E-mail :anamba<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/cps/
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/hospital/
用語解説
- 注1 基腐病(foot rot disease)
茎が地際部から黒〜暗褐色に腐敗し、地中のイモは基部から腐敗する。最終的に、株全体が枯死する激しい症状を呈する。病原菌はPlenodomus destruens(別名Phomopsis destruens、糸状菌の一種)である。これまでに南北アメリカ、ニュージーランド、アフリカなどでの発生が知られており、近年、台湾、中国、韓国での発生が報告された。国内では2018年11月末に沖縄県で初発生が報告され、その後鹿児島県(同年12月)および宮崎県(2019年1月)で相次いで発生が報告された。激発圃場では大幅な減収となり、焼酎等の生産にも影響を及ぼしている。 - 注2 LAMP法(Loop-mediated Isothermal Amplification)
定温遺伝子増幅法の一つとして、日本で開発された世界独占特許の新規遺伝子増幅法。遺伝子を増幅させる際にPCR法のように反応液の温度を何度も繰り返して昇降させる必要がなく、一定温度で反応が進行する。そのため、PCRよりも反応の迅速性に優れ、サーマルサイクラーのような高価な機器を必要としない。また、結果も目視で判定できる。近年、国内外で現場等での病原体の迅速な検出・診断手法として利用が進んでいる。 - 注3 培地を用いた分離培養
植物の一部を切り出し表面殺菌して寒天培地上に置くことで、植物内部から出てくる菌糸を分離するオーソドックスな方法。診断のためには、分離した菌糸を新たな培地上に移して純粋培養し、形態や遺伝子の解析により種類を特定する必要がある。特に基腐病菌の場合、培地上での成長が遅いため、時間がかかるのみならず他の雑菌にまぎれてしまう場合も多いことから、この方法による診断は迅速性と正確性の観点から問題がある。また、その間に現地では発生が広がってしまうため、対策が手遅れになることも危惧される。