発表者
前原 都有子(研究当時:東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程
       現在:大阪薬科大学 薬学部 病態生化学研究室 助教)
中村  達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
前田  真吾(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教)
村田  幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • あらかじめ抗体を作らせたマウスに抗原を気道に連続投与すると、肺にアレルギー性の炎症が起こり、呼吸機能が低下するなどの喘息症状が観察された。この時肺組織にはプロスタグランジンD2(PGD2、注1)が多く検出された。
  • PGD2を作ることのできないマウスを作製して、喘息を起こしたところ、野生型のマウスに比べて症状が大幅に悪化した。逆に、PGD2の受容体を刺激する薬剤やPGD2代謝産物と考えられているPGJ2を投与すると、肺での炎症が治まり、喘息の症状が改善した。
  • 本研究成果は、肺におけるPGD2シグナルを強化することが、喘息治療の新しい標的となる可能性を示すものである。

発表概要

 喘息は、ダニやほこりなどの抗原による刺激により、呼吸困難や喘鳴を引き起こす病気である。喘息を起こした肺では、免疫細胞の1つである好酸球(注2)が増加して炎症が悪化しており、上皮からの粘液産生が過度になることで気道が閉塞しやすくなる。その治療法としては、ステロイドなどの炎症を抑える薬や、気管支を拡張させる薬が現在使用されているが、薬の効果がみられない患者が多く存在するため、新たな治療法の開発が求められている。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の研究グループは、喘息を発症させたマウスを用いて、プロスタグランジンD2(PGD2)と呼ばれる生理活性物質が、喘息の悪化を抑える働きがあることを明らかにした。PGD2を作ることができないマウスでは、正常なマウスに比べ、肺への好酸球の浸潤や気道上皮の粘液産生が亢進して、喘息症状が悪化した。一方で、PGD2の受容体を刺激する薬剤を投与するとで、喘息の症状は改善した。
 今回の成果は、喘息の悪化を抑制する新たな因子の発見であり、喘息に対する新しい治療方法の開発に繋がる可能性がある。

発表内容


図1 PGD2は喘息の悪化を抑制する。
喘息が重症になると、肺機能(血中酸素飽和度)の低下がみられる。PGD2を作ることができないマウスでは、抗原刺激により血中酸素飽和度の顕著な低下、つまり肺機能の低下が観察された(左)。さらに、抗原刺激による肺組織の炎症が促進していた(右)。

研究の背景
 喘息は、ダニやほこりなどの抗原による刺激によって気道が収縮し、咳や呼吸困難を引き起こすアレルギー性疾患である。現在、この疾患の治療にはステロイド剤などの炎症を抑える薬や、気管支を拡張させる薬が用いられている。しかし薬の効果がみられない患者も多く存在する。
 好酸球は免疫細胞の1つであり、その数は喘息患者の肺組織や血中で増加することが報告されている。この細胞が活性化すると、組織にダメージを与えるさまざまな生理活性物質を産生して炎症を引き起こし、喘息を悪化させる。そのため、好酸球の数を減らすことが、喘息治療につながると考えられてきた。
 一方で、喘息患者の肺組織において、PGD2と呼ばれる生理活性物質が多く検出されることも報告されていたが、その病態の進行に与える影響については明らかになっていなかった。
 本研究では、PGD2が喘息の病態進行にどのような役割を担っているのかを喘息モデルマウスを用いて調べた。

研究の内容
 正常なマウスに、喘息を引き起こす抗体を作らせた後、抗原を複数回投与すると、肺組織中の好酸球の数が増加して、気道の粘液産生が過多となり、肺機能(血中酸素飽和度)が低下した。またこの喘息を起こしたマウスの肺内では、PGD2が多く検出された。
 PGD2を作る酵素の遺伝子を欠損させた、PGD2を作ることができないマウスに対し、同様の方法で喘息を発症させると、正常なマウスに比べて、好酸球のさらなる浸潤と気道粘液の産生が亢進して、肺の機能がさらに低下した(図1)。
 抗原による刺激を行った肺組織中の遺伝子発現を解析した。その結果PGD2を作ることができないマウスでは、好酸球を呼び寄せる因子として知られる、腫瘍壊死因子など複数の遺伝子発現が、正常マウスに比べて顕著に増加していた。この腫瘍壊死因子の蛋白質は、特に気管支の上皮細胞に強く発現しており、PGD2を作ることができないマウスでは、この発現がさら強くなることが免疫染色でも確認された。
 PGD2はその受容体であるDP1を刺激したり、PGJ2という物質に代謝されて、生理活性を示すことが報告されている。喘息を起こした野生型のマウスに、DP1を刺激する薬剤(BW245C)を連日投与すると、腫瘍壊死因子の発現量が低下し、喘息の症状が改善した。また同様に、PGJ2を投与しても喘息の症状は改善された。

結論と意義
 本研究はマウスの喘息モデルを用いて、PGD2が喘息の病態進行を促進する腫瘍壊死因子の発現を抑えることで、喘息の悪化を抑制することを初めて示した。本研究成果は、PGD2シグナルを標的とした喘息の新しい治療薬開発への応用が期待される。

発表雑誌

雑誌名
FASEB Journal  (4月25日オンライン版)
論文タイトル
Epithelial cell-derived prostaglandin D2 inhibits chronic allergic lung inflammation in mice
著者
Toko Maehara, Tatsuro Nakamura, Shingo Maeda, Kosuke Aritake, Masataka Nakamura, and Takahisa Murata.
DOI番号
10.1096/fj.201802817R
論文URL
https://www.fasebj.org/doi/10.1096/fj.201802817R

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。 

用語解説

  • 注1 プロスタグランジンD2
     細胞膜の脂質から産生される生理活性物質の1つ。これまでに睡眠の誘発やアレルギーに関与することが報告されてきた。
  • 注2 好酸球
    免疫細胞の一種で、喘息をはじめとするアレルギーや、寄生虫感染により増加することが知られている。