発表者
小山喬(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 研究員)
中本正俊(東京海洋大学 学術研究院 海洋生物資源学部門 研究員)
森島輝(日本水産株式会社 中央研究所大分海洋研究センター 主任研究員)
山下量平(日本水産株式会社 中央研究所大分海洋研究センター 研究員:当時)
山下雄史(東京大学先端科学技術研究センター 特任准教授)
佐々木皓平(東京大学大学院工学系研究科 先端学際工学専攻 大学院生) 
車遥介(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 大学院生)
水野直樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 技術専門職員)
鈴木萌(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 大学院生)
岡田恵治(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 研究生:当時)
家田梨櫻(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 大学院生:当時)
内野翼(東京海洋大学 学術研究院 海洋生物資源学部門 研究員:当時)
田角聡志(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 助教:当時)
細谷将(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 助教)
宇野誠一(鹿児島大学水産学部 教授)
小山次朗(鹿児島大学水産学部 名誉教授)
豊田敦(国立遺伝学研究所生命情報研究センター 特任教授:当時)
菊池潔(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所 教授)
坂本崇(東京海洋大学 学術研究院 海洋生物資源学部門 教授)

発表のポイント

  • ブリ類の性は、ステロイド代謝酵素遺伝子上の雌雄差(一塩基のみ)により決まる。
  • ステロイドが動物の性を決定する実効物質である」という説は20世紀前半よりあったが、それがヒトやマウスなどには当てはまらないことが今では明らかとなっている。ただし、胎盤をもたない動物(有袋類・爬虫類・両生類・魚類)における本説の当否はいまだ決着がついていなかった。本研究では、ステロイドが性を決めている動物がいることを明確にしめした。
  • ブリ類は重要水産魚であり、その養殖量は日本の全魚類養殖量の過半数を占める。本研究により得られた性判別マーカーは、その品種改良に役立つとともに、野生ブリ類の保全や生態把握にも利用されるだろう。

発表概要

「動物の性(卵巣をもつか精巣をもつか)を決定する実効物質は、ステロイドである。」という説は20世紀前半から存在している。しかし、ヒトやマウスの生殖腺の場合、ステロイドは性決定自体には必要なく、むしろ性が決定されてから後のイベントである性分化に必須であることが明らかとなっている。ただし、胎盤をもたない動物(有袋類・爬虫類・両生類・魚類)の場合、本説の当否はいまだ決着がついていなかった。その主な理由は、性決定と性分化というふたつのイベントを明確に区別した実験が困難であったためである。本研究は、ブリ類の性が、ステロイド代謝酵素遺伝子上の雌雄差(一塩基のみ)により決まることを明らかとした。これにより、ステロイドが性を決めている動物がいることが明確にしめされた。

発表内容

 性ステロイドの外部投与により、多くの動物で性転換個体が得られることから、「動物の性(卵巣をもつか精巣をもつか)を決定する実効物質は、性ステロイドであろう。」という説が、20世紀前半から提唱されるようになった。なかでも、山本時男の魚類を用いた一連の研究は、性ステロイド投与により完全な性転換体を自在につくりだせることをしめし、世界の魚類研究者に大きな影響をあたえた。
しかし、ヒトやマウスの場合、ステロイド生合成系に異常がある個体でも、生殖腺の性は転換しないことが後の研究でわかり、少なくとも胎盤をもつ哺乳類では、「ステロイドは生殖腺の性を決定していない」ということが定説となっている。一方で、胎盤をもたない動物の場合、「性ステロイド=性決定の実効物質」説の当否はいまだ決着がついていなかった。その主な理由は、これらの生物が、性分化(注1)期以降におけるステロイド操作実験によってしばしば完全な性転換をおこしてしまうことにある。これにより、性決定(注1)期におけるステロイドの役割を検証することが、きわめて困難となっていた。
 今回、ブリ類の性染色体を遺伝学的な手法で解析した結果、W染色体とZ染色体の差は、ステロイド代謝酵素遺伝子のひとつであるHsd17b1(注2)遺伝子内の一塩基であることが明らかとなった(注3)。この一塩基のDNA配列差はアミノ酸配列の差をもたらしており、そのためブリ類は、W型とZ型の2種類のHSD17B1酵素をもつことになる。これらふたつの酵素の活性を比較したところ、Z型HSD17B1はW型にくらべて女性ホルモン産生能が低いことが判明した。以上より、ブリ類のオス(ZZ型)では女性ホルモンの欠乏により精巣が発達し、メス(ZW型)では女性ホルモンの存在により卵巣が発達すると考えられた。本研究の大きな意義は、ステロイドが性を決めている動物がいることを明確にしめしたことにある。今後の課題のひとつは、「ステロイド依存型の性決定機構」の動物分類群横断的な普遍性の解明であろう。
 本研究からは産業への波及効果も期待できる。ブリ類は日本の食用魚を代表する魚であり、その養殖量は魚類養殖生産量全体の過半数を占めている。現在、その品種改良が強くもとめられているが、外見から雌雄を判別することは困難であり、親魚の人工交配がひろく実践されているともいえない状況にある。今回えられた性判別マーカーによって人工交配の敷居がさがり、育種が加速化されることが期待される。また、雌雄比の情報は野生生物の保全・管理においても重要なことから、今回得られた成果は、野生ブリ類の保全や生態把握にも役立つと考えられる。

発表雑誌

雑誌名
Current Biology
論文タイトル
A SNP in a steroidogenic enzyme is associated with phenotypic sex in Seriola fishes
著者
Takashi Koyama, Masatoshi Nakamoto, Kagayaki Morishima, Ryohei Yamashita,Takefumi Yamashita, Kohei Sasaki, Yosuke Kuruma, Naoki Mizuno, Moe Suzuki, Yoshiharu Okada, Risa Ieda, Tsubasa Uchino, Satoshi Tasumi, Sho Hosoya, Seiichi Uno, Jiro Koyama, Atsushi Toyoda, Kiyoshi Kikuchi, Takashi Sakamoto(KikuchiとSakamotoは責任著者, Nakamoto, Morishima, T. Yamashitaは同等寄与者)
DOI番号
10.1016/j.cub.2019.04.069
論文URL
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(19)30498-1

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 附属水産実験所
教授 菊池 潔(きくち きよし)
E-mail:akikuchi<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
東京海洋大学 学術研究院 海洋生物資源学部門
教授 坂本 崇(さかもと たかし
E-mail:takashis<アット>kaiyodai.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 性決定と性分化
    脊椎動物における雌雄の分化は、主に2つのステップからなると考えられている。最初のステップが性決定であり、これにより、未分化生殖腺が将来的に卵巣になるか、それとも精巣になるかが決定される。次のステップが性分化であり、これにより、卵巣または精巣の発達が進み、さらに、生殖腺以外の組織や器官が雌化あるいは雄化される。
  • 注2 HSD17B1 (17β-Hydroxysteroid dehydrogenase 1)
    ステロイドの生合成に関わる酵素のひとつ。女性ホルモンの中でも最も強い活性をもつエストラジオールの産生において、中心的な役割をはたす酵素のひとつである。
  • 注3 一塩基による性決定
    今回、性染色体における一塩基の雌雄差が性を決定することが示された。ヒトのX染色体とY染色体の間に膨大な塩基配列の差が認められることとは、対照的である。実は一塩基の雌雄差が性を決定している生物群は、これまでに一例だけ報告されている。それはフグ類で、今回と同様に東京大学水産実験所からの報告である。ブリ類やフグ類の性染色体は、性染色体進化の初期状態にあることから、これらの魚類を研究することで、将来的には、ヒトなどのX染色体とY染色体が分化していったメカニズムを明らかにできる可能性がある。