発表者

佐藤   輝(理化学研究所 環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ 特別研究員)
鈴木 孝征(中部大学大学院 応用生命学研究科 准教授)
高橋 史憲(理化学研究所 環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ 研究員)
篠崎 一雄(理化学研究所 環境資源科学研究センター 機能開発研究グループ グループディレクター)
篠崎 和子(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • 非常によく似た二つの転写因子(注1)が乾燥ストレスと高温ストレスの応答において別の役割を持っていることを明らかにしました。
  • 植物が進化の過程で、タンパク質の機能分化(注2)を行い、どのように乾燥と高温ストレス環境に適応してきたのか新たな知見が得られました。
  • 作物の乾燥や高温ストレスに対する耐性を向上させたり、ストレス応答のバランスを調整するための技術として応用されることが期待されます。

発表概要

 植物を含め、様々な生物は進化の過程において環境に適応するために、タンパク質に様々な役割を付与しています。その中でも、遺伝子重複が起こり同じタンパク質が複製された後、2つのタンパク質に別の役割が与えられることは「機能分化」と呼ばれています(図1)。植物はヒトなどの動物と比較すると、種々のタンパク質が遺伝子中で多数の複製(相同タンパク質)を持つことが知られていますが、それぞれのタンパク質が具体的にどのような役割を持つのかについては多くのことが解明されていません。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の篠崎和子教授らの共同研究グループは、非常によく似たシロイヌナズナ(注3)のNF-YB2とNF-YB3という2つの転写因子が、乾燥と高温ストレス応答において別々の役割を持っていることを明らかにしました。NF-YB2を多く作る植物では乾燥ストレスに対する応答が向上しており、NF-YB3を多く作る植物では高温ストレスに対する応答が向上していることが明らかになりました。
 本研究をさらに応用していくことで、雨量の低下による乾燥や温暖化による気温上昇などで農作物の収量が低下することを防ぐ技術開発に繋がることが期待されます。

発表内容


図1 タンパク質の機能分化の概念図
進化の過程において、同様の働きを持ったタンパク質が遺伝子中において複製され、その後さらに機能分化によって別の役割を担うようになる。図中の植物種Cにおいて、タンパク質Aとタンパク質Bはよく似たタンパク質であるが別の機能を持つ。このような機能分化を経て、様々な環境条件に対する複雑な応答メカニズムが確立されていく。


図2 NF-YB2、NF-YB3とDREB2Aの環境ストレス条件下における機能の概念図 
NF-YB2とNF-YB3は非常によく似た転写因子であるが、NF-YB2は乾燥ストレス耐性に関連する、NF-YB3は高温ストレス耐性に関連する遺伝子を活性化する。またNF-YB2は乾燥ストレス時、NF-YB3は高温ストレス時に転写因子DREB2Aと協調して働き、それぞれの標的となる遺伝子の一部を活性化する。

 近年観測されている地球温暖化は、気温の上昇だけではなく干ばつなどの極端な気象条件を引き起こすと予測されています。不安定な気象条件でも安定的な収量を得られるような作物の品種改良や技術開発が世界各国で進められており、そのためにも植物がどのように乾燥や高温ストレスに応答しているのか、具体的な知見を得るための研究の必要性が高まっています。
 植物を含め、様々な生物は進化の過程において環境に適応するために、タンパク質に様々な役割を付与しています。その中でも、遺伝子の中で同じタンパク質を複製した後、2つのタンパク質に別の役割が与えられることはタンパク質の「機能分化」と呼ばれています(図1)。植物はヒトなどの動物と比較すると、様々な種類のタンパク質が遺伝子中で多数の複製(相同タンパク質)を持つことが知られています。これは移動することができない植物が、その場で環境に適応するために、複雑にタンパク質を機能分化させてきた結果だと考えられています。しかし、それぞれのタンパク質が具体的にどのような役割を持つのかについては多くのことが解明されていません。

 本共同研究グループは、シロイヌナズナのNF-YB2とNF-YB3という非常によく似た2つの転写因子が乾燥と高温ストレス応答において別々の役割を持っていることを明らかにしました。まず、それぞれの転写因子を多く作るシロイヌナズナの解析を行ったところ、NF-YB2を多く作るシロイヌナズナは乾燥ストレスへの耐性がより高く、乾燥ストレスで活性化される遺伝子がより多く活性化されていました。反対にNF-YB3を多く作るシロイヌナズナでは高温ストレスへの耐性がより高く、高温ストレスで活性化される遺伝子がより多く活性化されていることが分かりました。また次に、それぞれの転写因子を作れなくなっているようなシロイヌナズナの解析を行いました。すると予想されたように、NF-YB2を作れないシロイヌナズナは乾燥ストレスへの耐性がより低く、NF-YB3を作れないシロイヌナズナは高温ストレスへの耐性がより低くなっていることが分かりました。これらの結果から、NF-YB2とNF-YB3は非常によく似た転写因子であるにも関わらず、機能分化しており乾燥と高温ストレスへの応答において異なる役割を持っていることが推測されました。

 なぜこれらの2つの転写因子は異なる機能を示すことができるのでしょうか。本共同研究グループは、その理由の一端に別の転写因子であるDREB2Aが関わることをさらに明らかにしました。DREB2Aは乾燥ストレス時と高温ストレス時において働き、それぞれの環境条件下で別の遺伝子を活性化するユニークな転写因子です。解析により、乾燥ストレス時にはNF-YB2とDREB2Aが協調し、高温ストレス時にはNF-YB3とDREB2Aが協調して、それぞれ乾燥と高温ストレスに特有の遺伝子群を活性化していることが示唆されました(図2)。ただし、NF-YB2とNF-YB3はDREB2Aと共通して活性化する遺伝子の他にも、多くの遺伝子を活性化することが分かっているので、どのようにして2つの転写因子が別々の機能を示すのかを明らかにするためには今後さらなる研究が必要です。

 また本共同研究グループが様々な植物の遺伝子を調べた結果、多くの陸上植物では、シロイヌナズナのNF-YB2とNF-YB3の2つのグループに属する転写因子をそれぞれ持っていることが分かりました。このことはシロイヌナズナにおいてNF-YB2とNF-YB3が機能分化しているのと同じように、多くの陸上植物においても機能分化している同様の環境ストレス応答のメカニズム存在することを示唆しています。

 農作業環境を含めた自然界で植物は乾燥や高温といった様々なストレス状況にさらされます。今回の発見は植物の環境適応と進化に対する新しい知見を与えると共に、そのような様々な環境ストレスに強い作物の作出にも役立つものと期待されます。実際に今回の実験においても、NF-YB2やNF-YB3を多く作る植物はそれぞれ乾燥と高温の環境ストレスに対して強い耐性を示すことが分かりました。今後は今回発見したメカニズムが農作物を含む他の植物においても存在するのか研究を広げていく予定です。

発表雑誌

雑誌名
「Plant Physiology」
論文タイトル
NF-YB2 and NF-YB3 have functionally diverged and differentially induce drought and heat stress-specific genes
著者
Hikaru Sato*, Takamasa Suzuki, Fuminori Takahashi, Kazuo Shinozaki and Kazuko Yamaguchi-Shinoazaki*
DOI番号
10.1104/pp.19.00391
論文URL
http://www.plantphysiol.org/content/early/2019/05/13/pp.19.00391.long

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物分子生理学研究室
教授 篠崎 和子(しのざき かずこ)
Tel:03-5841-8137
Fax:03-5841-8009
E-mail:akys<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター
特別研究員 佐藤 輝(さとう ひかる)
Tel:029-836-4359
Fax:029-836-9060
E-mail:hikaru.sato<アット>slu.se <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 転写因子
    標的としている遺伝子の発現を活性化あるいは不活性化させるようなタンパク質。NF-YB2は高温ストレス耐性に関わる遺伝子を、NF-YB3は乾燥ストレス体制に関わる遺伝子を活性化する。
  • 注2 機能分化
    1つのタンパク質や遺伝子が複製された後に、別々の役割を持つようになること(図1参照)。
  • 注3 シロイヌナズナ
    植物研究におけるモデル生物。植物体の小ささ、継代の早さ、遺伝子数の少なさなどの理由により多くの研究室で使用されている。学名はArabidopsis thaliana