発表者

木村 知宏(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程;当時)
手塚 武揚(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)
中根 大介(学習院大学理学部 物理学科 助教)
西坂 崇之(学習院大学理学部 物理学科 教授)
相沢 慎一(県立広島大学生命環境学部 生命科学科 教授;当時)
大西 康夫(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)

発表のポイント

  • 希少放線菌の遊走子がべん毛だけでなく線毛を有していることを明らかにしました。
  • 遊走子線毛は疎水性物質表面への遊走子の付着に必須であることを明らかにしました。
  • 本研究により「もっとも複雑に進化したバクテリア」の特殊な細胞機能の一端が解明されました。

発表概要

2年前の研究成果「注目を集める希少放線菌の不思議に迫る研究 
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2017/20170608-1.html」で述べたように、我々の研究室では希少放線菌(注1)アクチノプラネス・ミズーリエンシスの形態分化やその制御機構を研究することで、細胞の休眠や覚醒、形態形成の謎に迫ることを目指しています。2年前の研究成果では、希少放線菌の形態分化に関する最初の分子生物学的研究がJ. Bacteriol.誌(注2)の掲載号の “Commentary”で紹介され関連の電子顕微鏡写真が表紙を飾ったことを紹介しました(文献1)。その後、我々の希少放線菌の形態分化の制御機構に関する続報がMol. Microbiol.誌(注3)の掲載号の表紙を飾っています(図1、文献2)。そして、今回、遊走子線毛の存在とその機能を初めて明らかにした研究論文が、J. Bacteriol.誌の“Spotlight”で紹介されるとともに(文献3)、再び表紙を飾りました(図2)。このように、我々の希少放線菌の不思議に迫る研究は微生物学研究分野において、ますます注目を集めています。

(文献1)Yoshihiro Mouri, Kenji Konishi, Azusa Fujita, Takeaki Tezuka, Yasuo Ohnishi. (2017) Regulation of sporangium formation by BldD in the rare actinomycete Actinoplanes missouriensis. Journal of Bacteriology 199(12): e00840-16. DOI: 10.1128/JB.00840-16
(文献2)Yoshihiro Mouri, Moon-Sun Jang, Kenji Konishi, Aiko Hirata, Takeaki Tezuka, Yasuo Ohnishi. (2018) Regulation of sporangium formation by the orphan response regulator TcrA in the rare actinomycete Actinoplanes missouriensis. Molecular Microbiology 107(6): 718-733. DOI: 10.1111/mmi.13910
(文献3)Spotlight: Articles of significant interest in this issue. Journal of Bacteriology 210(14): e00327-19. DOI: 10.1128/JB.00327-19

発表内容


図1 Mol. Microbiol. 誌(文献2)の表紙。アクチノプラネス・ミズーリエンシスの胞子嚢の電子顕微鏡写真が掲載されました。


図2 J. Bacteriol. 誌の表紙。アクチノプラネス・ミズーリエンシスの遊走子の電子顕微鏡写真(ネガティブ染色像)が使用されました。遊走子の表面に生えている太い毛がべん毛であり、べん毛に比べて細い毛が線毛です。


図3 希少放線菌アクチノプラネス・ミズーリエンシスの生活環。アクチノプラネス・ミズーリエンシスの胞子は発芽すると基底菌糸と呼ばれる分岐した菌糸を伸ばして増殖します。周囲の環境が増殖に適さなくなると胞子形成を開始し、基底菌糸上に短い胞子嚢柄を介して多数の胞子嚢を形成します。この胞子嚢の内部では数百の成熟した胞子が作られ、休眠状態となります。胞子嚢は周囲の水分を感知すると休眠状態から覚醒し、開裂して内部の胞子を放出します。胞子はべん毛を持っており、水中を高速で運動します。この水中を運動する胞子を特に遊走子と呼び、遊走子は増殖に適した環境に至ると運動を停止して発芽し、菌糸を伸ばして増殖します。

 希少放線菌アクチノプラネス・ミズーリエンシスは分岐した菌糸を伸ばして増殖しますが、増殖に適さない環境では数百の胞子が包まれた袋状の胞子嚢を多数形成して休眠します。この胞子嚢は外から水がかかると休眠状態から覚醒し、開裂して内部の胞子を放出します。胞子はべん毛(注4)を持っており、水中を高速で運動した後、増殖に適した環境で停止して発芽を開始します。このようにアクチノプラネス・ミズーリエンシスは「もっとも複雑に進化したバクテリア」の1つと言えます(図3)。
 線毛は一部の細菌の細胞表面に形成されるべん毛よりも細い毛で、大別して5つのタイプが知られています。我々は、このうちIV型線毛(注5)をコードしていると予想される一群の遺伝子(線毛遺伝子群)がアクチノプラネス・ミズーリエンシスのゲノム上にまとまって存在していることを見いだしました。我々の研究室で過去に行ったRNA-Seq解析(注6)の結果から、この線毛遺伝子群の発現が胞子嚢形成と同じ時期に強く活性化されていたことから、我々は遊走子がべん毛に加えて線毛を持つと予想しました。そこで、電子顕微鏡を用いて遊走子の詳細な観察を行ったところ、ごくわずかな遊走子の細胞表面に線毛が形成されていることを見いだしました。べん毛がほぼすべての遊走子で観察されるのに対し、線毛がごく一部の遊走子でしか観察されないのは、線毛の引き込みが起こっているためではないかと考え、観察前に遊走子を固定する処理を行い再度電子顕微鏡による観察を行ったところ、期待通り線毛が観察される遊走子が大幅に増加し、遊走子がべん毛に加えて線毛を持つことが明らかになりました。さらに、光学顕微鏡による観察と画像解析を組み合わせた解析によって、遊走子が疎水性のプラスチック固体表面に高い頻度で付着する一方、ガラスなど親水性の固体表面にはあまり付着しないことを見いだし、遺伝子破壊株を用いた実験によって、遊走子が疎水性の物質表面に付着するためには線毛が必須であることを明らかにしました。
 以上の結果から、アクチノプラネス・ミズーリエンシスの遊走子はべん毛を用いて水中を高速で運動する一方、疎水性の物質に接触すると線毛を用いて表面に付着し、そこを足場として発芽を開始すると考えられます。細菌の遊走子が持つ線毛についてはこれまでその存在すら知られていませんでしたが、本研究により、アクチノプラネス・ミズーリエンシスの遊走子線毛の存在と機能が初めて示されたわけです。線毛遺伝子群は遊走子を形成する希少放線菌に広く保存されていることから、これらの希少放線菌は遊走子の形成能を進化させる過程のごく初期に線毛を獲得し、遊走子を利用する生存戦略において線毛が不可欠な役割を担ってきたと考えられます。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Bacteriology
論文タイトル
Characterization of zoospore type IV pili in Actinoplanes missouriensis
著者
Tomohiro Kimura, Takeaki Tezuka, Daisuke Nakane, Takayuki Nishizaka, Shin-Ichi Aizawa, Yasuo Ohnishi
DOI番号
10.1128/JB.00746-18
論文URL
https://jb.asm.org/content/201/14/e00746-18.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 醗酵学研究室
教授 大西 康夫(おおにし やすお)
Tel:03-5841-5123
E-mail:ayasuo<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
助教 手塚 武揚(てづか たけあき)
Tel: 03-5841-5126
E-mail:atezuka<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
研究室URL: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/hakko/

用語解説

  • 注1 希少放線菌
    放線菌は菌糸を放射状に伸ばしながら生育する真正細菌であり、医薬品をはじめとする有用天然化合物を生産することから世界中で広く研究されている。自然環境からの分離頻度が高いストレプトミセス属以外の放線菌は希少放線菌と呼ばれ、新たな天然物の生産菌として注目されている。一方、希少放線菌の中には非常に複雑な形態分化を示すものもおり、細胞分化を研究する基礎研究の対象としても重要である。
  • 注2 J. Bacteriol.
    Journal of Bacteriology誌は、アメリカ微生物学会(American Society for Microbiology)が出版するジャーナルで1916年創刊と100年以上の歴史をもつ。基礎微生物学研究分野の最も重要なジャーナルの1つとして知られている。
  • 注3 Mol. Microbiol.
    Molecular Microbiology誌は、微生物の分子生物学研究分野のトップジャーナルの1つとして知られている。1987年創刊後、同分野の発展に大きく貢献してきたジャーナルの1つである。
  • 注4 べん毛
    細菌細胞の表面に形成される毛であり、主に遊走するために用いられる。根元にあるモーターが毛を回転させることで推進力が生み出される。真核細胞の鞭毛のようにそれ自身が鞭を打つような運動をするわけではないため、「べん毛」と「べん」はひらがなで書かれる。
  • 注5 IV型線毛
    線毛の一種であり、伸張・付着・収縮により固体表面上での運動や固体表面への付着、細胞の集合体であるコロニーやバイオフィルムの形成などさまざまな役割を果たす。
  • 注6 RNA-Seq解析
    大量の塩基配列を解析することができる次世代シーケンサーを用いて遺伝子の転写産物を解析する手法であり、遺伝子の発現を網羅的かつ定量的に明らかにすることができる。