発表者
山内 卓樹(東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任研究員/JSTさきがけ専任研究者)
田中 瑛大(名古屋大学 大学院生命農学研究科 植物生産科学専攻 修士課程:当時)
稲橋 宏樹(名古屋大学 大学院生命農学研究科 植物生産科学専攻 修士課程:当時)
西澤 直子(石川県立大学 生物資源工学研究所 教授)
堤 伸浩 (東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
犬飼 義明(名古屋大学 農学国際教育研究センター 教授)
中園 幹生(名古屋大学 大学院生命農学研究科 植物生産科学専攻 教授)

発表のポイント

  • イネが環境に依存せず根の成長にともない形成する恒常的通気組織の制御にオーキシンシグナル伝達(注1)が関与することを解明しました。
  • 恒常的通気組織は不定根(冠根)(注2)に二次的に形成される側根(注2)と同様にAUX/IAAタンパク質(注1)およびARF転写因子(注1)のはたらきにより形成されますが、両者は組織ごとに異なるタイミングで適切に制御されている可能性を示しました。
  • コムギやトウモロコシなどの農業上重要なイネ科畑作物の根に恒常的通気組織を形成する能力を賦与して、耐湿性の高い作物品種を育成するために有用な手がかりを得ました。

発表概要

 名古屋大学生命農学研究科と東京大学農学生命科学研究科を中心とした研究グループは、イネ(水稲)が水田で旺盛に生育するために重要な機構である恒常的通気組織(注3)の形成が、植物ホルモンのオーキシン(注4)により適切に制御される仕組みを解明しました。
 昨今の異常気象により、局所的な大量の降雨による農作物の被害が深刻化していますが、本研究の成果によって、コムギやトウモロコシなどの農業上重要なイネ科畑作物の根に恒常的通気組織を形成する能力を賦与し、土壌の冠水に負けない高い耐湿性をもつ作物品種を育成するための新たな道筋が示されました。
 この研究成果は、令和元年9月24日付(日本時間4時)米国科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」オンライン版に掲載されました。
 この研究は、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(さきがけ)の支援を受けて行われました。

発表内容


図1 イネ科作物の根における通気組織形成
コムギやトウモロコシなどの畑作物の根では, 排水性の良い畑のような好気的環境において通気組織はほとんど形成されない.そのため, 土壌の冠水に応答して誘導的に通気組織を形成する前に根端部が傷害を受ける.一方, イネの根は好気的環境においても恒常的に通気組織を形成するため, 土壌が冠水した際にも直ちに根端部に酸素を供給することができる.


図2 イネの根の通気組織形成, 側根形成および根の各組織における遺伝子発現の解析
野生型とiaa13 変異体を好気条件で栽培して各解析を行った.(左上)根の各部位での通気組織形成.矢尻: 通気組織.横棒(スケールバー): 100 µm.(中上)根の各部位での側根形成数の解析.矢尻: 側根原基(赤色).縦棒(スケールバー): 500 µm.(右上)レーザーマイクロダイセクション(LM)による根の各組織の単離.Co: 皮層, CC: 根の中心部(中心柱), LR: 側根原基.横棒(スケールバー): 50 µm.(下)各組織における遺伝子の発現量の比較.


図3 イネの根の通気組織形成と側根形成のしくみ
イネの根における恒常的通気組織の形成は, ARF19およびIAA13を介したオーキシンシグナル伝達により制御される.細胞内のオーキシンが低濃度である場合, ARF19に結合したIAA13がLBD1-8遺伝子の発現(転写)をOFFにする.一方, 適切なオーキシン濃度では, IAA13が分解されることでLBD1-8の発現(転写)がONになり, 通気組織形成や側根形成が起こる.

【研究背景と内容】
 植物の根は、土壌中の酸素を利用した呼吸により成長と生命活動の維持に必要なエネルギーを絶えず産み出しています。多くの植物の根は、冠水により土壌中の酸素が欠乏した環境ではエネルギーを十分に産生できないため、その成長と機能は著しく阻害されます。
 イネ科植物は、根の皮層(注5)に通気組織と呼ばれる空隙を形成する能力を備えており、通気組織は地上部から根端部への酸素の拡散を促進する役割を担っています(図1)。コムギやトウモロコシなどの畑作物の根は、排水性の良い畑のように土壌中に酸素が豊富に存在する好気的環境では通気組織(恒常的通気組織)をほとんど形成しませんが、土壌の冠水に応答して通気組織(誘導的通気組織)を形成します(図1左)。しかし、降雨により土壌が冠水した際、通気組織を誘導する前に酸素の欠乏による傷害を受けるため、湿害による畑作物の収穫量の低下は国内でも深刻な問題です。一方、水田で栽培されるイネ(水稲)は、好気的環境でも恒常的に通気組織を形成するため、土壌の冠水に直ちに順応することができます(図1右)。以上のことから、恒常的通気組織形成は耐湿性を左右する極めて重要な形質であると考えられており、その仕組みを理解することは冠水応答および耐湿性に関連する研究分野において長らく重要な課題とされてきました。
 本研究では、AUX/IAA(IAA)タンパク質を介したオーキシンシグナル伝達が恒常的に阻害されるiaa13変異体(注6)を実験材料に用いました。野生型のイネ(品種「台中65号」)とiaa13変異体を、空気を送り続けて酸素濃度を高く維持した水耕液で栽培して、根の各部位から横断切片を作製しました。その結果、iaa13変異体では通気組織形成の程度が野生型のイネと比べて顕著に低いことがわかりました(図2左上)。また、同一の栽培条件において側根形成は通気組織形成よりも根端に近い(細胞の若い)部位で開始されることがわかりました(図2中上)。さらに、根端部へのオーキシンの輸送を阻害したところ、通気組織形成が顕著に抑制されたため、恒常的通気組織形成にオーキシンが関 与することが確認されました。
 次に、野生型とiaa13変異体の根における遺伝子発現量の比較により、転写因子auxin response factor(ARF19)とlateral organ boundaries domain(LBD1-8)(注1)を同定しました。さらに、レーザーマイクロダイセクション法(注7)により、根の各組織を単離して(図2右上)、遺伝子の発現量を比較したところ、ARF19およびLBD1-8IAA13と同様にイネの根の側根と皮層の両方で強く発現することが示されました(図2下)。また、大腸菌や酵母を用いた実験から、IAA13とARF19が結合することやARF19がLBD1-8の遺伝子発現を調節する領域(ARF結合領域; auxin response element; AuxRE)に結合することがわかりました(図3右)。これらのことから、恒常的通気組織形成にはIAA13とARF19を介したLBD1-8の転写調節が必要であるという仮説を立てました(図3右)。そこで、LBD1-8の転写量が低下したiaa13変異体においてLBD1-8の転写量を増加させたところ、iaa13変異体の通気組織形成と側根形成が回復することが確認できました。
 以上の結果を総合して、イネの根において恒常的通気組織および側根の形成が制御される仕組みを提案しました(図3右)。恒常的通気組織形成および側根形成は、共通してAUX/IAAおよびARFを介したオーキシンシグナル伝達により制御されます。その一方で、側根形成および通気組織形成の根の部位ごとの解析などから、皮層(注5)と内鞘(注5)では通気組織形成と側根形成がそれぞれ異なるタイミングで適切に制御されていることが示唆されました。このような緻密な制御機構を獲得したことで、イネの根は通気組織を介して地上部から根端部に効率よく酸素を供給するとともに、側根から養水分を吸収して地上部へ運び、水田のように冠水した土壌でも旺盛に成長できることがわかりました。

【成果の意義】
 恒常的通気組織は、イネなどの耐湿性の高い湿生植物のみに観察されるため、冠水した土壌に適応するために最も重要な形質の1つであると考えられてきました。そのため、恒常的通気組織が形成される仕組みを解明することは、世界的に湿害が深刻なイネ科畑作物の耐湿性を強化するために極めて重要な課題といえます。本研究の成果から、コムギやトウモロコシなどの農業上重要なイネ科畑作物に恒常的通気組織を形成する能力を賦与して、高い耐湿性をもつ作物品種を育成するために有用な手がかりが得られました。

発表雑誌

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル
Fine control of aerenchyma and lateral root development through AUX/IAA- and ARF-dependent auxin signaling
著者
Takaki Yamauchi*, Akihiro Tanaka, Hiroki Inahashi, Naoko K. Nishizawa, Nobuhiro Tsutsumi, Yoshiaki Inukai, Mikio Nakazono*
DOI番号
10.1073/pnas.1907181116
論文URL
https://www.pnas.org/content/early/2019/09/19/1907181116

問い合わせ先

名古屋大学 大学院生命農学研究科 植物生産科学専攻 植物遺伝育種学研究室
教授 中園 幹生 (なかぞの みきお)
Tel/Fax:052-789-4018
E-mail: nakazono<アット>agr.nagoya-u.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室
特任研究員/科学技術振興機構( JST )さきがけ専任研究者
山内 卓樹 (やまうち たかき)
Tel: 03-5841-5454
FAX 03 5841 5183
E-mail: atkyama<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • (注1) オーキシンシグナル伝達

    転写(DNAをmRNAに写し取ること)のON/OFFを決めるタンパク質である転写因子ARFに結合して、その機能を阻害するタンパク質AUX/IAAがオーキシン応答的に分解されて調節されるシグナル伝達経路です。本研究では、IAA13とARF19により転写因子LBD1-8の転写がONになることを示しました(図3参照)。

  • (注2) 不定根(冠根)と側根

    幼根(胚発生時に形成される根で、双子葉植物では後に成長して主根となる)以外の根を不定根と呼びます。イネは複数の不定根から構成される“ひげ根状の根系”を形成します。このイネの不定根を冠根と呼びます。一方、主根または不定根から枝分かれして、側方に伸びる根を側根と呼びます。

  • (注3) 恒常的通気組織

    通気組織は、根の皮層細胞の崩壊により形成される空隙です。イネ科植物に形成される通気組織は、環境に依存せず根の成長にともない形成される恒常的通気組織と酸素の欠乏に応答して形成される誘導的通気組織に分けられます。前者はイネなどの湿生植物にみられ、後者は畑作物を含むイネ科植物全般にみられます(図1参照)。

  • (注4)オーキシン

    植物の成長を調節する植物ホルモンの一群です。イネの根では、インドール-3-酢酸(Indole-3-acetic acid; IAA)が主な機能を担っています。

  • (注5) 皮層と内鞘

    根の外層組織(表皮など)と維管束を含む中心柱の間に存在する柔組織を皮層と呼びます。イネ科植物の場合は、皮層の細胞が崩壊することで通気組織が形成されます。一方、根の中心柱の最外層の柔組織を内鞘と呼びます。内鞘の柔組織の細胞が分裂を繰り返して増殖することで側根が形成されます。

  • (注6) iaa13変異体

    イネ(品種「台中65号」)のIAA13遺伝子に変異(DNAを構成する塩基配列の変化)が起こり、オーキシン応答的な分解が阻害される変異体です。それにより、オーキシン応答的な遺伝子の転写調節が正常に起こらない状態になっています。

  • (注7) レーザーマイクロダイセクション法

    レーザーを利用して、固定した組織切片から特定の部位(組織)を切り出し、部位(組織)特異的な遺伝子やタンパク質の発現および代謝産物の蓄積などを解析する手法です(図2参照)。