新規のメチオニンリッチタンパク質(LMP)と炭酸カルシウム結晶の複合体であるアコヤガイ蝶番部の靭帯の構造と機械的性質の解明
- 発表者
- 鈴木 道生(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
窪田 一輝(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生:当時)
西村 亮(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 大学院生:当時)
根岸 瑠美(東京大学定量生命科学研究所 技術職員)
小松 一生(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 地殻化学実験施設 准教授)
鍵 裕之(東京大学大学院理学系研究科 化学専攻 地殻化学実験施設 教授)
Katya Rehav(Weizmann Institute of Science, Israel)
Sidney Cohen(Weizmann Institute of Science, Israel)
Steve Weiner(Weizmann Institute of Science, Israel, Professor)
発表のポイント
- 二枚貝であるアコヤガイの蝶番部には直径が50 nmのアラゴナイトナノファイバーが直線状に配置していることを3次元画像解析により明らかにしました。
- アラゴナイトナノファイバーは厚い有機膜で覆われていますが、その主成分が新規のメチオニンに富むタンパク質であることを明らかにしました。
- 微小領域のX線回折(XRD)の解析により、貝殻が開くときにアラゴナイトナノファイバーの方位が広がり、閉じる時に方位が揃うという緻密な制御がされていることを示しました。
- 原子間力顕微鏡(AFM)を用いた機械的性質の解析より、貝殻と靭帯の境目には二つの強度を合わせるための融合領域があることを示しました。
発表概要
二枚貝の靭帯は炭酸カルシウムのナノファイバーと有機膜で構成され、貝殻の開閉の際にフレキシブルに可動し、圧力に耐える強靭な構造となっています。これまで、炭酸カルシウムのナノファイバーを二次元的に観察した報告はされていましたが、その3次元情報を含む詳細な微細構造、機械的性質、有機膜の構成成分などは全く分かっていませんでした。
今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木道生准教授とワイツマン科学研究所のグループは、共同で靭帯の電子線およびX線、AFMなどを用いた構造解析、質量分析とノックダウンを用いた有機基質の構造・機能解析を行い、靭帯の炭酸カルシウムナノファイバーは完全に直線状に配置され、圧力の有無で結晶の方位が僅かに広がること、硬い貝殻とフレキシブルな靭帯とをつなぐ融合領域を有すること、有機膜に新規のメチオニンリッチタンパク質(LMP)が含まれナノファイバーの形成に関与することを初めて明らかにしました。
このような研究は、生物による鉱物沈着の分子メカニズムの解明に寄与し、新たな機能性材料の合成、生物による金属や鉱物の回収技術の開発、建築資材の高度化などに応用が可能と考えられます。
発表内容
図1 靭帯の構造
A 貝殻の断面模式図、四角が蝶番部を示します。B 蝶番部の拡大図 C FIB-SEMによる3次元画像解析 D 微小領域のX回折、左が閉じた状態、右が開いた状態を示します。
図2 新規メチオニンリッチタンパク質の配列
下線は細胞外分泌シグナル配列、灰色の枠組みはMMMKPDの繰り返し配列を示します。
二枚貝の蝶番部の靭帯は炭酸カルシウムのナノファイバーとそれを覆う有機膜とで構成されています。炭酸カルシウムのナノファイバーは直径が50 nm程度と非常に細い一方で、長さが1 mm以上もあるという非常に緻密な構造を有しています。断面図を透過型電子顕微鏡で観察すると、非常に整った六角形の形状で真ん中に双晶面を有している様子が観察され、その形成が非常に制御されていることが示唆されます。炭酸カルシウムのナノファイバーのこのような構造は二枚貝の貝殻が開閉する時に、圧力に対して非常に耐性を持ち強靭な構造であると考えられてきました。しかしながら、これまで炭酸カルシウムのナノファイバーを二次元的に観察した報告は多くされてきましたが、その3次元情報を含む詳細な微細構造、機械的性質、有機膜の構成成分などは全く分かっていませんでした。
まず、収束イオンビーム(FIB)-走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて靭帯の構造について3次元画像解析を行いました。靭帯の炭酸カルシウムナノファイバーは完全に直線状に配置されており、その間隔もほぼ一定であることが分かりました。また、それぞれのナノファイバーは200-300 nm程度の長さの小さなフラグメントから構成されていることも分かりました(図1)。
ナノファイバーの間隔と方向を制御する有機基質について解析を行うため、有機膜のみを精製しました。靭帯を脱灰した後に、変性剤と還元剤で有機膜を処理し、膜成分以外の有機分子を除きました。この有機膜はタンパク質を主成分とすることが分かったため、この不溶性の有機膜に直接的に消化酵素を作用させ、ペプチド成分を抽出し質量分析による解析を行いました。その結果、この有機膜は新規のメチオニンリッチタンパク質であることが分かりました。MMMKPDの繰り返し配列が30回程度も存在する非常にユニークな配列を有しておりました(図2)。RNAiを用いたノックダウン実験により、このタンパク質の発現を阻害すると、有機膜の形成に異常が生じることが確認されました。このことから、このメチオニンリッチタンパク質が有機膜形成に重要な働きを有することが示唆されました。
このような有機膜に覆われた炭酸カルシウムのナノファイバーが貝殻の開閉による圧力で、結晶の方位変化が起こるのか微小領域のXRD解析を行いました。炭酸カルシウム結晶のc軸方向がナノファイバーの伸長方向に沿っていることから、c軸の方位の広がりを評価しました。その結果、貝殻が閉じる時には方位が狭まり、開くときには方位が僅かに広がることが分かりました。このことは、ナノファイバーが圧力によりフレキシブルに可動できることを示しています。
さらに、実際にナノファイバーの強度を明らかにするためにAFMを用いたナノインデンテーションを行いました。靭帯から貝殻の境界領域に向けて20 mmずつ、データを測定したところ、靭帯から貝殻に向かうに連れて強度が高くなっている様子が観察されました。すなわち靭帯と貝殻の間には、それを繋ぐ融合領域が存在することが示唆されました。実際にSEMを用いた観察結果からも、この融合領域には靭帯とも貝殻とも異なる新規の粒子状の層が存在することが示されました。このような構造が硬い組織と柔らかい組織を融合させ、フレキシブルかつ圧力に強い構造を作り出すことが分かりました。
本研究の成果から、靭帯の炭酸カルシウムナノファイバーの構造と機能および有機膜の成分を明らかにしました。新規の有機分子の発見は、高機能材料の新たな合成法の開発や、有害な金属や鉱物の効率的な沈着手法の開発に結び付く可能性が考えられます。また、フレキシブルで強靭な構造のメカニズムを明らかにすることで、建築資材や素材の開発への応用も期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- 「Acta Biomaterialia」
- 論文タイトル
- A unique methionine-rich protein – aragonite crystal complex: structure and mechanical functions of the Pinctada fucata bivalve hinge ligament
- 著者
- Michio Suzuki, Kazuki Kubota, Ryo Nishimura, Lumi Negishi, Kazuki Komatsu, Hioryuki Kagi, Katya Rehav, Sidney Cohen, Steve Weiner
- DOI番号
- 10.1016/j.actbio.2019.10.008
- 論文URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1742706119306750?via%3Dihub
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 分析化学研究室
准教授 鈴木 道生 (すずき みちお)
Tel:03-5841-5156
E-mail:amichiwo<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
- 収束イオンビーム
収束させたガリウムイオンのビームをサンプルに照射し、物理的に削ることで微細加工をする技術のこと。本研究では収束イオンビームで靭帯を削りながら観察を行うことで、3次元画像を取得した。 - 電子顕微鏡
可視光ではなく電子線を用いて像を拡大することで、ナノスケールの微細構造を観察可能な手法のこと。本研究では靭帯の微細構造の観察に用いた。 - X線回折
格子を持つ結晶に特定の波長のX線を照射すると、格子の間隔に応じてX線が反射される回折現象を利用して、鉱物の同定や格子面の歪みなどを解析する手法のこと。本研究では貝殻開閉時における靭帯の炭酸カルシウム結晶の方位の解析に用いた。 - 原子間力顕微鏡
物質の表面を微細なプローブで走査することで表面の形状や性質などを知ることができる手法のこと。本研究では貝殻から靭帯への接続部という微小領域での炭酸カルシウム結晶の強度を測定するために用いた。 - 質量分析
イオン化した分子を質量により分離を行うことで、分子の質量を正確に測定する手法のこと。本研究では新規のメチオニンリッチタンパク質の同定に用いた。 - RNAi
二本鎖のRNAを生体に注射することで、その配列を持つ遺伝子の発現を抑える手法のこと。本研究ではメチオニンリッチタンパク質の生体内での機能を明らかにするために用いた。