発表者
山崎 清志(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻: 特任研究員)
大森 良弘(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻:特任助教当時)
藤原 徹(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻: 教授)

発表のポイント

  • 植物の根が栄養の濃度勾配(注1)に曝されたときに、栄養の濃い方向に根の伸長方向を変化させる現象を世界で初めて発見し、この現象を栄養屈性( nutritropism)と名付けました。

発表概要

 応用生命化学専攻植物栄養・肥料学研究室の山崎清志、大森良弘、藤原徹は、イネの根がアンモニウム(注2)の濃度勾配を感知し、その伸長方向をアンモニウム濃度が高い方向に変化させることを発見しました。
 このように外界の光や重力、水分などの方向性のある刺激に対して、植物が示す方向性のある生長応答を屈性と呼びます。植物の生存には光・水分・無機栄養(注3)が必須ですが、これらのうち光・水分の効率的な獲得に貢献しうる屈性は、光屈性、重力屈性、水分屈性(注4)として100年以上も昔から知られていました。本研究成果によって、植物が無機栄養にも屈性を示すことが明らかになりました。栄養屈性の存在は、濃度勾配を形成する栄養源が根の付近にあると、根がその栄養源に集まることを示唆します。この性質を向上させるような植物の品種改良や、根をおびき寄せる肥料の開発などへの応用が期待されます。
 この研究成果は「Plant and Cell Physiology」オンライン版に掲載されました。
 この研究は、日本学術振興会(JSPS) および文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

発表内容


図1 イネ側根における栄養屈性の様子
イネ幼苗の側根付近に栄養源を設置すると(左図)、24時間後には側根が栄養源に集まる様子が観察される(右図)。一方、対照区に側根が集まる様子は観察されない。縦矢印: 重力方向. 横棒(スケールバー): 1.0 cm.


図2 寒天培地中に無機栄養の濃度勾配を形成する系の確立
チューブ状のプラスチックに高濃度の無機栄養を溶かした寒天を封入し、寒天培地に設置する。栄養の代わりに色素を溶かした寒天を用いると、時間がたつにつれ色素の濃度勾配が形成されるのが観察される。


図3 イネ栄養屈性における屈性刺激となる無機栄養の同定
側根がどれくらい栄養源に向かって伸長方向を変化させているかを測定することで(左図)、栄養屈性における屈性刺激の同定を試みた。縦矢印: 重力方向. 様々な化合物を栄養源として試したところ(右図)、アンモニウム(NAm)を含む化合物を用いたときにのみ、栄養源に向かって側根が伸長方向を変化させた(右図)。縦軸の数値が高いほど栄養源に向かって側根が伸長方向を変化させたことを示し、各点はそれぞれが1本の側根を示している。MS: ムラシゲ・スクーグ混合塩類. NN: 硝酸. アスタリスク: 統計的に有意(p < 0.001)な変化.

【研究背景と内容】
 植物は光や重力、土壌水分に応答して動く力をもちます。これらは屈性と呼ばれ、外環境からの刺激を感知した植物は、屈性によってその刺激の元に向かって生長したり刺激から逃れたりすることができます。特に光屈性、重力屈性、水分屈性は非常に有名で、100年以上も昔のダーウィンの著書『The Power of Movement in Plants』にも取り上げられています。これらの屈性は光と水分の効率的な獲得に貢献していると考えられます。
 土壌中では水分や栄養分は不均一に分布しています。このことから土壌中での水分獲得における根の水分屈性の役割は重要なものでしょう。一方、植物にとって水分と同様に必須である栄養分(無機栄養)に対して屈性を示すということは、これまで知られていませんでした。生存に必須な水分の効率的な獲得のために植物根が水分屈性や重力屈性を示すとしたら、同じく生存に必須な無機栄養に対しても屈性を示すのではないか、と我々は考えました。
 本研究では、薄い栄養濃度のMurashige and Skoog(MS)寒天培地でイネ(品種「台中65号」)の幼苗を育て、寒天培地に比べて500倍濃い栄養濃度のMS栄養源を側根付近に設置しました(図1左)。この栄養源からは時間とともに無機栄養が漏れ出し、周囲に栄養の濃度勾配を形成します(図2)。栄養源を設置後、24時間経過すると側根が栄養源に向かって集まり巻き付く現象が観察されました(図1右)。この時、一部の側根は重力に逆らいながら栄養源に向かって伸長方向を変化させていることがわかります。栄養を含まない対照区では側根は設置物を通り過ぎ、根が集まる様子は観察されませんでした。つまり、この屈性反応はMS無機栄養の濃度勾配によって生じたことが示唆されました。
 次に、どの無機栄養がこの屈性反応を引き起こすのかを追究しました。栄養源を図1のように設置した後、0時間目の側根の伸長方向が24時間後にどのように変化したのかを、設置した栄養源から1cm以内にある側根一つ一つについて調査しました(図3左)。栄養源にはMS無機栄養に含まれる植物の必須栄養を、1つまたは2つ含む化合物を用いました。MS栄養源に対する反応を屈性反応の目安として、合計13種の無機栄養源を作製し、これらの栄養源に対する側根の伸長方向変化を評価しました(図3右)。その結果、アンモニウムを含む栄養源(NAm+Cl及びNAm+S)にのみ、側根が栄養源に向かって伸長方向を変化させることがわかりました。さらに、MS栄養源からアンモニウムを除いた場合は、栄養無しの対照区との違いは観察されなくなりました(MS-NAm)。これらのことから、イネの側根はアンモニウムに対して屈性反応を示すことを明らかにしました。本成果で、植物根の無機栄養に対する屈性を世界で初めて証明することができ、このような栄養に対する屈性を栄養屈性と命名しました。我々の実験ではイネが窒素栄養であるアンモニウム態窒素に屈性を示すことが判明しましたが、窒素栄養には他にも硝酸体窒素が存在します。非常に興味深いことに、硝酸態窒素を含む栄養源に対して屈性反応は見られませんでした(K+NN)。土壌中で窒素は欠乏しがちな栄養素であることから、アンモニウムに対する栄養屈性は、植物の効率的な窒素栄養の獲得を通した生存戦略の一つであると期待されます。どのようにイネの根はアンモニウムの濃度勾配を感知するのか、どうして硝酸態窒素に対しては屈性反応を示さないのか、他の植物ではどのような無機栄養が栄養屈性刺激となるのか、今後さらなる研究を進めていく予定です。

【成果の意義】
 本研究の成果である栄養屈性の発見により、生存に必須な資源である光・水分・無機栄養すべてに対して植物が屈性反応を示すことがわかりました。特に栄養は、その濃度勾配を畑や水田土壌中で生み出すことが施肥によって容易にできます。本研究の成果をきっかけに、栄養屈性の性質を向上させるような植物の品種改良や、根を効率的におびき寄せる肥料の開発などの展開が期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Plant and Cell physiology
論文タイトル
A positive tropism toward a nutrient source
著者
Kiyoshi Yamazaki*, Yoshihiro Ohmori, Toru Fujiwara*
DOI番号
10.1093/pcp/pcz218
論文URL
https://academic.oup.com/pcp/advance-article/doi/10.1093/pcp/pcz218/5663463

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
教授 藤原 徹(ふじわら とおる)
Tel/Fax:03-5841-5104
E-mail:atorufu<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
特任研究員 山崎 清志(やまざき きよし)
Tel/Fax: 03-5841-5104
E-mail: aykiyo<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 濃度勾配
    拡散や輸送によって生じる物質の溶媒中での濃度の違いのことを言います。本研究では栄養源から外側に向かって次第に濃度が低くなっていく無機栄養の濃度勾配を栄養刺激として用いました(図2参照)。
  • 注2 アンモニウム
    窒素原子と水素原子から成る、化学式NH4+の無機栄養です。作物の三大栄養素のうちの窒素栄養に含まれ、硝酸態窒素と区別してアンモニウム態窒素と呼ばれます。
  • 注3 無機栄養
    窒素や金属を含む栄養素であり、植物に必須な無機栄養素は14種あります。植物はこれらのほとんどを根からの吸収によって獲得しています。
  • 注4 光屈性・重力屈性・水分屈性
    光屈性は主に植物の地上部で見られる屈性で、光の光源に向かって植物体が曲がる現象をさします。重力屈性は植物の地上部と根両方で見られる屈性で、地上部では重力に逆らって曲がり、根では重力に従って曲がることをさします。地上では高いほど明るく、土壌中では深いほど湿潤である傾向があるため、重力屈性は光と水の効率的な獲得に貢献していると考えられます。水分屈性は根で見られる屈性で、水分の多い方に根が曲がる現象をさします。