発表者
村上 晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)
佐藤遼太(山形県家畜保健衛生所)
石田大歩(東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程)
片山美沙(東京大学農学部獣医学専修 学部生)
上間亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
堀本泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

発表のポイント

  • D型インフルエンザウイルスは、牛の死亡原因の多くを占める牛呼吸器病症候群(注1)の原因ウイルスと考えられています。
  • 私たちは、これまで報告されたD型インフルエンザウイルスとは異なる遺伝学的系統(注2)のウイルスを分離しました。
  • 今回分離したD型インフルエンザウイルスは、これまで報告されていた既知の遺伝学的系統の分離株とは異なる抗原性(注3)を持つことがわかりました。

発表概要

 牛の呼吸器病の原因ウイルスと考えられているD型インフルエンザウイルスは、3つの遺伝学的系統に分かれていることがこれまでに報告されています。今回私たちは、これら既知の遺伝学的系統には含まれない新しい系統のウイルスを分離しました。また、このウイルスの抗原性はこれまでのウイルス株とは異なることがわかりました。今回得られた知見は、わが国には複数の遺伝学的系統に属するD型インフルエンザウイルスが存在していることを明らかにするとともに、今後のD型インフルエンザワクチン開発におけるウイルス株選択において重要な情報を提供します。

発表内容


図 D型インフルエンザウイルスのHEF遺伝子の進化系統樹解析
 HEF遺伝子分節の塩基配列をもとに作成しました。今回、検出・分離した赤矢印で示した分離株は、これまでの系統の株とは異なる独立した遺伝子位置を示しています。

 インフルエンザウイルスは、内部タンパク質の性状によりA型からD型に分類されます。人の季節性インフルエンザはA型とB型ウイルスによりひき起こされます。C型ウイルスは人の幼児に感染し呼吸器症状を起こす場合があります。D型ウイルスは、2011年に米国の呼吸器症状の豚からC型ウイルスに類似したインフルエンザウイルスとして初めて分離されました。その後の調査で、D型ウイルスは牛呼吸器病症候群(BRDC)の原因ウイルスの一つであることがわかってきました。このD型ウイルスは欧米各国や中国、日本などで、主に牛から検出・分離されており、これらのD型ウイルスは、遺伝学的にOK系統、660系統、そして日本系統の3つに分類されています。また、これらの系統間ではウイルスのHEFタンパク質(注4)の抗原性が異なっていることがわかっていました。今回私たちは、わが国の牛からこれら既知の遺伝学的系統には含まれない新しい(第4の)系統を形成するウイルス株を分離しました。
 2019年1月に、山形県の農場で呼吸器症状を呈したホルスタイン9頭から、鼻腔スワブを採取し、D型ウイルスゲノムを特異的に検出するリアルタイムRT-PCRによって検査しました。その結果、9頭すべてが陽性であり、D型ウイルスの感染が認められました。一方、他のウイルス病原体の感染は認められませんでした。次に、陽性検体についてウイルスゲノムの全塩基配列を決定し、進化系統樹解析をしたところ、検出されたD型ウイルスはこれまでに報告のある3系統のいずれにも属していないことがわかりました(図)。さらに、スワブ検体を培養細胞に接種することで、ウイルスの分離にも成功しました。この分離ウイルスの抗原性について、私たちが作出した抗HEFモノクローナル抗体(注5)パネルを用いて調べたところ、既知の3系統に属するウイルス株とはHEF抗原性に違いがあることがわかりました。
 今回検出・分離したD型インフルエンザウイルスは、既知のウイルス株とは異なる第4の遺伝学的系統を形成することが明らかとなりました。つまり、わが国には複数の遺伝学的系統に属する抗原性の異なるD型ウイルスが侵淫していることが明らかになりました。この日本株の独自性についての知見は、ワクチン開発におけるウイルス株選択の重要性を示しています。今後は、日本における第4系統ウイルスの侵淫・流行状況を明らかにするための疫学調査が必要であると考えられます。

発表雑誌

雑誌名
Emerging Infectious Diseases
論文タイトル
Influenza D Virus of New Phylogenetic Lineage, Japan
著者
Shin Murakami, Ryota Sato, Hiroho Ishida, Misa Katayama, Akiko Takenaka-Uema, Taisuke Horimoto
DOI番号
10.3201/eid2601.191092
論文URL
https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/26/1/19-1092_article

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
准教授 村上 晋(むらかみ しん)
Tel:03-5841-5398
Fax:03-5841-8184
E-mail:amurakam<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel: 03-5841-5396
Email: ahorimo@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 牛呼吸器病症候群
    様々なウイルスや細菌などの感染を原因とするウシの呼吸器複合病。肥育牛に蔓延した場合の死亡率は高く、そのワクチン開発が世界的に期待されている。BRDC(bovine respiratory disease complex)とも呼ばれる。
  • 注2 遺伝学的系統
    塩基配列を用いて解析した、生物が進化してきた系統のこと。
  • 注3 抗原性
    タンパク質が抗体と特異的に結合することができる性質のこと。この場合はウイルスのタンパク質とウイルスタンパク質に対する抗体の反応性を表す。
  • 注4 HEFタンパク質
    hemagglutinin-esterase-fusionタンパク質。ウイルス粒子の表面にあって、ウイルスが細胞に感染するときに働くタンパク質のこと。HEFタンパク質に対する抗体には感染を防御する効果をもつものがある。
  • 注5 モノクローナル抗体
    クローン化された抗体産生細胞で作られる抗体のこと。モノクローナル抗体は単一の抗原決定基を持つため、抗原性の異なるHEFタンパク質には反応しない。