発表者
櫻庭 康仁(東京大学生物生産工学研究センター 助教)
Dami Kim (Jeonnam Agricultural Research & Extension Services,Republic of Korea)
Su-Hyun Han (Korea Samsung bioepis, Republic of Korea)
Suk-Hwan Kim (Seoul National University, Republic of Korea)
Weilan Piao (Seoul National University, Republic of Korea)
柳澤 修一(東京大学生物生産工学研究センター 教授)
Gynheung An (Kyung Hee University, Republic of Korea)
Nam-Chon Paek (Seoul National University, Republic of Korea)

発表のポイント

  • イネにおいて、アブシジン酸(ABA)応答に関わるNAC転写因子ONAC054を同定し、その活性調節機構を分子レベルで明らかにしました。
  • ONAC054の活性は、発現レベル、ABA依存的な局在変化、選択的スプライシングなど複数のプロセスにより精密に調節されていることを明らかにしました。
  • イネのABA応答に関わる新規制御機構の発見は、環境ストレス下で品質や収量を保つ有用イネ品種の開発に繋がることが期待されます。

発表概要

 NAC転写因子ファミリーは植物特異的な転写因子群であり、モデル植物のシロイヌナズナを用いた研究では、複数のNAC転写因子が環境ストレス応答や葉の老化に関与していることが報告されています。しかしながら、イネや他の作物におけるNAC転写因子の機能は、まだその多くが明らかになっていませんでした。東京大学生物生産工学研究センターと韓国ソウル大学の共同研究グループは、イネNAC転写因子の1つであるONAC054が、環境ストレス下で蓄積する植物ホルモンであるABAの応答機構の制御に重要な役割を担っていることを発見しました。C末端に膜貫通ドメインを持つONAC054は通常小胞体に局在していますが、ABA存在下では核へ移行し、ABAシグナル伝達や葉の老化に関連する遺伝子の発現を上昇させることが本研究により示されました。本研究で見出されたONAC054の活性の多重制御機構により、イネにおけるABA応答のより精密な制御が可能となり、環境ストレス下で生産性の高いイネ品種の開発に繋がることが期待されます。

発表内容


図1 生殖成長期におけるonac054遺伝子破壊株の表現型。出穂後50日目において、onac054遺伝子破壊株は野生型株比べ葉の黄化の遅延を示す。


図2 ONAC054の活性の多重制御機構。C末端に膜貫通ドメインを持つONAC054αはABA非存在下では小胞体に局在している(左図)。一方ABA存在下では、膜貫通ドメインが切断され核へ移行し、また選択的スプライシングのアイソフォームであるONAC054βの発現も顕著に上昇し、ABA応答を増大させる。核に局在するONAC054は、ABA応答に関わるABI5遺伝子や葉の老化に関連するNYC1遺伝子の発現を直接的に上昇させる(右図)。

 NAC転写因子ファミリーは、動物や酵母には見つからない植物特異的な転写因子(注1)の1つであり、植物ホルモンを介した環境ストレス応答や、葉の老化など、植物に固有の現象の制御に関わることがモデル植物であるシロイヌナズナを用いた研究によって明らかになってきています。一方、主要作物であるイネには150を超えるNAC転写因子が存在しますが、未だ多くのイネNAC転写因子の生理的役割は不明なままです。

 今回、東京大学生物生産工学研究センターと韓国ソウル大学の共同研究グループは、今まで機能が分かっていなかったイネNAC転写因子ONAC054が、アブシジン酸(ABA)(注2)に対する応答の制御に関わることを明らかにしました。ONAC054遺伝子の破壊株は、生殖成長期に葉の黄化の遅延が見られる変異株として見出されました(図1)。また、onac054破壊株はABA処理時に葉の黄化が強く抑制され、一方、ONAC054過剰発現株では促進されることが分かり、ONAC054がABA応答の促進因子として働いていることが示唆されました。ONAC054は、C末端に膜貫通ドメインを持つ膜結合型転写因子であり、ABA非存在下では小胞体に局在し、一方ABA存在下では、膜貫通ドメインが切断され核へ移行することが分かりました (図2)。クロマチン免疫沈降法による解析やプロトプラストを用いた一過的発現系解析などによって、核へ局在するONAC054はABAシグナル伝達に関連するABI5遺伝子や葉の老化に関連するNYC1遺伝子の発現を直接的に上昇させることが明らかになりました。さらに、ONAC054には選択的スプライシング(注3)により生じたアイソフォーム(ONAC054β)が存在することが分かり、このONAC054βがC末端の膜貫通ドメインを持たず、ABA非存在下においても核に局在していることも明らかになりました (図2)。

 ABAは、乾燥などの環境ストレス下で蓄積し、植物のストレス耐性を誘導する重要な植物ホルモンとして知られています。一方、適切な量を超えたABAは、成長過程での葉の黄化など、様々な農業上の問題を引き起こします。そのため、ABAの蓄積およびシグナル伝達は様々な環境要因に合わせて制御されていると考えられています。本研究において、イネのABA応答において、複数のプロセスにより多重制御されるONAC054の活性が重要な要因の1つであることが示されました。したがって、今回の発見によりイネにおけるABA応答のより精密な制御が可能となり、環境ストレス下で品質や収量を保つ有用イネ品種の開発に繋がることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
The Plant Cell(令和2年1月6日, online advanced publication)
論文タイトル
Multilayered regulation of membrane-bound ONAC054 is essential for abscisic acid-induced leaf senescence in rice.
著者
Yasuhito Sakuraba, Dami Kim, Su-Hyun Han, Suk-Hwan Kim, Weilan Piao, Shuichi Yanagisawa, Gynheung An, Nam-Chon Paek
DOI番号
10.1105/tpc.19.00569
論文URL
http://www.plantcell.org/content/early/2020/01/06/tpc.19.00569

問い合わせ先

東京大学生物生産工学研究センター
助教 櫻庭 康仁(さくらば やすひと)
Tel:03-5841-2407
E-mail:usakurab<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
教授 柳澤 修一(やなぎさわ しゅういち)
Tel: 03-5841-3066
Email: asyanagi<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 転写因子
    遺伝情報(DNA配列)を基に対応するRNAを合成することは転写と呼ばれ、転写が遺伝子の発現の最初のステップとなっています。転写量の調節は遺伝情報の発現制御の主要なステップであり、転写量の調節に直接、関わる因子は転写因子と呼ばれています。
  • 注2 アブシジン酸
    植物ホルモンの1種で、種子の登熟、気孔の開閉、ストレス応答、葉の黄化などに関わることが知られています。
  • 注3 選択的スプライシング
    未成熟mRNAからイントロンとして切り出す箇所の違いにより、1つの遺伝子から塩基配列の異なる複数の成熟mRNAが作り出される現象を選択的スプライシングと呼びます。