発表者
浅野友子(東京大学大学院農学生命科学研究科:講師)
内田太郎(筑波大学生命環境系:准教授)
友村光秀(株式会社気象工学研究所技術グループ)

発表のポイント

  • 大雨時に山地斜面で降雨のピークが地中を伝わる早さを定量化する新たな方法を考案しました。
  • 大雨時にほとんどの雨水は地中にいったんしみこみますが、大雨のピークは地中を通って2分以下で河川水位のピークとなりました。ピークの伝わる速さを計算すると0.04-4.3 m/sで、これまで計測されてきた地中水の流速(0.001-0.1 m/s)と比べて速い結果が得られました。
  • この結果は、大雨時の湿潤な急斜面では、圧力の伝播による水移動が主であることを示唆します。

発表概要

 山地流域に豪雨があると、河川は急激に増水し、時には災害を引き起こします。大雨時の斜面で降雨が地中を移動する速度がよくわかっていないため、山地流域では鉄砲水など急激で大幅な増水の予測が難しい状況です。そこで、本研究では、大雨時に流域内の斜面全体で降雨ピークの伝わる速さ(ピーク伝播速度)を定量化する新たな方法を考案しました。この方法を用い、東京大学大学院農学生命科学研究科附属樹芸研究所の青野研究林において、斜面全体のピーク伝播速度を世界で初めて定量化しました。大雨時に降雨ピークが地中を伝播するのにかかる時間は思いのほか短く、2分以内にほとんどの斜面でほぼ一斉に降雨ピークが河川に伝わり、河川水位を上昇させることがわかりました。このときピーク伝播速度を計算すると0.04-4.3m/sと速く、大雨時の地中の降雨ピーク伝播は流速(個々の水分子の移動)ではなく、波速(圧力の伝播)ととらえるほうがより実態に即していて、予測精度の向上につながることが示唆されました。

発表内容


図1 東京大学樹芸研究所青野研究林とその周辺の地形図と、水位観測地点(●)の位置。
本研究で提案する方法では、流域内の複数地点に水位計を設置し、1分間隔で水位を観測します。降雨ピークと流出ピークの差を遅れ時間とし、各水位観測地点までの河道長とピーク遅れ時間の関係からピーク伝播速度、遅れ時間を計算しました。


図2 観測した大雨の多くで、河道長の最頻値とピーク遅れ時間に比例関係がありました。この関係の切片から斜面のピーク遅れ時間を、傾きから河道のピーク伝播速度を得ました。

[研究背景と内容]
 気候変動により、豪雨の規模や頻度が増加している現在、実態理解に基づく大雨時の洪水予測精度向上は大きな課題です。山地では、流域は主に斜面と河道からなります。特に斜面内で雨水が移動する速度の定量化とメカニズム理解が大雨時の洪水予測精度を大きく向上させると考えられてきましたが、これまでは定量化する有効な方法がなく、実態理解が進まない状況でした。
 本研究では、流域内の複数地点で大雨時に短い時間間隔で水位を観測し、地形データとあわせて解析することにより、流域内の斜面全体の平均的な降雨ピーク伝播速度を求める新たな方法を考案しました。また、考案した方法で斜面のピーク伝播速度を定量化しました。
 新しい方法では、流域内の複数地点(16カ所)に水位計を設置し、1分間隔で水位を観測しました(図1)。観測した20以上の雨について、それぞれ降雨ピークと流出ピークの時間差をピーク遅れ時間として抽出しました。その際、降雨の空間分布も考慮しました。また、DEM(数値標高モデル)を用いた地形解析から、河道長と斜面長を求めました。観測した総降水量38~198ミリのまとまった降雨の多くで、河道長とピーク遅れ時間に比例関係がありました(図2)。この比例関係の切片から斜面でのピーク遅れ時間を、傾きから河道でのピーク伝播速度を得ることができました。
 大雨といっても、総量よりは、降雨強度が斜面のピーク伝播速度に大きく影響を与えていました。そして、特に降雨強度の大きかった雨では、降雨ピークは地中を素早く伝わって2分以内に河川に達することがわかりました。そのときのピーク伝播速度は0.04から4.3m/sと計算され、これまで計測されてきた流速と比べるとかなり速い場合があることがわかりました。

[成果の意義]
 今回開発した方法は他の流域にも適用できるので、今後、洪水予測精度向上に必要な情報の蓄積がすすむと考えられます。
 また、本研究では、年に1-2回あるような降雨時でも、斜面内のピーク伝播速度はとても速いことがわかりました。このような状況下でさらに雨が降りすすむと、降った雨はすぐに河川に流出し、水位や流量をさらに増加させると考えられます。本研究で得られた流域の水移動プロセスの実態理解や定量化は、洪水予測精度の向上、洪水災害の抑制につながると考えています。

発表雑誌

雑誌名
Water Resources Research
論文タイトル
A Novel Method of Quantifying Catchment‐Wide Average Peak Propagation Speed in Hillslopes: Fast Hillslope Responses are Detected During Annual Floods in a Steep Humid Catchment
著者
Yuko Asano, Taro Uchida, and Mitsuhide Tomomura
DOI番号
10.1029/2019WR025070
論文URL
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2019WR025070

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林 秩父演習林
講師 浅野 友子(あさの ゆうこ)
Tel:0494-22-0272
Fax:0494-23-9620
E-mail:yasano<アット>uf.a.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。