発表者
鹿内勇佑 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員)
吉田亮祐 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程学生:当時)
平野朋子 (京都府立大学 大学院生命環境科学研究科 特任助教)
榎本裕介 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
李保海 (浙江大学)
淺田真由 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程学生:当時)
山上睦 (環境科学技術研究所 環境影響研究部)
山口勝司 (基礎生物学研究所生物機能情報分析室 主任)
重信秀治 (基礎生物学研究所生物機能情報分析室 教授)
田畑亮 (名古屋大学 大学院生命農学研究科 植物情報分子研究室 特任講師)
澤進一郎 (熊本大学 大学院先端科学研究部(理) 教授)
岡田啓希 (ペンシルバニア大学)
大矢禎一 (東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授)
神谷岳洋 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
藤原徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • 植物のモデル生物であるシロイヌナズナの変異株の解析から、カルシウム欠乏条件での生育に必要な遺伝子としてGSL10を同定しました。
  • GSL10はカルシウム欠乏条件におけるカロース(※注1)の合成を担うことと、 壊死の抑制を担うことが明らかになりました。
  • カルシウム欠乏耐性機構の解明は、カルシウム欠乏症を発症しにくい作物の作出に繋がることが期待されます。

発表概要

植物の必須元素は現在17種類知られており、そのうち多量に必要とされる元素の1つにカルシウムがあります。カルシウムの欠乏症は農業生産に被害をもたらしており、特徴的な欠乏症としてトマトの尻腐れ症やハクサイのチップバーン・芯腐れ症などが知られていますが、植物がどのようにカルシウム不足に応答・適応しているかについての知見は未だ限られています。

 東京大学大学院農学生命科学研究科の鹿内勇佑特任研究員、神谷岳洋准教授、藤原徹教授らは、シロイヌナズナを材料に用いて、カルシウム欠乏条件で生育が著しく悪くなる変異株を解析し、低カルシウム条件での本葉の発達に必須な遺伝子として、植物の細胞壁の成分の1つであるカロースを合成する酵素をコードする遺伝子の1つであるGSL10を同定しました。  その後の解析によって、GSL10は、カルシウム欠乏時の細胞死を抑制すること、カルシウム欠乏時のカロースの蓄積を担うことが明らかになりました。 本成果は、これまでほとんど知られていなかった植物のカルシウム欠乏への応答の一端を明らかにしたものであり、カルシウム欠乏症の起こりにくい作物の育種のための基礎的な知見となることが期待されます。

発表内容


A 通常および低カルシウム条件でのgsl10変異株。 gsl10 変異株は上段の通常条件ではほぼ正常に生育するが、下段の低カルシウム条件では左の野生型株と比較し生育が著しく抑制される。 バーは1 cm。
B トリパンブルー染色による新葉部の死細胞の染色写真。gsl10変異株は低カルシウム条件で新葉に青く染まる死んだ細胞が顕著に見られる。バーは200 µm。

植物はその生育に様々な無機栄養を必要とし、これらが欠乏すると欠乏症を呈します。 農業における作物栽培では、欠乏症による収量や品質の低下を避けるため、これらの必須元素を肥料として与えることが必要です。  

 必須元素の1つにカルシウムがあります。 カルシウムは植物の細胞壁を作るための材料となる成分です。 植物はカルシウムを土壌から根の導管を通じて主に蒸散流によって吸収します。 若い葉や果実などの組織は細胞壁合成が盛んであるために、その材料としてのカルシウムを多く必要とすると考えられます。しかしながら、蒸散流によって吸収される特性のため、カルシウムは蒸散の盛んな古くて大きい葉には蓄積しやすい一方、若い組織には運ばれにくい性質があります。このため、たとえカルシウム施肥を土壌に行なっても、植物体内での局所的なカルシウム欠乏は完全には防げないという現状があります。実際に、カルシウム欠乏症としてよく知られるトマトの尻腐れ症やハクサイのチップバーンなどは、果実や若い葉の先端など、蒸散の少ない組織で発生します。カルシウム欠乏症の克服のための1つの方策として、植物のカルシウム欠乏適応機構の解明を基盤とした耐性品種の育種が考えられます。

 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の鹿内勇佑特任研究員、神谷岳洋准教授、藤原徹教授らの研究グループは、植物のモデル生物であるシロイヌナズナの変異株の解析を行ない、植物のカルシウム欠乏耐性機構の一端を解明しました。研究グループは、通常の条件では普通に生育できるが、低カルシウム条件では生育の悪くなるシロイヌナズナの突然変異株の解析を行ない、Glucan Synthase Like 10 (GSL10)という遺伝子が低カルシウム条件での生育に必須な遺伝子であることを明らかにしました。GSL10は、細胞壁多糖の1つであるb-1,3 グルカン(植物ではカロースと呼ばれる)の合成酵素をコード(※注2)すると予測されていました。研究グループは、GSL10のDNA配列を酵母に導入し、GSL10の遺伝子産物が実際にb-1,3グルカン合成酵素として機能しうることを示しました。また、シロイヌナズナは低カルシウム条件でGSL10依存的にカロースを蓄積することを明らかにしました。さらに、カロース合成阻害剤を処理すると、低カルシウム条件での生育が悪くなり、新葉に細胞死が起こることを明らかにしました。以上から、カロースの合成が低カルシウム条件での細胞死の抑制を担うことを明らかになりました。さらに、研究グループは、トランスクリプトーム解析(※注3)によって、低カルシウム条件では植物が病気になった時と同様の転写変動が起きており、GSL10はこれらの転写変動を抑制することが示唆されました。

 作物のカルシウム欠乏症克服のためには、耐性品種の育種が必要です。本研究は、植物のカロースの合成によるカルシウム欠乏耐性機構の存在を示すものであり、耐性品種の効率的な育種のための基礎的な知見となることを期待しています。さらに、細胞死を制御する分子機構という基礎科学的な意味でも重要な知見となると考えています。

 本研究は、日本学術振興会 科学研究補助金(特別研究員奨励費:17J06965、基盤B:17H03782、基盤S:25221202、19H05637、新学術領域研究:15H01224、18H05490)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Plant Physiology
論文タイトル
Callose synthesis suppresses cell death induced by low-calcium conditions in leaves
著者
Yusuke Shikanai, Ryosuke Yoshida, Tomoko Hirano, Yusuke Enomoto, Baohai Li, Mayu Asada, Mutsumi Yamagami, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Ryo Tabata, Shinichiro Sawa, Hiroki Okada, Yoshikazu Ohya, Takehiro Kamiya, Toru Fujiwara
DOI番号
10.1104/pp.19.00784
論文URL
http://www.plantphysiol.org/content/early/2020/02/05/pp.19.00784

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
教授 藤原 徹(ふじわら とおる)
Tel:03-5841-5104
Fax:03-5841-8032
E-mail:atorufu<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 カロース
    グルコースがb-1,3 結合でつながったb-1,3グルカンを主鎖とする細胞壁多糖。 細胞分裂時の細胞板形成、原形質連絡の制御、篩板の透過性の制御、病害応答などで重要であることが知られている。
  • 注2 コード
    あるDNA配列がそれに対応するタンパク質の配列を指定する役割を持っていること。
  • 注3 トランスクリプトーム解析
    ある条件での数万種類のmRNAの量を調べることで、その条件が生物にどのような影響を与えているかを調べる手法。