発表者

小林 幸司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任研究員)
清水 直行(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特定研究員)
松下 誠司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任研究員)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 飼育ケージ内のマウスの動きを昼夜24時間にわたって撮影し、マウスの重心の動きを追うことで、自発運動量 (注1) を自動的に測定する方法を開発した。
  • この方法を用いて、中枢神経を興奮させるカフェイン (注2) や、逆に中枢神経の活動を抑制するクロルプロマジン(注3) の投与が、マウスの自発運動量を変化させることを、長時間継続的に評価することができた。
  • 本研究によって、非侵襲・無拘束の通常飼育環境下で飼育されている複数のマウスの動きを自動的に、長期間にわたって評価できる方法が確立された。

発表概要

 マウスやラットといった実験動物の自発運動量の評価は、これらの動物の健康状態、精神状態を反映するパラメータとして、基礎研究や創薬研究の現場で広く使われている。しかし現在使われている測定方法では、特殊な設備を用いてマウスやラットの移動量を計測したり、評価者が動物を長時間観察し続けたりする必要がある。東京大学大学院農学生命科学研究科の村田幸久准教授・小林幸司研究員らの研究グループは、赤外線カメラを用いて複数の通常ケージ内で、非侵襲・無拘束の自然な状態で飼育されているマウスを同時に24時間撮影し、その動画から自動的に自発運動量を測定するシステムを確立した。このシステムを用いて、興奮薬であるカフェインや、鎮静薬であるクロルプロマジンによる自発運動量の変化を感度高くとらえることにも成功し、薬の評価にも有用であることを示した。このシステムは、研究にかかるコストや効率を改善できる点と、実験動物をより自然な環境下で評価できる点で、画期的である。

発表内容

左: 自発運動量計測システムの概略
(1) ケージ内で飼育したマウスの動きを、(2) 赤外線カメラで撮影し、(3) 重心の動きを追うことで自発運動量を計測した。

右: 薬剤投与後の自発運動量の変化
マウスに、溶媒である生理食塩水、カフェイン (25 mg/kg)、あるいはクロルプロマジン (5 mg/kg) を投与し、投与直後から8時間にわたってマウスの自発運動量を測定した。(4)典型な結果例を示した。

【研究の背景】
 マウスの自発運動は、マウスの健康状態や精神状態を反映する重要なパラメータである。現在使われている実験動物の自発運動量の評価方法として、赤外線センサーによる動きの検出、ケージ内に設置した回転かごを回した数の測定、肉眼による観察などが挙げられる。しかし、これらの方法には、特別な装置や解析ソフトウェアを使用する必要がある、感度が低い、通常の飼育環境下で測定できない、ヒトが長時間観察できない、など様々な問題点がある。
 本研究では、通常の飼育環境下で長時間、かつ簡便にマウスの自発運動量を評価する方法の開発を試みた。

【研究の内容】
 複数のマウスをケージで個別に飼育し、赤外線を認識できるビデオカメラを用いてマウスの動きを撮影した (添付資料の図左)。昼間はLEDライトを、夜間は赤外線ライトを飼育室内に照射した。撮影した動画をフレームごとに分割し、各フレームにおけるマウスの重心を算出した。1秒ごとの重心の移動量をマウスの行動量とした。
 24時間の撮影を行ってマウスの自発運動量を解析したところ、マウスは活動的な時間と、休んでいる時間を何回も繰り返すこと、昼間(明るい)よりも夜間(暗い)の運動量が多いことが確認できた。また、自発運動量が時間とともにどのような周期で変化しているのかを解析することにより、マウスが活動している時間と、休んでいる時間を自動的に分類することができた。
 このシステムを用いて薬剤投与が自発運動に与える影響を評価した (添付資料の図右)。マウスに中枢神経興奮薬であるカフェイン (25 mg/kg) を投与すると、投与3時間後まで自発運動量が顕著に増加し、その後減少した。鎮静薬であるクロルプロマジン (5 mg/kg) をマウスに投与すると、自発運動はほぼ消失し、その効果は投与8時間後まで継続した。

【結論と意義】
 本研究によって、動画から自動的にマウスの自発運動を解析できる方法が確立された。また、この方法を用いることで、薬剤投与後の自発運動の解析も可能であることも示された。本研究成果は、動物を用いた実験の省力化およびスループット性の向上につながることが期待される。また、動物にかける負荷もより少ないことから動物福祉の観点からも本法は優れている。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Pharmacological Sciences
論文タイトル
The assessment of mouse spontaneous locomotor activity using motion picture.
著者
Koji Kobayashi, Naoyuki Shimizu, Seiji Matsushita, Takahisa Murata
DOI番号
10.1016/j.jphs.2020.02.003
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1347861320300153?via%3Dihub

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5394
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 自発運動量
    マウスを通常の飼育環境下で自由に飼育した時の運動量のこと。明暗周期やマウスの精神状態、健康状態によって大きく変化することが知られている。
  • 注2 カフェイン
    コーヒーや茶などに含まれる有機化合物。脳の活動を抑制するアデノシン受容体を遮断することで、覚醒作用を発揮する。
  • 注3 クロルプロマジン
    鎮静薬や、抗嘔吐薬、統合失調症の治療薬として使用される医薬品。脳の活動を亢進させるドパミン受容体を遮断することで、鎮静作用を発揮する。