発表者
阿野 泰久 (キリンホールディングス株式会社 R&D本部 健康技術研究所)
李  俊佑 (東京大学 大学院農学生命科学研究科附属牧場 准教授)
城本 崇広 (メルシャン株式会社 八代工場)
栗原 大治 (メルシャン株式会社 八代工場)
西村 亮平 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)
中山 裕之 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)
桑原 正貴 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授)

発表のポイント

  • 焼酎粕の給餌は豚の血中コルチゾール値を改善しました。焼酎粕を給餌した豚のフィレ肉は対照肉と比較してオレイン酸を多く含み、官能評価スコアが有意に上昇しました。
  • 焼酎粕または焼酎粕に多く含まれるロイシン-ヒスチジン ジペプチドのストレスモデルマウスへの投与はストレスによる不安様行動を改善しました。
  • 焼酎粕給餌による家畜のストレス緩和および肉質改善が実証されました。今後のさらなる有効利活用法が期待されます。

発表概要

 焼酎粕は様々なペプチドや二次代謝物を含んでいますが、動物における生理機能はほとんど分かっておらず、一部が家畜の餌として利用されるに留まっています。今回、東京大学附属牧場は、キリンホールディングス株式会社、メルシャン株式会社との共同研究により、焼酎粕を給餌した豚の血中コルチゾール値が減少し、唾液中のIgAが増加することを見出しました。さらに、フィレ肉およびロース肉の分析により、焼酎粕給餌した豚の肉は対照肉と比較してオレイン酸の割合が多く、官能評価スコアも高くなることが確認されました。さらに焼酎粕に多く含まれるロイシン-ヒスチジン ジペプチドを拘束ストレスモデルマウスに投与すると不安様行動が改善されることも見出しました。これらの結果から、焼酎粕給餌による家畜のストレス緩和と肉質向上が期待されます。今後、これらの知見を利活用することで焼酎粕の有効利用が進むと思われます。

発表内容


図1 東京大学附属牧場における焼酎粕の給餌


図2 血清中コルチゾール濃度
焼酎粕群では対照群と比較してコルチゾール濃度が有意に低下している。**p < 0.01


図3 フィレ肉およびロース肉中のオレイン酸の割合
焼酎粕群では対照群と比較してフィレ肉およびロース肉中のオレイン酸割合が増加している。*p < 0.05


図4 豚肉の官能評価結果
焼酎粕群の豚肉で多汁性、うま味、脂っぽい香りが対照群と比較して有意に高いスコアを示す。*p < 0.05

【研究背景】
 焼酎粕は、麹菌を用いた発酵工程を経る焼酎製造の蒸留残渣であり、様々なペプチドや二次代謝物を含んでいます。その処分方法が厳格化される中、焼酎粕の有効利用はあまり進まず、一部が家畜の餌とされる程度に留まっています。我々の研究グループは、これまでロイシン­-ヒスチジンのジペプチド投与がストレスを緩和すること、およびこのジペプチドは焼酎粕に多く含まれることを見出しました。そこで、焼酎粕の給餌が家畜のストレス状態および肉質に及ぼす影響を評価し、その有用性を実証する研究を行いました。

【研究内容】
 メルシャン株式会社八代工場で麦焼酎製造時に生じる残渣(焼酎粕)を含む飼料、または対照飼料を、東京大学附属牧場で飼育されているSPF豚 に給餌しました(図1)。
 給餌開始後、血清コルチゾール濃度と唾液中のIgA濃度を経時的に測定しました。その結果、血清コルチゾール濃度は焼酎粕群では対照群と比較して有意に低く、唾液中のIgA濃度は有意に高くなりました(図2)。したがって、焼酎粕給餌は豚のストレスを低減することが確認されました。
続いて、大腰筋(フィレ肉)および第12-13胸椎間のロース肉を採材し、成分分析および、家畜改良センターのマニュアルに準じた盲検化官能評価を行いました。その結果、焼酎粕群のフィレ肉とロース肉では、オレイン酸量が有意に増加し(図3)、脂肪融点が低下しました。官能評価の結果、焼酎粕群のロース肉の柔らかさ、フィレ肉の多汁感、旨味、脂っぽい香りが対照肉と比べて高スコアでした(図4)。焼酎粕給餌によりオレイン酸が増加したことが官能スコアの増加に関与したと考えられます。コルチゾール量とオレイン酸量は相関することが報告されていることから、焼酎粕の給餌は豚のストレスを低減、気分を安定化し、その結果肉質向上に至ったと考えられます。

さらに、拘束ストレスモデルマウスへの焼酎粕およびロイシン-ヒスチジン ジペプチド給餌の効果を検証した結果、ストレスによる血中コルチゾール増加と前頭葉皮質ドーパミン量低下が改善され、不安様行動も改善されました。焼酎粕中のロイシン-ヒスチジン ジペプチドが有効成分として働くことが推測されました。

【社会的意義と今後の展開】
 焼酎の製造量がとくに多い九州地区では、焼酎粕の有効利活用は大きな課題となっています。今回の研究で、焼酎粕が家畜の健康増進と畜産物の付加価値向上に活用できることが実証されました。今後、これらの知見を活かした焼酎粕のさらなる有効利用法が開発されることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Food Chemistry
論文タイトル
Distillation remnants of shochu, a traditional Japanese liquor, improve pork meat quality by reducing stress
著者
Yasuhisa Ano, Jun You Li, Takahiro Jomoto, Daiji Kurihara, Ryohei Nishimura, Hiroyuki Nakayama, Masayoshi Kuwahara
DOI番号
10.1016/j.foodchem.2020.126488
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308814620303502

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医衛生学研究室
教授 桑原 正貴(くわはら まさよし)
Tel/Fax:03-5841-5389
E-mail:akuwam<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 コルチゾール
    コルチゾールは、副腎皮質ホルモンである糖質コルチコイドの一種で、生体にとって必須のホルモンである。ストレスにより分泌が亢進され、免疫機能の低下と関連する。
  • 注2 オレイン酸
    一価の不飽和脂肪酸で、血中コレステロールを適正に保つ働きなどが報告されている。