発表者
牧野義雄(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 准教授)
井上 潤(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 大学院生:当時)
王 孝雯(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 大学院生:当時)
吉村正俊(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 助教)
前島健作(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
舟山(野口)幸子(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士研究員)
山田 毅(住友ベークライト株式会社 P-プラス・食品包装営業部 担当部長)
野口 航(東京薬科大学生物科学部 応用生命科学科 教授)

発表のポイント

  • 低O2、高CO2環境では、ブロッコリー中のO2消費酵素の1種「オルタナティブオキシダーゼ」の誘導量が抑制され、鮮度(質量や栄養成分)が保持されました。
  • 「オルタナティブオキシダーゼ」の誘導量を抑制することにより、低O2環境でも支障なくブロッコリーは生き続けられることが明らかになりました。
  • 評価基準が曖昧な鮮度の酵素量に基づく点数評価や、鮮度低下の原因となる酵素を持たない、鮮度が長持ちする品種の育種を通じて、食品ロス削減に貢献できる可能性があります。

発表概要

 CA貯蔵(注1)が野菜・果物の鮮度保持に有効である理由を、東京大学大学院農学生命科学研究科 牧野准教授らは植物生理学的研究により明らかにしました。ブロッコリーをO2 2.5%、CO2 6.0%の気体環境に置き、1℃で21日間保存したところ、オルタナティブオキシダーゼ(AOX)(注2)の誘導量(注3)が、大気環境(O2 21.0%、CO2 0.04%)に比べて少ないことを発見しました。CA貯蔵の鮮度保持法としての有効性は100年以上前から知られていましたが、その理由がAOX誘導の抑制であることは、牧野准教授らの研究以前には知られていませんでした。AOXは細胞内でのO2消費酵素であり、O2消費に伴い、質量減少、栄養成分消耗などの鮮度低下が促進されますが、その誘導量が抑制されれば鮮度は保持されます。また、人間であれば危険とされる低濃度のO2環境でも、ブロッコリーはAOX誘導量を抑制することにより、支障なく生き続けられることを明らかにしました。鮮度低下に伴いAOX量が増加する傾向がみられたことから、現状では評価基準が曖昧な鮮度を、AOX量を指標として点数化し客観的に評価する、あるいは、AOX誘導量が少なく鮮度保持期間の長い品種が育成される可能性があるなど、食品ロス削減に寄与する社会的意義や将来の展望が考えられます。

発表内容


図 低O2環境におけるブロッコリー中栄養成分分解抑制(鮮度保持)機作
 CA貯蔵のような低O2環境下ではオルタナティブオキシダーゼ誘導量の抑制に伴い、ブロッコリー栄養成分の分解が抑制される。アデノシン5'-二リン酸(ADP)からエネルギー物質であるアデノシン5'-三リン酸(ATP)を生成するシトクロムcオキシダーゼの誘導量は安定的に保持される。

 Controlled atmosphere (CA)貯蔵は野菜・果物を低O2、高CO2環境で保存することにより鮮度保持期間を長くする保存方法であり、わが国では青森県産リンゴ果実の長期保存に利用され、国産品の周年供給を可能にしています。当該技術はイギリスのKidd博士により、種子を試料とした実験データに基づき1914年に初めて報告され、今では多くの野菜・果物に対する有効な鮮度保持法として認知されています。しかし変色、水分ロス、ビタミンC等栄養成分消耗の抑制といった鮮度保持効果については報告されていますが、鮮度が保持される機作については発見から100年以上もの間不明なままでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科 牧野准教授らは、低O2、高CO2環境では野菜・果物の呼吸が抑制され、鮮度が保持されることに着目し、呼吸を司る酵素の量や活性が気体環境の影響を受けているとの仮説を立てました。2017年には、低O2、高CO2環境でブロッコリー中のオルタナティブオキシダーゼ(AOX)の誘導量が、大気環境(O2 21.0%、CO2 0.04%)に比べて少なかったことを発見し、論文出版により報告しました。しかし、25℃、約50時間という高温・短時間保存での結果であり、実用的な低温・長期保存でも再現するか不明な状況でした。そこで、CA貯蔵でも同じ現象が再現されるか確認するため、研究を行いました。
 CA貯蔵が鮮度保持に有効と報告されているブロッコリーを試料として選択し、鮮度保持に有効とされるO2 2.5%、CO2 6.0%の気体環境に置き、1℃で21日間保存するとともに、O2消費酵素「オルタナティブオキシダーゼ(AOX)」、「シトクロムcオキシダーゼ(COX)(注4)」の誘導量と活性を経時的に測定しました。その結果、CA貯蔵の場合、大気環境(O2 21.0%、CO2 0.04%)に比べてAOXの誘導量が少ないことを発見しました。反面、COXの誘導量は貯蔵期間中安定し、気体環境による影響を受けませんでした。なお、COXは動植物が共通で保有するO2消費酵素であり、生命活動のため必須のエネルギー物質「アデノシン5'-三リン酸(ATP)(注5)」を作り出す役割を果たします。一方AOXは動物には存在せず、植物に特有のO2消費酵素であり、ATP作出には関与しません。以上の結果から、野菜・果実のような植物体は、環境O2濃度が低下した場合、重要な役割を果たすCOXの誘導量は安定的に保持する一方、もう一つのO2消費酵素であるAOXは、環境O2濃度の増減に応じて誘導量が調節され、周囲の変化に対応していることが明らかになりました。AOXの誘導量が多くなればそれに伴い、保有する栄養成分の消耗が多くなるため、その抑制は、鮮度保持のため有効と考えられます。
 多くの野菜・果物では1~5%が鮮度保持に適切なO2濃度として推奨されています。一方、人間のような哺乳類の場合、18%が安全限界、6~8%では数分以内に死亡すると報告されています。この違いは、保有するO2消費酵素の種類と関係があると考えられ、COXしか持たない人間の場合、環境O2濃度の低下とともにATP生成量が減少して生命活動に支障が生じるのに対し、野菜・果物は低O2環境においてもCOX誘導量とATP生成量を安定的に維持する一方、過剰なO2をAOXで酸化することが可能であるため、低O2環境であっても細胞が死ぬことはありません。
 AOX誘導量はブロッコリーの鮮度低下とともに増加する傾向がみられたことから、鮮度の客観的指標(点数化)として利用できると考えられます。本研究成果を簡易な鮮度判定キットなどの形で実用すれば、流通・小売り現場で容易に客観的な鮮度評価が可能になり、鮮度低下の兆候がみられる生鮮野菜は加工・調理用食材に転用するなど工夫すれば鮮度低下による廃棄が抑制され、食品ロス削減のため貢献できる可能性があります。さらに、AOX誘導量の少ない野菜品種を育種すれば、収穫後の鮮度保持期間が長くなり、廃棄量が抑制され、食品ロス削減効果が見込まれます。
 今後は、本研究で発見された現象が他の品目でも同様に観察されることを確認するとともに、鮮度評価指標としての実用化を目指し、引き続き研究を続ける予定です。

発表雑誌

雑誌名
「Foods」(3月25日、9巻4号、(2020)、380)
論文タイトル
Induction of terminal oxidases of electron transport chain in broccoli heads under controlled atmosphere storage
著者
Makino Y., Inoue J., Wang H. W., Yoshimura M., Maejima K., Noguchi S. F., Yamada T., Noguchi K.
DOI番号
10.3390/foods9040380
論文URL
https://www.mdpi.com/2304-8158/9/4/380

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物・環境工学専攻 生物プロセス工学研究室
准教授 牧野 義雄(まきの よしお)
Tel:03-5841-5361
Fax:03-5841-8174
E-mail:amakino<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。 

用語解説

  • 注1  CA貯蔵
     Controlled Atmosphere貯蔵の略称で、低O2、高CO2の気体環境で制御した貯蔵庫内に野菜・果物を置くことで呼吸を抑制し、鮮度を長持ちさせる技術。
  • 注2 オルタナティブオキシダーゼ
     植物や一部の微生物が保有するO2消費酵素で、動物には存在しない。栄養成分が分解されて生成した水素イオンを酸化して水を生成することで、細胞内pHの低下を防ぐ役割を果たす。生命活動に必須のエネルギー物質「アデノシン5'-三リン酸」生成には関与しない。
  • 注3 誘導量
     遺伝子情報に基づいてアミノ酸が結合し、タンパク質が生成することを誘導といい、その量を指す。
  • 注4 シトクロムcオキシダーゼ
     動植物が共通に保有するO2消費酵素。オルタナティブオキシダーゼと同じく、栄養成分が分解されて生成した水素イオンを酸化して水を生成することで、細胞内pHの低下を防ぐ役割を果たす。異なる点は、生命活動に必須のエネルギー物質「アデノシン5'-三リン酸」生成に関与することである。
  • 注5 アデノシン5'-三リン酸
     高エネルギー化合物であり、含有する3個のリン酸のうち1個が切れてアデノシン5'-二リン酸に変わる際にエネルギー(30.5 kJ/mol) を放出し、多くの生体反応のため利用される。