日本人集団において甘味の嗜好性に強く関与する遺伝子領域を発見
- 発表者
- 川舩かおる(株式会社ジーンクエスト)
八谷 剛史(株式会社ジーンクエスト/株式会社ゲノムアナリティクスジャパン)
野川 駿(株式会社ジーンクエスト)
高橋 祥子(株式会社ジーンクエスト)
賈 慧娟(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任准教授)
齋藤 憲司(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員/株式会社ジーンクエスト)
加藤 久典(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)
発表のポイント
- 日本人を対象にしたゲノムワイド関連解析により、甘味の嗜好性に強く関連するゲノム領域を発見しました。
- 発見した甘味の嗜好性に関連するゲノム領域は、東アジア人集団に特有の領域であり、アルコール代謝に関与している領域であることが分かりました。
- この成果は、甘味嗜好性のメカニズムの解明に繋がることが期待されます。
発表概要
甘味への嗜好は、ヒトに生理的に備わった能力である一方、糖類の過剰摂取を引き起こすことがあるため、そのメカニズムを解明することは、生活習慣病予防においても重要と考えられています。
東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤久典特任教授らは、日本初の消費者向け大規模遺伝子解析会社である株式会社ジーンクエストとの共同研究にて、日本人約1万2千人の遺伝子情報を解析した結果、甘味の嗜好性に東アジア人集団に特有のアルコール代謝に関わる一塩基多型(SNP)(注1)が関与していることを発見しました。さらに、この現象は男性で強く認められることが分かりました。
本研究成果は味覚の地域差に関するメカニズムを明らかにする一助となるほか、糖尿病予防や肥満治療などにも応用できることが期待されます。
発表内容
甘味への嗜好は、ヒトに生理的に備わった能力である一方、糖類の過剰摂取は肥満、糖尿病、代謝異常等を引き起こす恐れがあります。そのため、甘味嗜好性のメカニズムを解明することは、生活習慣病予防においても重要と考えられています。
一方、甘味への嗜好は地域によって異なること、また遺伝的な要因が関わることが既存の研究で判明しており、欧米の研究グループから甘味への嗜好の個人差の約50%は遺伝要因が占めるという報告もあります。また、他の欧米集団を対象とした研究からも、甘味に限らず様々な味覚への嗜好性に影響するゲノムの中の一塩基多型(SNP)が判明しています。しかし、SNPは地域による分布差が大きいため、国外の研究結果が必ずしも日本人に当てはまるとは限りません。これまでに、アジア系集団を対象にしたゲノムワイドな研究は行われていませんでした。
東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤久典特任教授らは、株式会社ジーンクエストとの共同研究にて、日本人約1万2千人のゲノム情報とWebアンケート情報を用いてゲノムワイド関連研究(GWAS、注2)を行った結果、ヒト12番染色体上の「rs671」というSNPが甘味への嗜好性に関連していることを明らかにしました。本研究では甘味への嗜好性についてのWebアンケートは5つのスケール(大嫌い、嫌い、普通、好き、大好き)で取得しました。関連が明らかになったrs671は日本人を含む東アジア人に特有であり、それ以外の地域ではほとんど見られません。またアルコール代謝に関わるアルデヒドデヒドロゲナーゼ2遺伝子(ALDH2)に存在し、お酒への強さと関係することが知られています。解析の結果、お酒に弱い遺伝型は、甘味への嗜好性と正の関連があることが分かりました。rs671と甘味への嗜好性との関連性をアルコール摂取量・アルコール摂取頻度で調整し再解析すると、効果が減弱化したことから、rs671と甘味への嗜好性の関連はアルコールの摂取を介していることが明らかになりました。しかし、アルコール摂取により調整した後もrs671と甘味への嗜好性の関連は残っていたため、アルコール摂取を介さない関連があることも示唆されました。アジア集団以外を主な対象とした先行研究では、甘味への嗜好が強いほどアルコール消費が多い傾向が報告されていたが、本結果では甘味への嗜好が強いほどアルコール消費が少ないという異なる傾向が見られました。さらに、rs671と甘味への嗜好性との関連を、男性と女性に分けてそれぞれ解析した結果、男性でより強い関連が認められました。
本研究によって、日本人集団において、お酒に弱いタイプの遺伝子多型を持つ飲酒習慣が少ない人では、甘味への嗜好が強い傾向があることが示唆されました。本研究成果は味覚の嗜好性に関する遺伝的背景を解明する一助となるほか、糖尿病予防や肥満治療などにも応用できることが期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- Journal of Human Genetics(日本時間6月22日午後2時オンライン掲載)
- 論文タイトル
- Strong association between the 12q24 locus and sweet taste preference in the Japanese population revealed by genome-wide meta-analysis
- 著者
- Kaoru Kawafune, Tsuyoshi Hachiya, Shun Nogawa, Shoko Takahashi, Huijuan Jia, Kenji Saito, Hisanori Kato*
- DOI番号
- 10.1038/s10038-020-0787-x
- 論文URL
- https://www.nature.com/articles/s10038-020-0787-x
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻(健康栄養機能学社会連携講座)
特任教授 加藤 久典(かとう ひさのり)
Tel:03-5841-1607
E-mail:akatoq<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
- 注1 一塩基多型(SNP)
集団の中で1%以上の頻度で特定の塩基配列が異なる場所のこと - 注2 ゲノムワイド関連解析(GWAS)
ヒトゲノム全体のSNPsの遺伝子型を決定し、SNPsの頻度と病気や量的形質との関連を統計的に調べる方法