発表者
山内卓樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任研究員/JSTさきがけ専任研究者)
中園幹生(名古屋大学大学院生命農学研究科 植物生産科学専攻 教授)
犬飼義明(名古屋大学農学国際教育研究センター 教授)
堤 伸浩(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表のポイント

  • イネの根の先端から根と稈(茎)の接合部に向かって進行する皮層細胞の崩壊(通気組織形成)の程度をGompertz曲線によって正確に回帰できることを見出しました。
  • 回帰によって得られた関数を利用して、遺伝子型間や栽培条件間で異なる速度で伸長する根の通気組織の形成パターンを細胞が生じてからの時間(齢)に依存して比較する手法を確立しました。
  • 本手法は、植物の根の発生プロセスの正確な理解を可能とするだけではなく、作物の品種(系統)間の根の形質評価の精度を高めることを目的として、耐性育種等への応用が期待されます。

発表概要

 本研究科および名古屋大学の研究グループは、イネの根の各部位における通気組織(注1)の形成率をGompertz曲線(注2)によって回帰したモデルを作成し、根の伸長速度を入力して時間(細胞の齢)に依存した通気組織の形成パターンを解明することに成功しました。
 本手法は、異なる伸長率を示す遺伝子型間および栽培条件間の根の形質の差異を細胞の齢を統一して比較することを可能とするため、多様な形質を生み出す根の発生プロセスの正確な理解に貢献すると考えられます。さらに、作物の品種(系統)間の形質評価にも有効であり、将来の耐性育種等への応用が期待されます。  
 この研究成果は、令和2年6月16日付米国科学雑誌「Plant Physiology」オンライン版に掲載されました。

発表内容


図1 イネの根の細胞が生み出されるしくみと根の各組織と器官の分化。A: 根の細胞は先端にある根端分裂組織で生み出され、基部に向かって押し出される。それぞれの細胞は、時間依存的に各組織や器官へと分化する。図中の矢印は細胞の系譜を示す。矢印の始点がより若い細胞である。写真の中の矢尻は通気組織および側根を示す。B: 一定時間における根の伸長の模式図。根の伸長速度が異なる場合、伸長前に生み出された細胞の伸長後の位置(根端部からの距離)は伸長速度に依存して異なる。


図2 野生型およびiaa13変異体における時間依存的な根の通気組織形成率の比較。A: 根の伸長速度の比較および根の伸長の模式図。野生型およびiaa13変異体の根の伸長の差は48時間後で10.7 mmに達する。B: 根の各部位の通気組織形成率およびGompertz曲線による回帰モデル。C: 野生型およびiaa13変異体の時間依存的な(細胞の齢に依存した)通気組織形成率。D: 部位毎および時間毎の野生型とiaa13変異体の通気組織形成率の差の比較。6時間毎の野生型の根端部からの距離を対応付けて図示した。

 植物の根の細胞は、根端部に存在する分裂組織で生み出され、基部に向かって順番に押し出されていきます(図1A)。そのため、根を構成する細胞は根端部で最も若く、根と稈(茎)の接合部である基部に向かって時間(齢)が進むことになります。植物の根を構成する組織や器官は、根の発生の過程で各細胞が分化して形作られます(図1A)。根の細胞の分化は、主に植物ホルモンによって適切に調節されていますが、このような調節を考慮した上で、分化のタイミングは細胞の齢に依存すると捉えることができます。
 根の発生学的および形態学的な研究の多くは、根端部からの距離を細胞の齢と仮定して形質(表現型)を評価しています。一方、根の伸長速度が遺伝子型間や栽培条件間で異なる場合、根端部から同じ距離に位置する細胞の齢は異なります(図1B)。つまり、伸長速度の異なる複数の根を対象として正確に形質を比較するためには、根の細胞の齢を統一することが求められます。
 本研究では、イネの根の皮層細胞(注3)の崩壊(通気組織形成)を例として、根端部からの距離を細胞の齢に変換した上で形質を評価する手法の確立を目指しました。そのために、オーキシンシグナル伝達(注4)が根端部で恒常的に阻害されるiaa13変異体(注5)を実験に用いました。この変異体は、野生型と比べて根の伸長速度が速く(図2A)、根の各部位における通気組織形成率が低下しています(図2B)。
 根の細胞が生み出されてからの時間(細胞の齢)に依存した通気組織形成率を算出するためには、根の各部位の通気組織形成率を関数に置き換えることが必要です。Gompertz曲線は、同一の集団の人口の推移(死亡率)を示すために考案されたことから、皮層細胞の死亡率とも捉えられる通気組織の形成率を回帰するために最適であると考えました。実際に、Gompertz曲線は、根の部位毎の通気組織の形成率に対して当てはまりが良いことがわかりました。そこで、得られたGompertz曲線の関数を利用して、根の伸長速度を基に6時間毎の通気組織形成率を算出しました(図2C)。さらに、時間毎の野生型とiaa13の通気組織形成率の差を算出したところ、その差は36時間後に頭打ちとなり、その後は同程度で推移する結果が得られました(図2D)。これは、大きな山を描く根の部位毎の通気組織形成率の差とは異なるものでした(図2D)。先行研究では、iaa13のオーキシンシグナル伝達は根端部で主に阻害されることが示されており、これがiaa13の若い細胞の通気組織形成率の低下の原因であることが支持されました。
 本成果によって、伸長速度が既知の根における各部位の形質(表現型)データの回帰モデルを作出することで、細胞の齢に依存した形質データに変換して解釈できることが示されました。論文中では、異なる栽培条件間の通気組織形成率の比較や異なる遺伝子型間の側根形成数の比較にも同様の手法が適用できることを示しており、本手法は根の発生プロセスの理解に広く敷衍できると考えられます。さらに、本手法は作物品種(系統)間の根の形質評価の精度を高めることで、根が重要な役割を果たす環境ストレス耐性の向上を目的とした育種にも応用できると期待されます。
 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「フィールドにおける植物の生命現象の制御に向けた次世代基盤技術の創出(研究総括:岡田 清孝)」における研究課題「気候変動への適応を支える根の形質可塑性の分子基盤の解明」の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Plant Physiology(6月)
論文タイトル
Distance-to-time conversion using Gompertz model reveals age-dependent aerenchyma formation in rice roots
著者
Takaki Yamauchi, Mikio Nakazono, Yoshiaki Inukai, Nobuhiro Tsutsumi*
DOI番号
10.1104/pp.20.00321
論文URL
http://www.plantphysiol.org/content/early/2020/06/16/pp.20.00321

問い合わせ先

東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室 特任研究員/
科学技術振興機構(JST)さきがけ専任研究者
山内卓樹 (やまうち たかき)
Tel:03-5841-5454
Fax:03-5841-5183
E-mail:atkyama<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
東京大学 大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物分子遺伝学研究室
教授 堤 伸浩 (つつみ のぶひろ)
Tel:03-5841-5073
Fax:03-5841-5183
E-mail:atsutsu<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 通気組織
     根の皮層細胞の崩壊によって形成される空隙であり、特に冠水土壌において地上部から根端部への効率的な酸素供給に貢献します。イネ科植物に形成される通気組織は、環境に依存せず形成される恒常的通気組織と酸素の欠乏に応答して形成される誘導的通気組織に分けられます。前者はイネなどの湿生植物にみられ、後者は畑作物を含むイネ科植物全般にみられます。
  • 注2 Gompertz曲線
     代表的なシグモイド曲線の1つであり、個体や細胞の増殖を表す成長曲線として広く利用されています。1825年にBenjamin Gompertzによって、同一の集団の死亡率(成人後は年齢の指数関数になる)の推移を示す関数として考案されました。
  • 注3 皮層
     根の外層組織(表皮など)と維管束を含む中心柱の間に存在する柔組織を皮層と呼びます。イネ科植物では、皮層の細胞が崩壊することで通気組織が形成されます。
  • 注4 オーキシンシグナル伝達
     植物の成長を調節する植物ホルモンの一群であるオーキシンを介したシグナル伝達。転写(DNAmRNAに写し取ること)のON/OFFを決める転写因子に結合してその機能を阻害するタンパク質AUX/IAAがオーキシン応答的に分解されて調節されるシグナル伝達経路です。
  • 注5 iaa13変異体
     イネのAUX/IAAタンパク質の1つをコードするIAA13遺伝子に変異(DNAを構成する塩基配列の変化)が起こり、オーキシン応答的な分解が阻害された変異体です。それにより、オーキシン応答的な遺伝子の転写調節が正常に機能しない状態になっています。