発表者
Zhihang Feng (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士研究員)
長尾 宙(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程学生:当時)
Baohai Li (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士研究員:当時)
反田 直之 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
鹿内 勇佑 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員)
山口 勝司 (基礎生物学研究所生物機能情報分析室 主任)
重信 秀治 (基礎生物学研究所生物機能情報分析室 教授)
神谷 岳洋 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
藤原 徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

  • シロイヌナズナを用いた解析により、SMU1とSMU2という2つのスプライシングファクター(注1)が、低Mg条件での生育に必要であることを明らかにしました。
  • SMUがMg輸送体遺伝子MRS2-7のスプライシングを制御していることを明らかにしました。
  • SMU1とSMU2が複合体を形成することにより、核スペックル(注2)と呼ばれる部位へ局在することを明らかにしました。

発表概要

 マグネシウム(Mg)は細胞内で最も多く存在する二価陽イオンの一つですが、細胞内の濃度を一定に保つ機構はあまり知られていませんでした。本研究では、低Mg条件で生育が阻害されるシロイヌナズナ変異体の解析により、スプライシングファクターであるSMU1と、SMU1と複合体を形成するSMU2の両者が低Mg条件での生育に必要であることを明らかにしました。加えて、変異株の感受性はMg2+輸送体であるMRS2-7のスプライシング異常により生じていることを明らかにしました。本研究では、これまでに不明な点が多かった植物のMg恒常性の維持にスプライシングファクターであるSMUが関与していることを明らかにし、植物の栄養吸収に関する基礎的な知見を提供するものです。

発表内容


A.SMU変異株の低Mg培地における生育。SMU変異株(smu1-5, smu2-1)は低Mg条件での生育が悪い。
B.SMU変異株におけるMg2+輸送体MRS2-7のスプライシングの様子。前駆体mRNA(pre-mRNA)と成熟mRNA(mature mRNA)を示す。SMU変異株ではpre-mRNAの量が野生型株よりも多く、成熟mRNAの量が少ないことがわかる。

 Mgは植物の多量必須元素の一つで、酵素反応、光合成、DNA複製、転写、リボソームの安定化など生体内において様々な場所で必要とされる元素です。植物は、植物体内のMg濃度を適切に維持するために、植物体内への取り込みや分配の制御、細胞内では、液胞や小胞体に蓄積するなどしての細胞内の濃度を一定に保っています。これらの過程に重要な機能を果たすのが、Mg2+輸送体でこれまでに複数同定されています。一方で、これら輸送体の制御機構についてはほとんど知られていませんでした。
 本研究では、私たちが発見した低Mg条件で生育が強く抑制されるシロイヌナズナ変異株の解析から、スプライシングファクター(SMU1とSMU2)が低Mg条件での生育に必要であり、SMU1とSMU2はMg2+輸送体遺伝子MRS2-7のスプライシングに関与していることを明らかにしました。
 本研究の対象とした低Mg感受性変異株は地上部のMg2+濃度が低く、Mg2+の輸送に異常があることが考えられました。そこで、Mg2+輸送体の中で、遺伝子破壊株が低Mg感受性になることが報告されているMRS2-7のスプライシングを調べたところ、野生型株とSMU変異株で異なることを見出しました。また、遺伝学的解析により、SMU変異株のMg感受性はMRS2-7のスプライシング異常により引き起こされることが示唆されました。
 さらに、研究過程で、SMUの機能について新たな発見がありました。SMU1とSMU2は真核生物の間で保存されているスプライシングファクターです。スプライソソーム(注3)に含まれSMU1-SMU2複合体を形成していることが知られています。これまでに、この複合体の形成がスプライシングに必要であることが報告されていましたが、本研究では、SMU1とSMU2の複合体形成が核スペックルと呼ばれるRNA代謝に関与するタンパク質が豊富に存在する構造体への局在に必須であることを示し、核内におけるタンパク質局在化機構の一端を明らかにすることができました。
 Mgは様々な生体反応に必要な元素です。Mgを必要とする生体反応は多数あり、Mg濃度の制御は生体反応と協調して起きていることが予想されます。今回同定したSMUは、スプライシングを介してMgの必要性と生体反応をつなぐ鍵となる因子として機能していることが期待されます。本研究は、Mg恒常性の制御のみならず、Mgの新たな機能を明らかにする研究の端緒となると考えています。
 本研究は日本学術振興会 若手研究(A)(課題番号26712008、代表:神谷岳洋)、日本学術振興会 基盤研究(B)(課題番号17H03782、代表:神谷岳洋)、日本学術振興会 新学術領域研究(18H05490)、日本学術振興会 基盤研究(S)(19H05637)、日本学術振興会 基盤研究(S)(課題番号 25221202、代表:藤原徹)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Plant Physiology」7月2日 オンライン公開
論文タイトル
An SMU splicing factor complex within nuclear speckles contributes to magnesium homeostasis in Arabidopsis thaliana
著者
Zhihang Feng, Hiroshi Nagao, Baohai Li, Naoyuki Sotta, Yusuke Shikanai, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Takehiro Kamiya*, Toru Fujiwara*
DOI番号
https://doi.org/10.1104/pp.20.00109
論文URL
http://www.plantphysiol.org/content/early/2020/07/02/pp.20.00109

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
准教授 神谷 岳洋(かみや たけひろ)
Tel:03-5841-5105
Faxl:03-5841-8032
E-mail:akamiyat<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
教授 藤原 徹 (ふじわら とおる)
Tel:03-5841-5104
Faxl:03-5841-8032
E-mail:atorufu<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 スプライシングファクター
     核内でDNAから転写された前駆体mRNA(pre-mRNA)からイントロンを除去し、エキソン同士が結合する過程のことをスプライシングと呼び、その過程に関与するタンパク質をスプライシングファクターという。
  • 注2 核スペックル
     核内に見られる構造体で、pre-mRNAのスプライシング、核外輸送、転写などなど、mRNAの代謝に関わるタンパク質が局在している。
  • 注3 スプライソソーム
     複数の短いRNAとタンパク質から構成される複合体で、核内で転写により作られたpre-mRNAからイントロンを取り去って成熟したmRNAを作る役割を持っている。