発表者
作道 章一(岡山理科大学獣医学部 准教授)
岩丸 祥史(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構農研機構・動物衛生研究部門上席研究員)
古崎 孝一(一般社団法人ミネラル活性化技術研究所 代表理事)
播谷  亮(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻持続可能な自然再生科学寄付講座 特任教授)
太西 るみ子(株式会社サンタミネラル 代表取締役)
今村 守一(宮崎大学医学部 准教授)
横山  隆(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻持続可能な自然再生科学寄付講座 特任教授)
吉川 泰弘(岡山理科大学獣医学部 教授・学部長)
小野寺 節(東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座 特任教授)

発表のポイント

  • 荷電した重炭酸カルシウム結晶(注1)からなる新規消毒剤がプリオン病原体を不活化することを明らかにしました。
  • 新規消毒剤の不活化効果は、病原体量を10万分の1に減少させ、正常プリオンたんぱく質を減少させず、動物や人に毒性を示さないものでした。
  • 新規消毒剤を欧米や韓国で問題になっている鹿慢性消耗病(シカプリオン病)の環境除染に用いるとともに、現在日本で問題となっている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のヒト由来感染を阻止できる可能性があります。

発表概要

 プリオン病(伝達性海綿状脳症)は神経変性疾患で、ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病、クールー病、ヒツジ、ヤギのスクレイピー、牛海綿状脳症(BSE)、シカ類の慢性消耗病が知られています。これらの病原体の消毒には1~2規定の水酸化ナトリウム、20~40%の家庭用漂白剤や130℃のオートクレーブが用いられていますが、より簡易な方法の開発が望まれています。東京大学大学院農学生命科学研究科の小野寺節特任教授らは新たに荷電重炭酸カルシウム剤を開発し、これをスクレイピープリオンに用いたところ、強力な消毒作用を見出しましたのでその有用性を検討しました。スクレイピープリオンを消毒剤で室温1時間処理したところ、マウスに対する病原性の減弱を確認しました。マウスは生死のみならず、病理組織学及び免疫組織化学により確認しました。改良された定量的PMCA法(注2)を用いて病原体の減量を詳細に検討しました。定量計算によると4.45-log減少となります。この消毒剤はヒト、動物の組織と接触すると素早くに中性化するため、外科手術器具の消毒や、環境におけるプリオンの除去に有効と考えられます。

発表内容


図1 荷電重炭酸カルシウム混合液(CAC-717)処理プリオン接種マウスと未処理プリオン接種マウスの生存曲線
CAC-717:荷電重炭酸カルシウム結晶の物質名


図2 荷電重炭酸カルシウム処理したプリオンを接種したマウスの病理組織像
A.未処理プリオン接種マウスの小脳、歯状核ニューロピルの空胞化がみられる(ヘマトキシリン・エオジン染色)。
B.Aの病変部の抗プリオン蛋白質抗体を用いた免疫組織化学染色。小脳歯状核に顆粒状に異常プリオン蛋白質が観察される。
C.荷電重炭酸カルシウム (CAC-717) 処理プリオン接種マウスの小脳組織。歯状核ニューロピルに空胞はみられない(ヘマトキシリン・エオジン染色)。
D.Cの同じ位置の抗プリオン蛋白質抗体を用いた免疫組織化学染色。異常プリオン蛋白質の蓄積は観察されない。
Bars=50µm


図3 荷電重炭酸カルシウム処理したプリオンのウエスタン・ブロット法結による検出
(-):荷電重炭酸カルシウム未処理
(+):荷電重炭酸カルシウム処理
PK(-):プロテナーゼK未処理
PK(+):プロテナーゼK処理


図4 荷電重炭酸カルシウム(CAC-717)処理による異常プリオン蛋白質の変換効率の抑制
R1-R9:処理ラウンド数1-9
NS: プリオンを全く未添加の対照

【研究の背景】
 厚生労働省のプリオン研究班には、東京大学医学部脳神経外科学研究室、東京大学農学部食の安全研究センターの研究室が参加し、過去30年にわたってプリオン病の治療薬、プリオン病原体の消毒薬の開発を2本の重要な柱として、研究推進を行ってきました。プリオン病(ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病、ヒツジ、ヤギのスクレイピー、牛海綿状脳症(BSE)、シカ類の慢性消耗病)はプリオン(核酸を持たない脳神経系の海綿状変性疾患病原体)に起因し、現在その治療薬の開発は困難を極めています。プリオンの感染を阻止するために、プリオンで汚染された環境表面に対する効果的な消毒方法が必要とされます。強力な熱、および化学薬剤が消毒法として使用されています。しかしプリオンは最も不活化の困難な病原体として知られ、現在使用されている消毒方法にはいくつかの欠点があります。例えば、加熱は耐熱材料にしか使用できません。次亜塩素酸ナトリウムは金属の腐食、粘膜刺激を引き起こす可能性があり、またその消毒効果は蛋白質の存在により減弱する可能性があります。特に医療器具のプリオン汚染、食品中のプリオン混入は公衆衛生上、外科の手術・治療上大きな問題となっています。毎年数例の医原性プリオン病が報告されています。このように、従来の消毒方法には状況によって制限があり、簡単にかつ全ての状況に使用しうる代替の消毒剤が必要とされます。
 最近、我々の研究グループは、荷電した重炭酸カルシウム結晶を含む消毒剤がプリオンの消毒に効果を示すことを報告しました。この研究の目的は、プリオンを不活性化するための新しい消毒剤の候補として、荷電した重炭酸カルシウム結晶の不活化効果を評価する事です。

【研究内容】
 荷電重炭酸カルシウム結晶は、ウイルスや細菌に対し消毒効果を示すことが明らかにされています。この結晶(FDA / USA Regulation No. 880.6890、クラス1消毒剤、日本特許No. 5778328)は、炭酸水素カルシウムを含むミネラルウォーターに継続的に電流を照射して生産されました。また、水素イオンを吸蔵する物理的性質を持っているため、水溶液はpH12.6を示します。しかし動物やヒトの皮膚に触れると急速な放電が起こり、pH7.0となります。
 プリオンは、羊スクレイピー由来株を用いました。プリオンが感染したマウス神経芽細胞株(ScN2a)、非プリオン感染神経芽細胞株(N2a)を用い、ウエスタン・ブロット法(注3)により、病原体の定量を行いました。さらにマウスに脳内接種することにより、病原体の減弱を観察しました。免疫組織化学および、病理組織学を用いて感染マウスの病理学的変化を観察しました。最後に定量的PMCA(protein misfolding cyclic amplification、異常蛋白質増幅)法(注2)により蛋白質の異常化の効率を指標にプリオンの減少量を明らかにしました。
 荷電重炭酸カルシウム・プリオン混合液をマウス脳内に接種しました。対照マウスは140.8+11.9日で全例死亡しましたが、荷電重炭酸カルシウムで処理したプリオンを接種したマウスは5匹中2匹が235日と286日後死亡しましたが、残りは368日後も生残しました(図1)。免疫組織化学検査により脳組織を観察すると、死亡マウスでは脳内全域にわたり異常プリオン蛋白質が観察されました。一方、荷電重炭酸カルシウム混合液接種・生残マウスにおいて異常プリオンたんぱく質は検出されませんでした(図2)。ウエスタン・ブロット法による観察でも、消毒剤の処理により異常プリオンたんぱく質は消失しました(図3)。
 また、定量的PMCA法を用いて蛋白質の異常化の効率の変化を指標にプリオンの減少を評価しました(図4)。定量計算によると4.45-logの減少が観察されました。
 安全性試験の詳細は下記(1)を参照されたい。また荷電重炭酸カルシウムの抗ウイルス効果については下記(2-4)を参照いただきたい。

【社会的意義・今後の予定】
 本研究により、荷電した重炭酸カルシウム結晶はプリオンを安定的に不活化することが明らかになりました。現在厚生労働省は、プリオンの感染価を1000万分の1に減少することを目標にしています。すでに荷電した炭酸水素カルシウム結晶をセラミックに吸着させたカラムを通過させることにより、病原体を10万分の1量に減少させることが明らかになっています。したがって、荷電炭酸水素カルシウム結晶カラムを従来の2%SDS煮沸法と組み合わせることにより、目標達成は可能と考えています。
 脳外科の手術や内視鏡を用いた手術において医療器具のプリオン汚染は大きな問題となっています。荷電炭酸水素カルシウム結晶を臨床現場、家庭、製造業および公共機関等で使用することにより、これまでの消毒法より効果的に医原性のプリオン感染を阻止できる可能性があります。
 今後、新型コロナウイルスを含め、他のウイルスに対する荷電重炭酸カルシウム結晶の効果、安全性について、荷電炭酸水素カルシウム結晶のメゾスコピック構造の安定性の検証等さらなる研究が必要です。すでに新型コロナウイルスに対する消毒効果については酪農学園大学との共同研究により、酪農学園のホームページにおいて公表されています(5)。

【参考文献】

  1. Nakashima, R., Kawamoto, M., Miyazaki, S., Onishi, R., Furusaki, K., Sakudo, A., and Onodera, T.: Evaluation of calcium hydrogen carbonate mesoscopic crystals as a disinfectant for influenza A viruses. J. Vet. Med. Sci. 79: 939-942, 2017.
  2. Osaki, M., Frusaki, K., Onishi, R., Onodera, T., Dang, H.V., and Kirisawa, R.: Inactivation effects of calcium hydrogen carbonate mesoscopic crystals on various kinds of animal viruses including foot-and-mouth disease viruses. 17th International Virology Congress, Abstract 628, Sigapore, July 17-21, 2017.
  3. Sakudo, A., Yamashiro, R., Haritani, M., Furusaki, K., Onishi, R., and Onodera, T.: Mechanism of inactivation of non-enveloped viruses and bacteria by an electrically charged disinfectant containing mesostructured nanoparticles. Int. J. Nanomed. 15:1387-1395, 2020.
  4. Shimakura, H., Gen-Nagata, F., Haritani, M., Furusaki, K., Kato, Y., Yamashita- Kawanishi, N., Le,D.T., Tsuzuki, M., Tohya, Y., Kyuwa, S., Saito, H., Horimoto, T., Onodera, T., and Haga, T.: Inactivation of noroviruses by calcium hydrogen carbonate mesoscopic crystals. FEMS Microbiol. Lett. doi: 10.1093/femsle/fnz235, 2019.
  5. https://www.rakuno.ac.jp/archives/10591.html

発表雑誌

雑誌名
Pathogens, 9, 536, 2020, 7月3日印刷
論文タイトル
Inactivation of scrapie prions by the electrically charged disinfectant CAC-717
著者
Akikazu Sakudo, Yoshifumi Iwamaru, Koichi Furusaki, Makoto Haritani, Rumiko Onishi, Morikazu Imamura, Takashi Yokoyama, Yasuhiro Yoshikawa, and Taakashi Onodera*
DOI番号
10.3390/pathogens9070536
論文URL
https://www.mdpi.com/2076-0817/9/7/536

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科持続可能な自然再生科学寄付講座
特任教授 小野寺 節(おのでら たかし)
Tel:03-5841-8182
E-mail:atonode<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 荷電炭酸水素カルシウム結晶
     本研究で使用した荷電炭酸水素カルシウム結晶は、直径50〜100nmの結晶で、蓄電と放電、水素イオンの吸蔵および中赤外線放射等の物性を有します。
  • 注2 PMCA (protein misfolding cyclic amplification)法
     微量プリオンの検出には人工的に異常プリオン蛋白質を増幅させることが必要です。異常プリオン蛋白質を試験管内で増幅するPMCA法が開発され、短時間で微量のを検出することができるようになりました。PMCA法では健常動物の細胞乳剤と極少量の感染動物由来の乳剤を混合し培養します。すると、異常プリオン蛋白質のポリマーが核になって正常プリオン蛋白質が異常プリオン蛋白へ変換していきます。次に超音波処理によって、この核を物理的に細片に壊すと、次の培養時には、これら細片が新たな核となり異常型への変換効率が高まります。PMCAでは通常、培養-超音波処理を数十回繰り返して異常プリオン蛋白質を増幅します。PMCAの検出感度は、従来法に比べて10万倍~1億倍になります。
  • 注3 ウエスタン・ブロット法
     抗原抗体反応を利用して異常プリオン蛋白質を検出する免疫学的検査法のひとつで、牛海綿状脳症(BSE)の確定検査に用いられています。電気泳動で分子量に従って展開した蛋白質を膜に転写し、膜状で抗原抗体反応を行います。PK(蛋白分解酵素;プロテナーゼK)処理によって正常プリオン蛋白質は分解され消失しますが、異常プリオン蛋白質は残存しそのまま検出されます。異常プリオン蛋白質に特異的な3本のバンドのパターンを確認できます