発表者
山下 純平(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程大学院生:研究当時)
竹内 研生(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程大学院生:研究当時)
細野 耕平(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程大学院生:研究当時
      現在:東京工業大学生命理工学院 生命理工学系 研究員)
Thomas Fleming(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 博士課程2年生)
長濱 嘉孝(基礎生物学研究所 生殖生物学研究部門 教授:研究当時)
大久保 範聡(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • なわばりから自身と同じ性別の侵入者を追い払う行動が、ガラニン(注1)という脳内ホルモン(注2)によって引き起こされることをメダカで見出しました。
  • 追い払い行動に関わる脳内のガラニン合成は、精巣から放出される男性ホルモンによって促進されるため、この行動はほぼオスだけで引き起こされることが分かりました。
  • マウスでは、ガラニンは子育てを促す脳内ホルモンとして、性別を問わず合成されることが知られています。ガラニンの役割や合成の仕組みは動物種間で大きく異なることが分かりました。

発表概要

 多くの動物種のオスは、配偶者や食料を確保するために「なわばり」を形成し、なわばりに入ってきた他のオスを追い払います。一方、メスの間には、そのような行動はあまりみられません。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の大久保範聡准教授らの研究グループは、なわばりから自身と同じ性別の侵入者を追い払う行動が、ガラニンという脳内ホルモンによって引き起こされることをメダカで見出しました。脳内のガラニン合成は、精巣から放出される男性ホルモンによって促進されるため、この行動はほぼオスだけで引き起こされることも分かりました。マウスでは、ガラニンは子育てを促す脳内ホルモンとして、性別を問わず合成されることが知られていました。他者への攻撃や子育てなどを支配する脳内の神経回路は、魚類から人間まで共通に存在することが知られていますが、それらの行動には、動物種や性別による違いが大きいのも事実です。今回の成果は、そのような違いが生み出される仕組みの一端を明らかにしたとも言えます。

発表内容

図1
今回の研究で用いたメダカ。生命科学の研究でよく用いられている。


図2
メダカの内側視索前野の顕微鏡写真。左がオスで右がメス。濃色部分はガラニンを合成するためのRNA。オスだけでガラニンが盛んに合成されており、メスではほとんど合成されていないことが分かる。


図3
ガラニンのはたらきを阻害したオスメダカの追い払い行動の頻度。通常のオス、二つあるガラニン遺伝子の片方をはたらかなくしたオス(ヘテロ変異オス)、両方をはたらかなくしたオス(ホモ変異オス)の追い払い行動の頻度を比較した。縦軸は観察時間内の追い払い行動の合計回数を示す。通常のオスと比べて、ガラニンのはたらきを阻害したオスでは、追い払いの頻度が低下したことが分かる。*印は統計的に有意な差を示す。


図4
ガラニンのはたらきを阻害したメスメダカに男性ホルモンを投与した際の追い払い行動の変化。男性ホルモン投与前(左側)と投与後(右側)のそれぞれで、通常のメスとガラニンのはたらきを阻害したメス(ホモ変異メス)の追い払い行動の頻度を比較した。縦軸は観察時間内の追い払い行動の合計回数を示す。ガラニンのはたらきを阻害したメスでは、男性ホルモンを投与しても、通常のメスほど追い払いの頻度が増加しなかったことが分かる。*印は統計的に有意な差を示す。

 動物の行動の中には、個体が単独で行うのではなく、個体間で成立する行動があります。そのような行動を社会行動といい、求愛や交尾などの配偶行動、配偶者や食料を巡っての攻撃行動、子供の生存可能性を高める子育て行動などがその代表例です。脊椎動物の脳内には、精巣や卵巣から放出された男性ホルモンや女性ホルモンに応答して、脳内ホルモンを合成する領域がいくつかあり、それらの脳領域が社会行動を制御していることが知られています。それらの脳領域は互いに結び付いており、社会行動ネットワーク(注3)とよばれています。この社会行動ネットワークは、魚類からほ乳類まで共通に存在することが分かっていますが、社会行動のパターンは動物種間で大きく異なっており、同じ種でも雌雄の間で異なります。それらの違いがどのような仕組みで生み出されているのかは、これまでほとんど分かっていませんでした。
 マウスでの最近の研究によって、社会行動ネットワークを構成する脳領域の一つ、内側視索前野(注4)で合成されるガラニンという脳内ホルモンが、子育て行動を促すことが明らかとなりました。内側視索前野でガラニンが合成されていることは様々な動物種で確認されており、魚類にも見出されています。しかし、魚類の中には子育てをしない種も多く、なぜそれらの種でもガラニンが合成されるのかは定かではありませんでした。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の大久保範聡准教授らの研究グループは、基礎生物学研究所と共同で、メダカ(図1)でのガラニン合成を解析しました。メダカは卵を産みっぱなしにし、雌雄のいずれも子育てをしませんが、メダカの内側視索前野では、なぜか、ほぼオスだけでガラニンが合成されていることが分かりました(図2)。その原因を調べたところ、内側視索前野でのガラニン合成は、精巣から放出される男性ホルモンの作用によって促進されるため、ほぼオスだけでガラニンが合成されるようになることが明らかとなりました。
 次に、このオス特異的なガラニンの役割を明らかにするために、ゲノム編集(注5)によってガラニンのはたらきを阻害したところ、オスが、接近してきた他のオスを追い払う頻度が減少しました(図3)。一方、追い払い以外のオスの攻撃行動や配偶行動、メスのそれらの行動に変化はみられませんでした。研究グループはさらに、メスのメダカに男性ホルモンを投与すると、内側視索前野のガラニン合成が誘導され、他のメスを追い払う頻度が増えること、その一方で、ガラニンのはたらきを阻害したメスでは、男性ホルモンを投与しても、追い払いの頻度があまり増えないことを見出しました(図4)。これらの結果から、メダカのガラニンには、なわばり意識を高め、自身と同性の侵入者を追い払う役割があることが分かりました。ガラニンは動物種を問わず、内側視索前野で合成されていますが、その役割はマウスとメダカでは全く異なることになります。また、ガラニンは普段、男性ホルモンの作用によって内側視索前野でほぼオスのみで合成されるので、なわばりから侵入者を追い払う行動はほぼオスだけで引き起こされると考えられました。
 研究グループはさらに、メダカの内側視索前野でオス特異的に合成されたガラニンが脳内でどのように作用するかを調べました。その結果、マウスの場合とは異なり、メダカでは、扁桃体基底外側部や海馬といった情動に関わる脳の部位、運動機能に関わる延髄や脊髄などに運ばれて作用することが分かりました。この作用部位の違いが、マウスとメダカでのガラニンの役割の違いを生み出している原因であると考えられました。したがって今回の成果は、社会行動に動物種の違い、雌雄の違いが生み出される仕組みの一端を明らかにしたとも言えます。

発表雑誌

雑誌名
eLife(8月12日オンライン出版)
論文タイトル
Male-predominant galanin mediates androgen-dependent aggressive chases in medaka
著者
Junpei Yamashita, Akio Takeuchi, Kohei Hosono, Thomas Fleming, Yoshitaka Nagahama, Kataaki Okubo*(*は責任著者)
DOI番号
10.7554/eLife.59470
論文URL
https://elifesciences.org/articles/59470

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水族生理学研究室
准教授 大久保 範聡(おおくぼ かたあき)
Tel:03-5841-5288
E-mail:okubo<アット>marine.fs.a.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ガラニン
     29個のアミノ酸から構成される脳内ホルモンの一種。1983年に立元一彦博士らによって発見された。先頭のアミノ酸がグリシン、末尾のアミノ酸がアラニンであることから、ガラニンと命名された。
  • 注2 脳内ホルモン
     主に脳内の神経細胞で合成されるペプチドホルモンの総称。神経ペプチドともいう。オキシトシン、バソプレシン、オレキシンなどがその代表例。
  • 注3 社会行動ネットワーク
     種々の社会行動を支配する神経回路。分界条床核、外側中隔核、中脳中心灰白質、内側扁桃体、視索前野、前視床下部、視床下部腹内側核の7つの脳領域から構成される。
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  • 注4 内側視索前野
     間脳の前方に位置する視索前野という脳領域の一部。社会行動ネットワークの中でも、動物種を越えて特によく保存されており、ネットワークのハブ的な役割を担っていると考えられている。
  • 注5 ゲノム編集
     人工的なDNA切断酵素を用いて、ゲノム上の任意の塩基配列を改変する技術。特定の遺伝子を破壊したり、新たにゲノムに組み込んだりする目的で利用される。