簡単で効率の良い犬アデノウイルスの遺伝子操作技術を開発
- 発表者
- 松郷宙倫(東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院生)
小林知也(東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院生)
神木春彦(東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院生)
石田大歩(東京大学大学院農学生命科学研究科 大学院生)
上間(竹中)亜希子(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任助教)
村上 晋(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)
堀本泰介(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)
発表のポイント
- 犬アデノウイルスのリバースジェネティクス(注1)に活用できる簡便な遺伝子操作技術を確立しました。
- 細菌人工染色体(注2)をベースとするこの技術により、外来遺伝子を搭載する組換え犬アデノウイルスを効率良く作出できます。
- この技術は、犬アデノウイルスの基礎研究や応用研究のための強力なツールになります。
発表概要
犬科の動物に伝染性肝炎や伝染性喉頭気管炎をひき起こす犬アデノウイルスは、犬の組換えワクチンや人の遺伝子治療用ベクターのバックボーンとしての活用が期待されています。しかし、そのために必要となる犬アデノウイルスの遺伝子組換え操作は、そのゲノムサイズや不安定さから技術的に難しいものでした。今回、私たちは、細菌人工染色体を用いた新しい犬アデノウイルスの組換え技術を開発しました。この技術は、任意の組換えウイルス(変異体)を簡単に効率良く作製することを可能にし、犬アデノウイルスの病原性解析などの基礎研究のみならず組換えワクチンや疾患治療用ベクター構築などの応用研究に貢献します。
発表内容
犬アデノウイルスは、犬伝染性肝炎をひき起こす1型と犬伝染性喉頭気管炎をひき起こす2型があります。この病原性の違いを決める分子基盤はわかっていません。獣医臨床上の重要性から1型にも交叉反応性のある2型の弱毒生ワクチンが世界中で使われています。
アデノウイルスはベクターウイルスとしても有望であり、医学領域においては主に人アデノウイルスをベースとする遺伝子治療用ベクターなどの研究が進んでいます。実際に、増殖必須遺伝子(E1遺伝子など)を外来性の防御抗原遺伝子や治療用遺伝子に置き換えた非増殖性の組換えウイルスや、腫瘍細胞のみで選択的に増殖するように改変した増殖型の組換えウイルスが一部実用化されています。しかし、風邪の病原体である人アデノウイルスに対する抗体をもつ患者には組換えウイルスの感染効率が低くなるため、それを回避できる犬アデノウイルスの活用が期待されています。
一方、他の犬の病原体(ジステンパー、狂犬病など)の防御抗原を犬アデノウイルス2型のワクチン株に搭載させた二価ワクチンや犬の腫瘍を治療する腫瘍溶解性ウイルスなどが研究されていますが、長鎖相同リンカーやユニークな制限酵素部位が必要な組換えウイルス構築の難しさが隘路となり、臨床応用されたものはまだありません。本研究では、簡単で効率の良い犬アデノウイルスの組換え技術の開発を目的としました。
細菌人工染色体(BAC)をベースとするベクターは、サイズの大きな犬アデノウイルスのゲノムDNA(約30kbp)を安定してクローニング・増幅させることが可能です。さらに、任意の変異を比較的簡単に導入する方法も確立されています。まず、犬アデノウイルス1型(CAdV1: D43株)および2型(CAdV2: A2株)のゲノム全長をそれぞれ精製ウイルスより抽出し、相同性組換えによりBACベクターにクローニングしました(図1:pBAC-CAdV1およびpBAC-CAdV2)。これらを細菌で増殖させた後、ウイルスゲノム配列を制限酵素で切り出し、犬由来培養(MDCK)細胞に導入することで、上清中に感染性ウイルスをレスキューしました。この組換えウイルス(CAdV1-rWTおよびCAdV2-rWT)は、MDCK細胞において野生型ウイルス(CAdV1-WT およびCAdV2-WT)と同じ増殖性を示しました(図1)。次に、同様な方法により、犬アデノウイルス2型のE1遺伝子をVenusレポーター遺伝子に置換したBACベクター(図2:pBAC-CAdV2-ΔE1-Venus)を用いて緑色蛍光を発現する組換えウイルスを作出しました。この組換えウイルスは、MDCK細胞での増殖性が大きく減少していることがわかりました。
本研究により、簡単で効率の良い犬アデノウイルスの遺伝子操作技術が確立されました。ウイルスの病原性発現機構のリバースジェネティクス解析などの基礎研究やE1欠損組換えウイルスをベースとする組換えワクチン、遺伝子治療用ベクター、あるいは腫瘍溶解性ウイルスの構築などの応用研究への貢献が期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名
- Viruses
- 論文タイトル
- Establishment of a simple and efficient reverse genetics system for canine adenoviruses using bacterial artificial chromosomes
- 著者
- Hiromichi Matsugo, Tomoya Kobayashi-Kitamura, Haruhiko Kamiki, Hiroho Ishida, Akiko Takenaka-Uema, Shin Murakami, Taisuke Horimoto
- DOI番号
- 10.3390/v12070767
- 論文URL
- http://www.mdpi.com/1999-4915/12/7/767/htm
- 雑誌名
- Encyclopedia 2020
- 論文タイトル
- Canine adenoviruses (CAdVs)
- 論文URL
- https://encyclopedia.pub/2037
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医微生物学研究室
教授 堀本 泰介(ほりもと たいすけ)
Tel:03-5841-5396
Faxl:03-5841-8184
E-mail:taihorimoto<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。
用語解説
- 注1 リバースジェネティクス
任意のウイルス変異体を人工的に作製し、その表現型を評価することでウイルスの分子性状を解析する手法のこと。ウイルス変異体を作製する技術の意味でも使われる。 - 注2 細菌人工染色体
BAC(bacterial artificial chromosome)と略す。大腸菌の接合性に関与するFプラスミドの複製に必要な因子をもつベクターで、細菌中にサイズの大きなインサートを低コピーで安定に維持できる。