発表者
浅野 友子(東京大学大学院農学生命科学研究 講師)
川崎 雅俊(サントリーグローバルイノベーションセンター(株)水科学研究所 主任研究員)
齋藤 俊浩(東京大学大学院農学生命科学研究 技術専門職員)
原口 竜成(東京大学大学院農学生命科学研究 技術専門職員)
高徳 佳絵(東京大学大学院農学生命科学研究 技術専門職員)
才木 道雄(東京大学大学院農学生命科学研究 技術専門職員)
木村 恒太(東京大学大学院農学生命科学研究 技術職員)

発表のポイント

  • 山地に降った降水は、いったん地中にしみこんだのちに河川に流れ出しますが、見えない地下での水の流れを知る方法は限られていて、降水がどこを通って出てくるのか知ることは容易ではありませんでした。
  • 東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林秩父演習林での調査から、斜面で基岩深くにしみこんだ水は小さな川には出てきませんが、流域面積数十km2以上の河川に流れ出すといった山地の地下深くの水の流れがあることを示しました。
  • 本研究の結果とあわせてこれまで世界各地で調べられてきた事例を整理し、山地流域内の複数地点での河川流量と地形の関係から、地中を含む山全体での水の貯留と流出機構を知ることができる可能性を示しました。

発表概要

 山地は、下流にある人の暮らしや河川生態系に水を供給する水源であることから、山地流域での水の貯留や流出機構を明らかにすることが課題となっています。地中を含む山全体での水の貯留と流出を知る方法は限られていて、わかっていないことも多いです。本研究では首都圏を流れる荒川の源流域にある東京大学秩父演習林での調査結果と、世界各地で得られてきた知見の整理から、斜面で基岩深くにしみこんだ水は、小さい河川には流出しませんが、下流のより大きな河川に流れ出すといった地中の水移動が主流となる流域があること、また、そのような水移動経路が卓越する流域は、比較的容易に観測可能な流域面積と流量(流量を流域面積で除したもの)の調査から抽出できることを示しました。

発表内容


図1 (a)(b) 秩父演習林の急峻な河川で水の流れる量をはかる施設(量水堰堤)、(c)国土交通省による流量観測地点(川又)、(d)流量調査の様子



図2 流域面積と比流量(流量を流域面積で除した値)の関係。流域面積が大きくなるほど比流量が増加している。ρはスピアマンの順位相関係数(p<0.05)。○は見た目による推定値で統計解析には使用していない。

 山地流域では比流量(流量を流域面積で除したもの)は空間分布があることが示されてきており、比流量の空間分布パターンと、水の貯留・流出の関係が解明できれば、観測可能な比流量の空間分布から山体スケールの水の貯留、流出機構が予測できると考えられます。荒川源流域の秩父山地にある東京大学秩父演習林の河川で、雨の降っていない、流量が安定している1-2日間にできるかぎり多くの地点で、なおかつ入れ子状の河川網を面的に捉えられるように地点を選んで比流量の瞬間値を観測しました(図1d)。比流量の空間分布はまた、降水量の空間分布や降雨時の流出応答の流域規模による違いにも影響を受けると考えられるため、本研究ではこれらの影響も検討しました。演習林の基盤データとして整備している量水堰堤を用いた連続的な流量観測値(図1a)や、同じく基盤データとして流域内外の3カ所で観測している降水量観測値などを用いてこれらの影響を検討しました。また、水の流出経路や滞留時間のトレーサである水安定同位体比を調べるため、月に1度、2年間、降水や河川水を採取し分析を行いました。
 雨が降っていないときには、面積の大きい流域では小さい流域に比べ3倍以上も比流量が大きい結果となりました(図2)。3カ所で連続観測している比流量を比べると、降雨による増水時も雨が降っていない時と同様に、流域面積が小さい流域で比流量が少ないことがわかりました。降水量は標高が高いほど多い傾向がありますが、河川の比流量の空間分布に及ぼす影響は大きくありませんでした。また、これまで世界各地の、さまざまな環境にある山地流域で同様の観測を行った事例を調べたところ、流域面積増加に伴い比流量が増加する流域、減少する流域、変化しない流域がありました。そして、比流量が増加する流域はいずれも「基岩が水を通しやすい」・・・つまり基岩に亀裂が多かったり風化が進んでいたり、もともと水を通しやすい性質の岩だったりして表層土の下の基岩にも水が入りやすい流域であることがわかりました。このことから、流域面積増加にともない比流量が増加するような山地流域では、地下深くにしみこみ、基岩中に一時的に貯まっている水が、ある程度大きな流域で初めて地表に流れ出し河川を涵養する流れが、雨が降っていない時の河川の水流に大きく寄与していると考えられます。
 今後、流域面積増加に伴い比流量が減少あるいは変化しない流域についても、比流量の空間分布と地中での水の貯留・流出との関係が解明できれば、観測が可能な山地流域での地形と比流量の関係は、地中の水の貯留と流出メカニズムを知る有効な方法となりうると考えられます。
 本研究は2011年に秩父演習林とサントリーホールディングス株式会社の間で、森林保全や林業再生に関する研究の推進を目的として締結した協定にもとづく研究助成をうけて実施しました。

発表雑誌

雑誌名
Water Resources Research
論文タイトル
An increase in specific discharge with catchment area implies that bedrock infiltration feeds large rather than small mountain headwater streams
著者
Asano, Y. M. Kawasaki, T. Saito, R. Haraguchi, K. Takatoku, M. Saiki and K. Kimura
DOI番号
10.1029/2019WR025658
論文URL
https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2019WR025658

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林 秩父演習林
講師 浅野友子(あさの ゆうこ)
Tel:0494-22-272
Faxl:0494-23-9620
E-mail:yasano<アット>uf.a.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。