発表者
Delphis F. Levia(University of Delaware, USA)
Irena F. Creed(University of Saskatchewan, Canada)
(他22名中13番目)熊谷朝臣(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 炭素固定や食糧生産需要を満たすための単作農林業の拡大は、蒸発散や地下水涵養などの水循環プロセスの均質化を招きます。
  • これにより、環境変化に対する回復力が低下することで、人間生活は、突発的な豪雨や干ばつのような極端気象に対して脆弱になります。
  • 水危機に対する回復力を維持するための土地管理手法の開発に向けて、植物の多様性と水循環機能の相互関係を明らかにする生態水文学的研究の必要性を提言しました。

発表概要

「水危機から世界を救うために生態水文学は何ができるか?」を議論するために、University of DelawareのDelphis Levia教授のリーダーシップの下、University of SaskatchewanのIrena Creed教授をはじめ、我が国からの東京大学大学院農学生命科学研究科の熊谷朝臣教授、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の南光一樹研究員、飯田真一研究員を含む世界8か国17機関の研究者が結集しました。そこで、以下のような提言を行いました。
 地球規模で、炭素固定や食糧生産需要を満たすために、大規模な自然植生からの土地利用改変、特に単作農林業を目的としたプランテーションの造成が進んでいます。これは、大面積での植生の生物多様性の喪失を通じて、蒸発散や、雨が土壌に到達するまでの経路、地下水涵養などの水循環プロセスが、その変動幅を狭める、つまり、均質化することに繋がります。その結果、自然環境だけでなく人間生活においても、環境変化に対する回復力が低下し、干ばつや豪雨のような極端気象に対して脆弱になります。そこで私たちは、土地利用や土地被覆の大規模改変の影響を最も受けやすい水循環プロセスを特定するための科学的な取り組み、すなわち、生態水文学の援用により、水循環と植生の相互作用を考慮した新たな農林業システムのデザインの実現を目指します。

発表内容

図 単作農林業が行われている土地では自然植生・天然林と比べて水循環プロセスが均質化される。例えば、天然林では、蒸発や流量、土壌水分など、低い値から大きな値まで幅広く存在できる(頻度分布の裾が広い)が、単作農林業を行うと、頻度分布がある値に集中する。その結果、単作農林業は、環境変化に対する生態系の回復力を低下させ、土砂や洪水流出を激化させたり、地下水資源を枯渇させたりする。

 世界水危機が進む中で、国連は2018年から2028年を「持続可能な開発のための水」に関する国際行動の10年と宣言しました。同様に、国際水文科学協会は、2013年から2022年を「Panta Rhei-万物流転」の科学の10年と定め、人間が水循環に及ぼす影響に関する水文科学的研究を促進しています。 一方で、特定の機能(炭素吸収の増加)や産物(食糧・水・エネルギーなど)の需要を満たすために、例えば天然林を単一樹種または単一農作物生産を目的とするプランテーションに転換するような、人為的で大規模な土地利用変化が地球規模で進んでいます。これは植生の生物多様性の喪失であり、土地被覆の均質化・画一化を通じて、意図せず地球規模の水循環を変化させます。例えば、早生樹種の植林地は、在来植生や老齢植林地と比較して、より多くの水を消費する可能性が高いのです。気候変動緩和策として、このような単一種植林による炭素固定を期待する場合でも、水循環が変化することで、かえって人間生活に悪影響を及ぼすことがあり得ます。
 そこで私たちは、植物の多様性の喪失が水循環にどのような影響を与え、ひいては、地球規模の環境変化に対する惑星としての回復力にどのような影響を与えるのかを科学的に定量化する必要があることを提言しました。
 世界が特定の少数の種類の樹木や作物に過度に依存すると、土地被覆としての植生の構造が画一化・均質化されます。そのような土地被覆条件では、水循環プロセスである蒸発散や、雨が土壌に到達するまでの経路、地下水の涵養様式も、その変化の幅が狭まることで均質化します(図)。そのため、自然環境だけでなく人間生活までもが、突発的な極端気象現象や生態系攪乱に対して脆弱になり、様々な環境悪化要因に対して、地球規模で水循環に関する回復力が低下します。気候変動緩和策のために同齢・同種の樹木を一斉に植栽することで得られる炭素固定量は、長期的には、生態系の攪乱に対する回復力の低下のために相殺されることになるでしょう。湿地を転換して造成された均質な農地は、しばしば洪水や干ばつの頻度と規模の増加や水質の悪化を招いてきました。さらには、均質な植林は、蒸発散の降雨への寄与(降雨リサイクル)を変化させることで、その植林地だけでなく雨雲の移動先の他地域の人々の生活にまで影響を及ぼしてきました。
 これらの解決のために、種の多様性を高める「スマートデザイン」を取り入れた農林業の推進が考えられます。例えば、葉の厚さ、気孔の開閉能力、根の深さなど、植物機能形質が異なる様々な種を混交して植生を造り上げることは、植物が水と養分を適切に利用できるようになり、また、自然環境だけでなく人間生活の場での水環境に関するストレスへの抵抗力を高めることにも繋がるでしょう。

 まずは、自然植生から画一的・均質な植生への転換により最も影響を受けやすい水循環機能をピンポイントで特定するための科学的な取り組みが必要です。昨今のセンサー技術の格段の進歩により、より詳細な環境計測データを集めることができるようになってきています。このような実証データは、土地被覆の変化が陸域の水循環に与える影響の予測能力を向上させ、このグローバリゼーションが進む中で、私たちの惑星回復力をも高めていくことでしょう。元来、自然植生が持つ多様な水循環機能に根ざした回復力を守り、時には、より高めることで、私たちは地球の限りある水資源を守り育むことができるのです。

発表雑誌

雑誌名
Nature Geoscience(2020年9月オンライン)
論文タイトル
Homogenization of the terrestrial water cycle
著者
Delphis F. Levia* , Irena F. Creed, … Tomo’omi Kumagai, et al.(*Corresponding author, Co-first author)
DOI番号
https://doi.org/10.1038/s41561-020-0641-y
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41561-020-0641-y

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 森林理水及び砂防工学研究室
教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ)
Tel:03-5841-8226
E-mail:kumag<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。