発表者
Jian You Wang (King Abdullah University of Science and Technology)
Muhammad Jami (King Abdullah University of Science and Technology)
Pei-Yu Lin (King Abdullah University of Science and Technology)
太田 鋼 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 研究員)
Valentina Fiorilli (University of Torino)
Mara Novero (University of Torino)
Randa A. Zarban (King Abdullah University of Science and Technology)
Boubacar A. Kountche (King Abdullah University of Science and Technology)
高橋 郁夫 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 研究員)
Claudio Martínez (University of Vigo)
Luisa Lanfranco (University of Torino)
Paola Bonfante (University of Torino)
Angel R. de Lera (University of Vigo)
浅見 忠男 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
Salim Al-Babili (King Abdullah University of Science and Technology)

発表のポイント

  • イネ伸長に必須なことから新たな植物ホルモン候補化合物でもあるザキシノン(注1)の安定かつ高活性な人工化合物の創製に成功しました
  • ザキシノンはカロテノイドの酵素的開裂により生成するアポカロテノイドでありイネ茎葉部の伸長に必須の化合物ですが、ザキシノンそのものは合成に多段階を有し不安定であるために今後の生物学的研究等への応用展開が難しいと考えられていました。しかしこれら欠点を克服できる1)合成が簡単で大量調製が可能、2)環境中でも安定、3)天然型化合物より高活性、という性質をもつ人工化合物であるMiZax系化合物の創製に成功しました。
  • 今回の研究成果は、ザキシノンの生理機能やシグナル因子の解明に応用可能です。加えて、根寄生雑草発芽に必須のストリゴラクトン生合成を制御できることも明らかにできたことから、実際面での応用可能性も期待できます。

発表概要

 ザキシノン (zaxinone) は2018年になって初めてイネにおける存在とその機能が報告された化合物で、カロテノイド開裂ジオキシゲナーゼが触媒するβカロテンの開裂にともない生成されてくるアポカロテノイドを原料とします。このアポカロテノイドがZASと呼称されるカロテノイド開裂ジオキシゲナーゼにより再度開裂することで、ザキシノンが生成してきます。この開裂酵素欠損型変異体zasは矮性形態を示しますが、ザキシノンの外部投与により矮性形態から回復して野生型イネと同等の形態を示すようになります。そのためザキシノンは新しい植物ホルモン候補物質として期待されています。またこの化合物の外部投与は内生ストリゴラクトン量を減少させることも知られています。ストリゴラクトンは、様々な根寄生雑草の種子発芽を誘導することも知られており、特にストライガと呼ばれる根寄生雑草は世界の多くの地域において作物に甚大な被害を及ぼしていますが、その防除法はまだ確立されていません。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の浅見忠男教授らのグループ、サウジアラビアKing Abdullah University of Science and Technology (KAUST)のSalim Al-Babili教授らのグループの共同チームは、植物ホルモン候補物質であるザキシノンの共役二重結合を複数のベンゼン環へと置き換えた化合物を開発し(図1)、この化合物がイネのザキシノン欠損変異体に対しザキシノンより高い形態回復活性を示すだけでなく、イネ中の内生ストリゴラクトン量を減少させ根寄生雑草被害を低減する効果があることを見出しました。またこの化合物はザキシノンと比較して環境中での安定性が高いことが特徴です。そのため本研究の成果は、イネの健全育成を助けることで農業生産の向上や低炭素社会の実現のため、また世界の多くの地域で甚大な被害を与えている寄生雑草からの防除のための新しい技術開発に大きく役立つものと考えられます。

発表内容

図1 高活性型人工ザキシノンの構造とその期待される用途
Zaxinoneは合成に多段階を要すること、そして環境中で不安定なことが弱点である。MZ3とMZ5はその欠点を補うことができるだけでなく、天然zaxinoneより高活性である。これら化合物は植物中のストリゴラクトン生合成を抑制する作用があることから、アフリカサブサハラ地域や地中海沿岸地域で被害が甚大でありその被害低減が難しい根寄生雑草の寄生を抑制する薬剤としての開発が期待できる。

 低分子型の植物ホルモンとして、オーキシン、サイトカイニン、エチレン、ジベレリン、アブシシン酸、ブラシノライド、ジャスモン酸、サリチル酸とストリゴラクトンの9種類が現在までに知られていますが、この他にペプチド型の化合物も植物ホルモンとして考えられています。植物が環境に合わせて適切に伸長するためには、これら数多くの植物ホルモンが巧妙に働いていることが明らかにされつつあります。しかしこれら植物ホルモンだけでは説明できない生理現象もあるために、新しい植物ホルモンが存在する可能性も指摘されており、その追究も活発に行われています。一方、これら植物ホルモン活性化合物は農業や園芸にも応用されており農業生産性の増大に大いに役立っています。しかし実際に使用される場合には天然型の植物ホルモンがそのまま利用される場合よりも合成アゴニストが使われる場合が多くなっています。一般に合成アゴニストは天然型よりも安価かつ安定という利点が強調された性質を有する化合物として設計されています。このことから現在においても新しい植物ホルモンの発見とその合成アゴニストを利用した農業や園芸への応用が期待されている状況です。
 多くの植物ホルモンは非メバロン酸経路で生合成されてきます。特にアブシシン酸やストリゴラクトンは葉緑体中に大量に存在するカロテノイドを原料とし、カロテノイドの二重結合を開裂する酵素の働きを介して生合成されてきます。この酵素はカロテノイド開裂ジオキシゲナーゼと呼ばれますが、同じような働きをもつと考えられる酵素は数多くあり多様なアポカロテノイドの生成を触媒していると考えられています。しかしながら生成されてくる化合物とその代謝物の生理的意義についてはいまだ未解明な点が数多く残されています。以上から、このカロテノイドを原料として生合成される植物ホルモンがまだ存在しているのではと考えることは理にかなっていると言えます。
 このような状況下、2018年になってイネにおけるザキシノン (zaxinone) と呼ばれる活性化合物の存在とその機能が報告されました。ザキシノンはカロテノイド開裂ジオキシゲナーゼが触媒するβカロテンの開裂にともない生成されてくるアポカロテノイドを原料とします。このアポカロテノイドがZASと呼称されるカロテノイド開裂ジオキシゲナーゼにより再度開裂することで、ザキシノンが生成してきます。この開裂酵素欠損型変異体zasは矮性形態を示しますが、ザキシノンの外部投与により矮性形態から回復して野生型イネと同等の形態を示すようになります。そのためザキシノンは新しい植物ホルモン候補物質として期待されていますが、加えて今後の受容体やシグナル伝達経路の解明も待たれている状況です。またこの化合物の外部投与は内生ストリゴラクトン量を減少させることも報告されています。ストリゴラクトンは、ストライガやヤセウツボなど、根に寄生する雑草の発芽も促します。特にストライガは、地中海沿岸やアフリカ大陸など、世界中の多くの地域に甚大な被害を与えていますが、その防除法は確立されていません。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の浅見忠男教授らのグループ、サウジアラビアKing Abdullah University of Science and Technology (KAUST)のSalim Al-Babili教授らのグループの共同チームは、植物ホルモン候補物質であるザキシノンの共役二重結合を複数のベンゼン環へと置き換えた化合物を開発し、この化合物がイネのザキシノン欠損変異体に対しザキシノンより高い形態回復活性を示すだけでなく、イネ中の内生ストリゴラクトン量を減少させ根寄生雑草被害を低減する効果があることを見出しました。ザキシノンはその構造中に共役した二重結合をもっていますが、この構造は光に対する安定性が低いために農業への応用という点では欠点となっていました。また立体選択的に合成するには、多くの合成反応ステップを必要としておりコストの点で実用化には問題がありました。今回創製に成功した化合物は、数段階で合成できること、共役二重結合をもたないことから、ザキシノンと比較して製造コストの点でも安定性の点でも実用化には有利な性質を有しています。またこの化合物をケミカルバイオロジー分野で応用することで、ザキシノン受容体やシグナル伝達経路を解明し新機能をもつ作物の作出も可能になります。
 本研究成果は、作物や収量やバイオマスを増加させたりすることによる農業生産の向上や低炭素社会の実現のための新技術開発のための有用な基礎研究基盤となるものです。また、世界の多くの地域で甚大な被害を与えている寄生雑草の新しい防除法の開発にも大きく役立つものと期待できます。
 本研究は独立行政法人科学技術振興機構(JST)のCREST「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」ならびにSATREPS「生物資源の持続可能な生産と利用に資する研究」と科学研究補助金基盤Sの研究費を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Molecular Plant
論文タイトル
Efficient mimics for elucidating zaxinone biology and promoting agricultural applications
著者
Jian You Wang, Muhammad Jamil, Pei-Yu Lin, Tsuyoshi Ota, Valentina Fiorilli, Mara Novero, Randa A. Zarban, Boubacar A. Kountche, Ikuo Takahashi, Luisa Lanfranco, Paola Bonfante, Angel R. de Lera, Tadao Asami* and Salim Al-Babili*
DOI番号
10.1016/j.molp.2020.08.009
論文URL
https://www.cell.com/molecular-plant/fulltext/S1674-2052(20)30265-3

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物制御化学研究室
教授 浅見 忠男(あさみ ただお)
Tel:03-5841-5157
Fax:03-5841-8025
E-mail:asami<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 植物ホルモン
     植物により生産され、低濃度で植物の生長・分化などの生理過程を調節する物質。
  • 注2 バイオマス
     枯渇性資源ではない生物構成物質由来の資源。植物のような光合成生物由来のバイオマスは燃焼すると二酸化炭素が排出されるが、この二酸化炭素は生物が成長過程で光合成により大気中より吸収した二酸化炭素に由来するため、バイオマスを燃焼させても全体としてみれば大気中の二酸化炭素を増加させていない。また、バイオマスは再生可能なため、バイオマスから得られるエネルギーは再生可能エネルギーといえる。
  • 注3 ケミカルバイオロジー
     化合物を利用することで生命現象の仕組みを解明する学問分野。植物分野での研究成果としては、化合物自体や解明した生命現象の仕組みを利用して作物生産性をあげること等をあげることができる。