発表者
Assaad Mrad(Duke University, USA)
Gabriel G. Katul(Duke University, USA)
(他23名中15番目)熊谷朝臣(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 教授)

発表のポイント

  • ハイプレーンズ(注1)の南部域では地下水が枯渇しつつあり、これに呼応して、これまで増加傾向にあった穀物生産量は減少に転じると予測されます。
  • 一方、北部域では、豊富な水資源によりこれからも穀物生産量の増加が見込まれます。
  • ハイプレーンズ全体で考えると、何の改善もされることなく現在の地下水取水が続けば、南部域の穀物生産は崩壊し、それは、世界の食糧安全保障にまで影響することでしょう。

発表概要

 アメリカのハイプレーンズでは、灌漑用水の90%以上をオガララ帯水層(注2)に依存しながら年間5000万トンの穀物が生産されています。私たちはロトカ・ヴォルテラの方程式(注3)を応用した簡易な数学モデルにより、この地域の地下水資源量と穀物生産の動的関係を表現しました。この数学モデルにより、ハイプレーンズを含む3つの州で、灌漑のための取水による地下水資源の減少とその影響による穀物生産低下の現状を説明の上、未来予測を行いました。ここでは、地下水涵養と灌漑技術の改善が、いかに未来を変え得るのかまで言及しました。

発表内容

(Siggy NowakによるPixabayからの画像)

 「水危機から世界を救うために生態水文学は何ができるか?」を議論するために、University of DelawareのDelphis Levia教授のリーダーシップの下、世界11か国、我が国からは東京大学大学院農学生命科学研究科の熊谷朝臣教授、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所の南光一樹研究員、飯田真一研究員を含む29名の研究者・大学院生が結集しました。本研究は、この生態水文学者グループから生み出された成果の一つです。
 米国農務省と米国地質調査所のデータにより、ハイプレーンズを含む3州、テキサス、カンザス、ネブラスカにおける過去50年間の年間地下水取水量と穀物生産量を計算しました。そして、石油ピーク論(注4)にロトカ・ヴォルテラの方程式を援用して作られた新しい数学モデルを考案し、この地域の穀物生産量の未来「穀物ピーク」を予測しました。
 ハイプレーンズ南部のテキサスとカンザスでは、もともと雨水による地下水涵養が少ないため、地下水資源の減少に伴い、既に穀物ピークは到来していると考えられ、気候変動条件下ではさらに高温・乾燥となるため、さらなる穀物生産の減少が続くと予想されます。地下水資源が枯渇すれば、もはや灌漑農業は不可能で、天水農業を行わざるを得ず、例えばトウモロコシの収穫量は1ヘクタール当たり12トンだったものが8トンになるでしょう。小麦やソルガムなど他の作物も同様です。一方、これまでも、気候変動条件下のこれからも、降水による地下水涵養が期待できるハイプレーンズ北部のネブラスカでは、穀物生産量が増加し続けると予測されています。ハイプレーンズ全体で年間5000万トンの穀物が生産されていますが、この生産はただ1つの地下水資源、オガララ帯水層に灌漑用水の90%を依存しているのです。特に、南部域のような乾燥地域では、地下水枯渇は穀物生産の崩壊を意味します。
 私たちの数学モデルによれば、地下水取水量のピークと、その後、訪れる穀物生産量のピーク、それぞれの到達時期を予測できます。本研究の予測結果の解析によれば、何の改善もされることなく現在のオガララ帯水層からの取水ペースにより灌漑農業を続ければ、ハイプレーンズ南部域の穀物生産は崩壊し、それは、世界の食糧安全保障にまで影響します。持続的灌漑農業を実現するための地下水取水の規範が必要です。

発表雑誌

雑誌名
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
論文タイトル
Peak grain forecasts for the U.S. High Plains amid withering waters
著者
Assaad Mrad*, Gabriel G. Katul, … Tomo’omi Kumagai, et al. *Corresponding author
DOI番号
https://doi.org/10.1073/pnas.2008383117
論文URL
https://www.pnas.org/content/117/42/26145

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 森林理水及び砂防工学研究室
教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ)
Tel:03-5841-8226
E-mail:kumag<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 ハイプレーンズ
    北アメリカにおける大穀倉地帯であるグレートプレーンズ(ロッキー山脈の東側と中央平原の間を南北に広がる台地状の大平原)の大部分を占め、この地域の西縁に位置する。標高が高いため冷涼で乾燥している。
  • 注2 オガララ帯水層
    グレートプレーンズの地下に分布する浅層地下水帯。広さは日本の国土面積を超え、その地下水の大部分は氷期に蓄えられたものである。大穀倉地帯であるハイプレーンズの大規模農業を可能にしているのは、この地下水資源を使用した灌漑である。
  • 注3 ロトカ・ヴォルテラの方程式
    生物の捕食者と被食者の関係を考慮しながら、これら2者それぞれの個体数変動を表現する数学モデル。ここでは、穀物生産量を捕食者個体数、地下水資源量を被食者個体数に模した。
  • 注4 石油ピーク論
    1956年にK. M. Hubbertは石油の累積生産量は簡単なロジスティック曲線モデルで表現できるとし、このモデルの当てはめにより、アメリカ本土48州の石油生産量のピークは1970年頃に現れると予測した。発表当初、嘲笑の的であったこの予測は、1970年に実際に生産量ピークが訪れ、その後、生産量が減少に転じたことで、見事に的中した。このモデルは石油のように究極埋蔵量を仮定できる事物をうまく表現できると考えられる。本研究では、雨水や灌漑の節水等の涵養量を考慮した地下水資源量を究極埋蔵量とし、「穀物ピーク」の到来を予測した。