発表者
林 凱元(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻国際情報農学研究室博士課程
     /フランス国立科学研究センター複雑系研究所 副研究員)
デビッド・シャバリアス(フランス国立科学研究センター複雑系研究所 所長)
マジャ―・パナイ(フランス国立科学研究センター複雑系研究所 シニアエンジニア)
葉 采青(独立系研究者)
瀧本 和寛(独立系研究者)
溝口 勝(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻国際情報農学研究室 教授)

発表のポイント

  • トレーサビリティは食品の品質と安全性を担保するための鍵ですが、食品サプライチェーンが複雑であるためデータ収集や流通全体の完全把握、リアルタイムのデータ処理などは現在のところ難しい状況です。
  • 本研究では情報の透明化を図り、非対称性(情報の共有ができていない状態)を解消するため、二次元バーコード情報を連結させ軽量化された携帯型の双方向システムを提案しました。
  • このシステムは安価で適応性(不安定な生産量や多様な生産方法への対応力)が高いので、食品流通追跡に革命をもたらす可能性があります。

発表概要

図1
(a) 従来型のシステム
データが一元管理されているためデータの分散が難しく、継続的に情報を追跡できない。
(b)本研究で提案されたシステム
P2Pの仕組みで「資源の効率的活用」「耐故障性」「スケーラビリティ」が図られている。さらにデータベースを分散管理しているため、誰でもトレーサビリティ情報を取得できるが、サービス提供会社ですらデータを改変できない。また、本サービスの提供に必要なネットワークをコミュニティベースで自律的に組み上げることもできる。


図2
(a) システムの機能と操作
(b) 想定される利用シナリオ:traceとtrack

 本研究は、本学大学院農学生命科学研究科博士課程の林凱元が、フランス国立研究センター複雑系研究所滞在期間で行ったデータ分散化トレーサビリティシステムの研究であり、農学・情報・物流・HCI(注1)の4つの分野にまたがる分野横断型の研究です。
 提案されたシステムは、市場取引を通じてデータが収集され、流通過程におけるすべての関連情報が製品の二次元バーコードをスキャンすることで連結されるため、すべてのノード間でデータ同期がシームレスに行われます。システムが分散化されていて応用の自由度が高いので、利害関係者間でボトムアップ型の相乗効果を生み出し、さまざまな食品ネットワークを動的につなぐことが可能となります(図1)。これにより、従来のトレーサビリティシステムに見られる情報切断を減らし、食品のサプライチェーンに沿った製品管理と製品価値の向上を促進します。
 このシステムはサプライチェーンを透明化したいという食品業界の需要に対応しているだけでなく、消費者と生産者が同時にアクセスできる効率的なトレーサビリティツールになる可能性があり、原産地・生産・流通の透明性を促進することに加えて、監視をメッシュ化し、複雑な食品ネットワークに適用でき、最終的には食品流通産業の発展に貢献します。
 本研究はフランス国立研究センター複雑系研究所所長とシニアエンジニアとの共同で行なわれました。また、論文は2020年11月2日付でNature research JournalのNature Foodにて公開されました。

発表内容

 トレーサビリティは、農場から食卓までの食品の品質と安全性を確保するための鍵ですが、高い実装コストと食品サプライチェーンの複雑さのために、その運用に課題がありました。食品のトレーサビリティを確保することは、最終的には人々に食品情報に対する権利を取り戻すことを意味します。
 本研究では、グラフィックデータベースとPeer to Peer(P2P)を統合し、食品及び商品の携帯型双方向追跡システムを提案しています。設計されたシステムでの情報連結のプロセスは、データベースで新しく生成された各情報が、関連する上流の情報のフルラインを継承することを意味します。
 システム内の商品識別、情報の伝達と転送、および情報にアクセスするための媒体として機能するための共通言語としては、二次元バーコードを採用しています。 二次元バーコードは、サイズを自由に変更でき、フォールトトレランス(注2)が高く、読み取り速度が速く、あらゆる携帯端末で読み取ることができるため、trace(下から上)とtrack(上から下)のプロセスを簡素化・加速化するのに適しています。基本的な時間・量・取引先などのトレーサビリティ情報を記録するだけでなく、ユーザーがデータベースに情報を追加することもできます。 このシステムでは、特定のポイントのエンドツーエンドの情報を簡単にtraceおよびtrackできるグラフデータベース(注3)を採用し、これに無限のスケーラビリティを提供しています。これが、分散型ネットワーク上で提案されているアーキテクチャで重要な役割を果たしています。これにより、システムに必要なデータフローがあれば、グラフデータベースのパフォーマンスを向上できます。携帯電話などの小型デバイス、低速のネットワーク接続、およびリアルタイムアーキテクチャでも使用できます。
 このシステムでは、消費者と生産者を明確には区別しません。登録されたID所有者が他の人から商品を受け取った場合、それらは相互にリンクされます。情報連結のメカニズムを通じて、すべての商品販売は責任者のIDを含む新しいバーコードを生成します。これにより、上流の情報を次のバーコードに継承することもできます。したがって、追加の制約なしにトレーサビリティが実現され、データ収集の作業負荷も軽減されます。このプロセスは、次の顧客が商品を新たに取引するたびに繰り返されます(図2)。
 本システムは、食品業界が業界内のさまざまな企業間で顧客、サプライヤー、取引先のビジネスプロセスを統合することにより、情報技術を通じてバリューチェーンを調整できるように設計されています。多くの市場や多様な製品や生産モデルを担当するマルチスケールの生産者を支援するのに十分な自由度と汎用性を備えています。二次元バーコードが生成されると、暗号化されてデータベースにアップロードされ、P2Pネットワークで複製されます。この二次元バーコードに基づく商品の取引と再生は、さまざまな実際の場所にいる顧客間のコンセンサスに依存しているため、データベースに多くのチェーンが生成されます。さらに、1つの商品(バーコード)をさまざまな場所で取引できます。つまり、1つのバーコードで複数のコンセンサスに基づいて複数の取引を行うことができます。このチェーンのすべての分岐や収束枝を考慮に入れる必要があるため、チェーンを改竄したり偽造したりすることはきわめて困難です。本システムのチェーンは緩い結合で、これはコンセンサスの集約を示しています。本システムのネットワークにより、従来のトレーサビリティシステムで見られる情報切断を減らすことができます。
 このように本研究で提案されたシステムは、食品サプライチェーンに対する食品業界からの需要の高まりに応えて品質管理のレベルを上げ、情報の透明性を確保・促進して食品価値を向上させるのみならず、消費者と生産者が同時にアクセスできる効率的なトレーサビリティツールになる可能性があります。
 なお、本研究についてはCollette Kuntz様から無私の協力をいただき、心より深く感謝申し上げます。また、本学大学院農学生命科学研究科の八木信行教授、杉野弘明助教、同研究科の羅傑文様、学外ではDr. Masatoshi Funabashi様、 Dr. Martin Lo様に有益な助言をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

発表雑誌

雑誌名
Nature Food, Nature research Journal (11月2日オンライン公開)
論文タイトル
Mobile-based traceability system for sustainable food supply networks
著者
林凱元*, David Chavalarias, Maziyar Panahi, 葉采青, 瀧本和寬, 溝口勝(*責任著者)
DOI番号
10.1038/s43016-020-00163-yNATFOOD-20030797
論文URL
https://www.nature.com/articles/s43016-020-00163-y

問い合わせ先

東京大学 大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 国際情報農学研究室
教授 溝口 勝(みぞぐち まさる)
Tel:03-5841-1606
E-mail:mizo<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

東京大学 大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 国際情報農学研究室
大学院生 林 凱元(りん かいげん)
Tel:03-5841-1606
E-mail:rgpstu15<アット>gmail.com  <アット>を@に変えてください。

用語解説

  • 注1 HCI
    Human computer interaction の略称
  • 注2 フォールトトレランス
    機器やシステムの設計などについての考え方の一つで、構成要素の一部が故障、停止などしても予備の系統に切り替えるなどして機能を保ち、正常に稼動させ続けること
  • 注3 グラフデータベース
    「node」「relation」「property」の3要素によってノード間の関係性を表現する「グラフ型のデータモデル」を持つデータベース